


薫と匂宮は、「宇治十帖」のメインの登場人物です。
「宇治十帖」は宇治の姉妹を巡る
薫と匂宮の恋物語が綴られていますが、
この2人の貴公子の性格的な違いが
ストーリーの大きなポイントとなっています。
この記事では、薫と匂宮の違いについて詳しく解説します。
・薫と匂宮の違い(比較表)
⇒性格の違い
⇒容姿・香りの違い
⇒恋愛観の違い
・どちらが光源氏に近いか


薫と匂宮:まずは2人を簡単におさらい
まずは、薫と匂宮それぞれが、
どんな人物なのかを
簡単におさらいしておきましょう。
薫とはどんな人物か
薫は、表向きは光源氏と女三の宮の子ですが、
実際は柏木が女三の宮と密通して生まれた子です。
自らの出生の秘密に幼い頃から悩んでいた薫は、
厭世的で恋愛には消極的な性格をしており、
仏道に強い興味を持つ青年でした。
容貌は上品で美しく
生まれつき非常に良い香りを体から発しています。
※系図など詳細は以下の記事を参照してください。


匂宮とはどんな人物か
匂宮は光源氏の孫で、
今上帝の皇子という立場です。
情熱的で涙もろい性格をしており、
光源氏に似て女たらしで多くの愛人がいます。
薫のまとう良い香りに対抗して、
お香をたっぷりと衣服に焚きしめています。
※系図など詳細は以下の記事を参照してください。


【比較表】薫と匂宮の違い一覧
薫と匂宮の違いを
わかりやすく比較表にまとめました。
| 身分 | 出自 | 容姿 | 恋愛 | 性格 | 香り | 光源氏からの継承 | 浮舟への思い | 浮舟の待遇 | 浮舟失踪後 | |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 薫 | 臣下(26歳で右大将) | 柏木と女三の宮の不義の子 | 優雅で気品がある | 消極的で不器用 決まった愛人は少ない 言葉が少ない | 厭世的で真面目、優柔不断 | 生まれつき良い匂いの体臭が備わっている | 光源氏の影を引き継ぐ(罪の子) | 大君の代わりとして愛する | 京の邸に引き取って愛人にしようと考える | 放置したことを後悔をして、勤行に明け暮れる。しばらくは泣かない。 |
| 匂宮 | 親王(兵部卿宮) | 正真正銘、光源氏の孫 | 輝くような美しさ 薫より美しい | 積極的で情愛深い 通っている愛人が多い 言葉で愛を伝える | 軽薄なところがあるが涙もろく、特別な人には深い愛をそそぐ | 薫の体臭に競って、朝も夕も熱心に香を焚いて身にまとう | 光源氏の光の部分を引き継ぐ(表面的な華やかさ) | 薫の対抗心をきっかけとして情熱的に愛する | 姉女一の宮の女房にして召人の一人として関係を続けたいと考える | ぼんやりと正気を失い、2~3日涙に暮れる。 |
表を見てわかる通り、薫と匂宮は、
性格や恋愛観などが対称的です。
(ただ、2人は声が似ていました)
宇治十帖はこの対照的な2人の貴公子の
恋愛譚を中心に物語が展開していきます。


「源氏物語絵巻 早蕨」住吉具慶 江戸時代
2人の性格の違い、容姿の違い、恋愛観の違い
について、以下でさらに詳しく解説していきます。
性格の違い:優柔不断な薫 vs 感情的な匂宮
薫と匂宮は友人同士ですが、
その性格は正反対です。
薫と匂宮の性格の違い
薫は厭世的で真面目な雰囲気の青年です。
人並みに女性に興味はありますが、
アプローチはかなり消極的。
愛情を語るにしても言葉が多くなく、
「恋しい、愛している」とは言いません。
振る舞いがとても落ち着いており、
年齢のわりに老成しています。
それに比べて、匂宮は、
光源氏の色好みの血をばっちり受け継いでいて、
女遊びが大好きです。愛人がたくさんいました。
アプローチも積極的で、感情的に行動します。
愛を言葉で伝えるのが得意です。



浮舟は、薫と匂宮の両方と男女関係に
なっていますが、真面目そうな薫に対しては
「末永く信頼できそう」と好感を抱いています。
しかし、浮舟が本当に心惹かれていったのは、
情熱的で愛を言葉で伝えてくれる
匂宮のほうでした。


容姿・香りの違い:天然の香 vs 人工の香



薫と匂宮の容姿の違い
2人の容姿の違いは詳細には語られていませんが、
浮舟は「薫より匂宮が美しい」と感じています。
匂宮は光源氏の孫であるから、
祖父譲りの輝くような美しさを
具えていたのでしょう。
とはいえ、
薫の容姿が劣っていたわけではありません。
光源氏は、幼い頃の薫の容貌を
「父の柏木よりも美しく、母の女三の宮にも似ていない」
と評価しています。
薫は優雅で気品があり、一般的な基準でいうと
じゅうぶんなイケメンでした。
薫と匂宮の香りについて
薫は生まれつき体から良い香りを
放っていました。匂宮は、薫の天然の香りに
対抗してお香を衣服に焚きしめ、
良い香りを漂わせていました。
薫の香りは仏様から与えられたもの
匂宮の香りは作り出したもの
という対比構造となっています。
薫の「仏様から与えられた香り」は、
自ら取り除くことができないものであって、
罪の子として生まれた薫が抱える宿命を
暗示するものです。
それに対して匂宮のまとう香りは、
自分で作り出した香りであり、
匂宮が薫のような宿命や出自の秘密を
抱えておらず、感情のままに
生きていけることを暗示するものです。



仏様からの祝福として得られた
とされる香りなのに、
その香りはまるで自らの宿命の象徴のように、
生涯をかけて薫にまとわり続けるのです。





恋愛観の違い:浮舟をめぐる2人の行動
次は、浮舟をめぐる2人の恋愛行動について
比較してみましょう。
薫の浮舟への愛:大君の身代わりとして
薫は浮舟を愛しますが、あくまで
浮舟のことを亡き大君の身代わりとしか
考えていませんでした。
薫は浮舟と大君を事あるごとに
心の中で比較し、
大君がいかに優れた女性であったかを
思い出していたのです。
薫は浮舟を宇治の山荘に数か月間も放置します。
おっとりしていて不器用な性格だから放置した
と説明することもできますが、
その程度の愛情だったと評価することもできます。


大君は中君とともに薫を丁重にもてなす。
「源氏物語画帖 椎本一」土佐光則筆
匂宮の浮舟への愛:競争心と刹那的な情熱
薫にくらべて匂宮の浮舟への愛情は情熱的です。
最初は「薫の愛人ならば良い女だろう」
くらいの気持ちで近づきますが、
一夜を過ごしてみて浮舟の可愛らしさに
夢中になります。
薫への競争心が本気の愛情に変ったのです。
「こんないい女は他にはいない」
「少しの間も逢わないでいると死んでしまいそう」
と浮舟にぞっこんになります。


雪山を見ながら歌を詠みかわす。
「源氏物語絵詞 浮舟・蜻蛉」
実のところは、浮舟は中の君や六の君に比べると
容姿として劣っているのですが、
匂宮は新しい恋にのめり込むタイプなので
目の前の可憐な女性(浮舟)に対して
しばらくは親王の身分を下りたいと思う程に
熱中したのです。
ただし、その熱情も一時的なものであり
浮舟が失踪してしばらくすると、
匂宮は立ち直ってまた新しい恋を見つけています。



浮舟が2人の間で揺れた理由
浮舟は、
口数が少なくて真面目そうな薫に対しては
信頼を寄せながらも強い愛は
感じていませんでした。
そこへ、薫よりも美しくて、
愛を多く語ってくれる匂宮が現れ、
浮舟の心は情熱的な匂宮のほうに
どんどん傾いていきました。
しかし、
匂宮は中君(浮舟の異母姉)の夫であるから、
中君の心情を考えると、
愛してはいけない人なのです。
匂宮も薫もそれぞれに、
浮舟を自分のものにしようと動きますが、
結局、浮舟は薫を選ぶこともできず、
匂宮を選ぶこともできません。
匂宮との関係が薫にバレてしまったと
気づいた浮舟は、
宇治川に入水することを決意するのです。







薫と匂宮、どちらが光源氏に近いか



光源氏の「色好み」「美貌」「もののあはれ」
といった性質を強く受け継いでいるのは匂宮です。


しかし、
匂宮には決定的に欠けているものがあります。
光源氏にはあった「罪の深み」です。
匂宮の恋愛は軽やかすぎます。
浮舟を傷つけても、早々に立ち直り
その後の苦悩が描かれない。
罪を背負う重さがないのです。
匂宮は光源氏の「輝き」だけを継承し、
「業の深さ」を継承していない
——いわば光源氏の表層のコピーです。
薫は光源氏の血をひいていないせいか、
さして好色者ではないし、
美貌も匂宮には負けているし、
「もののあはれ」(他者に同情する性質)も
弱いです。
しかし、薫は光源氏の業を継承しています。
なぜなら、薫は柏木と女三の宮の密通によって
生まれた罪の子だからです。
仮に光源氏の物語全体を
「罪と業の物語」だとするならば、
その本質を継ぐのは、
罪の子として生まれた薫です。
匂宮はあくまで表面的に
光源氏を継承した人物であり、
薫は「光源氏の罪」そのものが
キャラクターとなった人物と言えます。
以上のことから、
薫と匂宮、どちらが光源氏に近いかという
問いに対しては、明確な回答は難しいです。










光源氏と頭中将の対比を継承している



第一部における光源氏は、
藤壺との密通という罪を犯したうえで、
苦悩しながら、内省しながら、
いくつもの恋愛を経験していきます。
それに比べて頭中将は
光源氏のような罪を持たず、
「雨夜の品定め」では積極的に恋愛を語り、
高い社交性により軽やかに恋愛を楽しんでいます。
光源氏は、「業」をはらんだ恋愛を
しているのに対し、
頭中将は「軽い」恋愛をしているということです。
第三部では、この対比の構造が、
そのまま薫と匂宮に継承されていきます。
薫は光源氏の業や内省を継承し、
消極的で重ったるい恋愛をしています。
匂宮は頭中将の軽さを継承し、
深みのない感情的な恋愛を楽しんでいるのです。



第三部の構造の反復は、
単なる繰り返しではありません。
第一部において光源氏は栄華を極め、
頭中将も位人臣を極めていますが、
第三部では薫も頭中将も最終的に
何も得ることはありません。
「夢浮橋」では、薫は出家した浮舟に
再会できないまま終わってしまっています。
第一部では栄華によって
2人は救済されているけれど、
第三部では救済がないのです。
第一部の対比の構造は継承されているものの、
栄華・救済が継承されていないから、
「宇治十帖」は全体的に暗い印象を与えるのでしょう。


薫と匂宮、あなたはどちらが好き?



どちらにも問題点はありますが、
私は薫よりは匂宮のほうに好感を持っています。
薫は、浮舟を大君の身代わりとしてしか
見ていないし、
正室である女二の宮とその姉の女一の宮を
比較してばかりで、女二の宮をまともに
愛そうとしていないところが嫌いです。
未練がましくて、冷たい性格に見えるのです。
匂宮は愛人は多いけれども、
六の君は六の君として、中の君は中の君として、
浮舟は浮舟として、
まっすぐに愛している様子なのが好感が持てます。
多情だけれど、情に厚そうです。



薫は、真面目で落ち着いているのが長所です。
感情よりも理性がよく働き、
その場限りの軽薄な恋愛は苦手としています。
漫画『あさきゆめみし』での描かれ方は…
漫画『あさきゆめみし』では、
2人の対比が原作よりわかりやすく
描かれているので、まだ読んだことがない人は
ぜひ読んでみてください。
▼宇治十帖は以下の2冊です▼
漫画では、2人の性格が、
原作とは少し違う印象に整えられています。
匂宮は原作よりも、もっとやんちゃで
自信たっぷりで横暴な貴公子として
描かれています。
薫は原作よりも、もっと深刻に思い悩んでいて、
優しく誠実な人物として描かれています。






漫画から読んだ人と原作から読んだ人で、
薫派・匂宮派の分布が変わるかもしれませんね!




まとめ
この記事では、薫と匂宮の違いについて詳しく解説しました。
比較表を再掲します。
| 身分 | 出自 | 容姿 | 恋愛 | 性格 | 香り | 光源氏からの継承 | 浮舟への思い | 浮舟の待遇 | 浮舟失踪後 | |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 薫 | 臣下(26歳で右大将) | 柏木と女三の宮の不義の子 | 優雅で気品がある | 消極的で不器用 決まった愛人は少ない 言葉が少ない | 厭世的で真面目、優柔不断 | 生まれつき良い匂いの体臭が備わっている | 光源氏の影を引き継ぐ(罪の子) | 大君の代わりとして愛する | 京の邸に引き取って愛人にしようと考える | 放置したことを後悔をして、勤行に明け暮れる。しばらくは泣かない。 |
| 匂宮 | 親王(兵部卿宮) | 正真正銘、光源氏の孫 | 輝くような美しさ 薫より美しい | 積極的で情愛深い 通っている愛人が多い 言葉で愛を伝える | 軽薄なところがあるが涙もろく、特別な人には深い愛をそそぐ | 薫の体臭に競って、朝も夕も熱心に香を焚いて身にまとう | 光源氏の光の部分を引き継ぐ(表面的な華やかさ) | 薫の対抗心をきっかけとして情熱的に愛する | 姉女一の宮の女房にして召人の一人として関係を続けたいと考える | ぼんやりと正気を失い、2~3日涙に暮れる。 |
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