


この記事では、『源氏物語』の原文で
光源氏と紫の上の初夜の様子が
どのように書かれているかを解説しています。
原文を引用し、現代語訳を補足しながら
わかりやすく説明していきます。
・光源氏と紫の上の初夜のエピソード
・紫の上の光源氏に対する気持ちの変化
・紫の上に子供がいない理由の考察



紫の上の少女時代を「若紫」という
名前で呼びますが、
この記事では混同を防ぐために
すべて「紫の上」という名称で通します。
光源氏と紫の上の初夜の様子



紫の上は、10歳の頃に光源氏の邸に
引き取られ、理想的な女性になるように
養育された後に、14歳で光源氏との初夜を迎えます。


「葵」の巻に見られる
2人の初夜の様子を原文を引用しながら
解説していきます!
紫の上、美しく成長する
正妻・葵の上を亡くした光源氏は、
四十九日の法事を終え、
久しぶりに紫の上のいる二条院に帰邸しました。



2か月近く会わないうちに
14歳の紫の上はとても大人っぽく
成長していました。
【原文】
姫君
、いとうつくしうひきつくろひておはす。
「久
しかりつるほどに、いとこよなうこそ大人
びたまひにけれ」
とて、小
さき御几帳
ひき上
げて見
たてまつりたまへば、うちそばみて笑
ひたまへる御
さま、飽
かぬところなし。
【現代語訳】
姫君(紫の上)は、とても可愛らしく身なりを整えて座っていらっしゃる。
(光源氏は)「長く会わないうちに、とても大きくなられましたね」と言って、小さい御几帳を引き上げて拝見なさると、(紫の上が)横を向いて笑っていらっしゃるご様子は、非の打ち所がない。
火影に照らされた横顔、頭の形など、
光源氏が幼い頃から恋い慕っている
藤壺の宮と非常によく似てきていました。
藤壺の宮は紫の上の叔母にあたる人物。
幼い頃から紫の上は藤壺の宮に似ていた。


光源氏、紫の上と結婚したいと考える
14歳になった紫の上が美しく
大人っぽく成長しているので
光源氏は「そろそろ結婚してもいい頃だ」と思い
結婚をほのめかすようなことを言います。
しかし紫の上はまだ精神的に幼く
その意味がよく分かりませんでした。
【原文】
姫君
の、何
ごともあらまほしうととのひ果
てて、いとめでたうのみ見
えたまふを、似
げなからぬほどに、はた、見
なしたまへれば、けしきばみたることなど、折々聞
こえ試
みたまへど、見
も知
りたまはぬけしきなり。
【現代語訳】
姫君(紫の上)は、何事につけ理想的に成長なさって、とても素晴らしくばかり見える。(光源氏は)そろそろ結婚しても良い年頃だと御覧になっているので、それ(結婚)を匂わすようなことなどを、時々お話しなさるが、(紫の上は)まったくお分かりにならない様子である。



14歳の女の子が結婚適齢期という考え方は、
現代人にとっては非常識に感じられますね。
しかし、平安時代の貴族の女子は
初潮を迎えた後の12歳~14歳頃に
「裳着」という成人式を済ませ
結婚するケースも珍しくありませんでした。





「源氏物語図屏風」断簡 宗達派
光源氏は、14歳になった
紫の上の姿を見て、
結婚適齢期になったと判断しました。
光源氏と紫の上、結ばれる
それからしばらく
2人は囲碁などの遊びをしながら
日々を過ごしていましたが、
光源氏は紫の上を女性として見るようになって
しまっており、感情を抑えきれませんでした。
光源氏が強引に事を運ぶ形で
2人は男女の関係となりました。
【原文】
つれづれなるままに、ただこなたにて碁打
ち、偏
つぎなどしつつ、日
を暮
らしたまふに、心
ばへのらうらうじく愛敬
づき、はかなき戯
れごとのなかにも、うつくしき筋
をし出
でたまへば、思
し放
ちたる年月
こそ、たださるかたのらうたさのみはありつれ、しのびがたくなりて、心苦
しけれど、いかがありけむ、人
のけぢめ見
たてまつりわくべき御仲
にもあらぬに、男君
はとく起
きたまひて、女君
はさらに起
きたまはぬ朝
あり。
【現代語訳】
(光源氏は)手持ち無沙汰なので、ただ(紫の上と)西の対で碁を打ったり、偏継ぎしたりして、日々をお暮らしになる。(紫の上の)性格は素晴らしくて好感がもて、ちょっとした遊びの中にも可愛いところをお見せになる。(光源氏が結婚のことを)考えていなかった過去の年月は、(紫の上は)ただそのような可愛らしさばかりであったが、(今はもう光源氏は)我慢することができなくなって、気の毒だけれど、どういうことだったのだろうか、周囲の者がお見分け申し上げるような間柄ではないのだが、男君(光源氏)は早くお起きになって、女君(紫の上)は一向にお起きにならない朝がある。
赤字部分が、光源氏と紫の上が男女の間柄に
なったことを表す記述です。








土佐光則「源氏物語画帖 若紫」
漫画『あさきゆめみし』では、このシーンが
かなり具体的に漫画化されています。
該当シーンは新装版(2)に収録されています。
ショックをうけた紫の上、光源氏を避ける
紫の上は、光源氏の強引な行為により
精神的に大きなショックを受けてしまい、
昼になっても起きてきませんでした。
光源氏が夜着をめくると、紫の上は汗をかいて
額髪もびっしょり濡れており、一言も返事をしない有様です。
【原文】
昼
つかた、渡
りたまひて、「悩ましげにしたまふらむは、いかなる御心地ぞ。今日は、碁も打たで、さうざうしや」とて、覗きたまへば、いよいよ御衣ひきかづきて臥したまへり。人びとは退きつつさぶらへば、寄りたまひて、「など、かくいぶせき御もてなしぞ。思ひのほかに心憂くこそおはしけれな。人もいかにあやしと思ふらむ」とて、御衾
をひきやりたまへれば、汗
におしひたして、額髪
もいたう濡
れたまへり。
「あな、うたて。これはいとゆゆしきわざぞよ」とて、よろづにこしらへきこえたまへど、まことに、いとつらしと思
ひたまひて、つゆの御
いらへもしたまはず。
【現代語訳】
昼頃、(光源氏は紫の上のいる西の対に)お渡りになって、「ご気分がお悪いそうですが、調子はどうですか。今日は、碁も打たなくて、つまらないですね」と言って、お覗きになると、(紫の上は)ますますお召物を深くかぶって寝ていらっしゃる。女房たちは(遠慮して)少し遠くに控えているので、(光源氏は紫の上の)そばにお寄りになって、「どうして、こう気まずい態度をなさるのですか。意外にも冷たい方でいらっしゃいますね。皆がどうしたのかと変に思うでしょう」と言って、夜着をめくりなさると、(紫の上は)汗でびっしょりになって、額髪もひどく濡れていらっしゃった。(光源氏は)「ああ、なんということだ。これは大変なことだ」と言って、いろいろとご機嫌とりをなさるが、(紫の上は)本当に、とても辛い、とお思いになって、一言もお返事をなさらない。






光源氏は、ショックを受けて
なかなか心を開こうとしない紫の上を
今までよりいっそう可愛いと感じ、
紫の上に夢中になっていきます。
光源氏は、
難儀な恋ほど燃える傾向があるので、
不機嫌な紫の上をとても可愛いと感じ、
一生懸命に慰めた。
光源氏と紫の上、正式に結婚する
その後は、従者の惟光に三日夜の餅を用意させ、
光源氏は紫の上と正式に結婚をしました。
紫の上の女房・少納言は、
光源氏が三日夜の餅の儀式を行って
正式な結婚の形式をとってくれたことを
泣いて喜びました。



光源氏は、
紫の上の父・兵部卿宮に結婚のことを報告し、
立派な裳着の式も執り行いました。
この時から紫の上は、光源氏の正妻格の妻
として二条院で存在感を持ちます。




紫の上の気持ちはどう変化したか



紫の上が、どのように光源氏を嫌っていたか、
そしてその気持ちがどう変化していったか
詳しく見ていきましょう!
初夜の後、紫の上は光源氏に嫌悪感を抱く
まず、光源氏との初夜を経験した紫の上が、
光源氏に対して抱いていた感情を確認していきましょう。
【原文】
「かかる御心
おはすらむ」とは、かけても思
し寄
らざりしかば、
「などてかう心憂
かりける御心
を、うらなく頼
もしきものに思
ひきこえけむ」
と、あさましう思
さる。
【現代語訳】
(紫の上は光源氏に対して)「このようなお心がおありだろう」とは、まったくお思いにならなかったので、「どうしてこういやらしいお心を、疑うこともせず信頼していたのだろう」と、情けなく思われる。
光源氏は、初めから将来的に紫の上を
妻にするつもりで
ひきとって育てていましたが、
紫の上は、光源氏を親切な養父であると思い込み
完全に信頼しきっていたのです。



その光源氏が、ある夜突然、夫になったのだから
紫の上の受けた衝撃は計り知れません。
悲しい、悔しい気持ちで塞ぎ込んでしまいました。



紫の上、数日たっても心を開かず
傷ついた紫の上の心は
そう簡単には癒えませんでした。
結ばれて三日目になっても紫の上は
心を開きません。
光源氏は毎晩紫の上に会い、
ご機嫌とりに注力していました。
【原文】
君
は、こしらへわびたまひて、今
はじめ盗
みもて来
たらむ人
の心地
するも、いとをかしくて、「年
ごろあはれと思
ひきこえつるは、片端
にもあらざりけり。人の心こそうたてあるものはあれ。今は一夜も隔てむことのわりなかるべきこと」と思さる。
【現代語訳】
光君は、(紫の上の)ご機嫌とりがうまくいかず、今初めて盗んで来たような人のような感じがするのも、とても興味が湧いて、「数年来かわいいとお思い申してきたが、今は何倍にも愛おしい。人の心というものは自分勝手なものだなあ。今では一晩離れるのさえ我慢できない気がするに違いないよ」とお思いになる。
初夜の後、光源氏は、
裳着(成人式)の準備や
紫の上の父・兵部卿宮への結婚報告も
進めていましたが、そんな光源氏を
紫の上は疎ましいとしか感じていませんでした。
光源氏が冗談を言っても、
この時の紫の上には全く響きません。
【原文】
女君
は、こよなう疎
みきこえたまひて、「年
ごろよろづに頼
みきこえて、まつはしきこえけるこそ、あさましき心
なりけれ」と、悔
しうのみ思
して、さやかにも見合
はせたてまつりたまはず、聞
こえ戯
れたまふも、苦
しうわりなきものに思
しむすぼほれて、
【現代語訳】
女君(紫の上)は、すっかり(光源氏)に嫌悪感を抱かれて、「今まで何事もご信頼申し上げて、そばに付きまとい申し上げていたのは、浅はかな考えだったわ」と、悔しくばかりお思いになって、はっきりと顔をお見合わせ申し上げようともなさらず、(光源氏が)ご冗談を申し上げになっても、どうしようもなく苦しい気持ちにお思い沈んで、



2年後…いつの間にか紫の上は心を開いている
2年後の「賢木」の巻で、
いつの間にか紫の上は光源氏と仲直りしています。
この巻では、2人が和歌を
遣り取りする様子が書かれています。
「2人はいつも手紙や歌を書き合っている」
という記述も見られ、2年間の間ですっかり
紫の上は光源氏に心を開いたことになります。
【原文】
女君
は、日
ごろのほどに、ねびまさりたまへる心地
して、いといたうしづまりたまひて、世
の中
いかがあらむと思
へるけしきの、心苦
しうあはれにおぼえたまへば、あいなき心
のさまざま乱
るるやしるからむ、「色変
はる」とありしもらうたうおぼえて、常
よりことに語
らひきこえたまふ。
【現代語訳】
女君(紫の上)は、数日の間で、いっそう美しく成長なさった感じがする。とても落ち着いていらして、光る君との仲が今後どうなるのだろうと思っている(紫の上の)様子を、(光源氏は)いじらしく可哀想にお思いになる。(光源氏の)困った心がさまざまに乱れているのが(紫の上には)はっきりと見えるのだろうか、「色変わる」と(紫の上の詠んだ和歌に)あったのも、(光源氏には)可愛く思われて、いつもよりも深い愛をお話し申し上げなさる。
光源氏はこのところ藤壺の宮への恋に
思い乱れている様子だったので、
紫の上は、今後光源氏と自分との夫婦仲が
どうなっていくだろうと悩んでいました。


光源氏はそのような紫の上の様子を
可愛らしく思い、最愛の妻として重んじていきます。









光源氏は、
2年かけてじっくりと紫の上の
心を溶かしていったのでしょう。
紫の上は二条院という狭い世界に
生きており、他に男性も知らないため、
諦めのような気持ちで光源氏に心を
開いていったのかも知れませんね。
さらにその2年後、「須磨」の巻では、
紫の上は次のような和歌を詠んでいます。
別れても影だにとまるものならば
鏡を見ても慰めてまし
お別れしてもあなたの影だけでも鏡の中に
とどまっていてくれるものならば
鏡を見て慰めることもできるでしょうに
紫の上は光源氏との別離を深く悲しみ、
影だけでも鏡にとどまってほしいと望みました。
2人はすっかり相思相愛の夫婦になっています。


海辺より少し入った山の中の藁葺の住居から月を眺める。「紫式部・須磨・明石図」土佐光成筆 江戸時代
なぜ紫の上には子供がいないのか
紫の上には一人も子供がいない



紫の上は、子どもを一人も出産していません。
光源氏の子どもを産んだのは
- 藤壺の宮
- 葵の上
- 明石の君
の3人です。
いずれも光源氏にとって大切な女性ですが、
紫の上こそ光源氏にとって最愛の妻でした。



「澪標」の巻で光源氏は次のように語っています。
【原文】
あやしうねぢけたるわざなりや。
さもおはせなむと思ふあたりには、心もとなくて、思ひの外に、口惜しくなむ。
【現代語訳】
妙にうまくいかないものですね。
そうおありになってほしいと思うところには、待ち遠しくて、思っていないところで、(子どもができてしまうのは)残念なことです。
紫の上には子どもができないのに、
明石の君には子どもができて、残念だ
と語っています。
紫の上は子ども好きな性格でした。
自分も子どもを産みたいと思っていたことでしょう。
紫の上に子供がいない理由
最愛の妻・紫の上には子どもができず、
そうではない女性との間には子どもができる
という物語を書くことで
紫式部は何を伝えようとしたのでしょうか?
人生は思い通りいかないものだ
幸せそうに見える人でも
人知れない悩みを抱えているものだ
というメッセージを伝えようとしたのでは
ないかと思います。
もし紫の上に子どもができていたら、
予定調和でマンネリした物語に
なってしまったことでしょう。
紫の上に子どもができないことで、
・明石の姫君を養女として紫の上が育てる
・紫の上と明石の君の関係性
など物語が複雑化し、より読者を楽しませる
筋書きが成立したのです。
紫の上に子供がいない理由は、
『源氏物語』全体のストーリーを
複雑化させ
深みを持たせるためである。



