薫の君は、『源氏物語』第三部の主人公です。
匂宮とともに、宇治の姉妹を巡って恋物語を織り成します。
・薫の体臭の原因
・薫の相関図、性格、容姿、年齢
・薫が読者に嫌われる理由
・薫と匂宮の違い
・薫の女性関係まとめ
この記事を読むことで、
薫の君がどんな人だったかよくわかります😊
長い記事となりましたので、
以下の目次をタップして、読みたいところから
お読みください!
薫の君の体臭はワキガだったのか
薫の匂いの正体は何なのか?
まずは、『源氏物語』の原文の記述を見てみましょう。
薫から漂う匂いは体臭だった
以下は、薫の匂いについて書かれている部分を
『源氏物語』から引用したものです。
【原文】
「匂宮」巻より引用
香
のかうばしさぞ、この世
の匂
ひならず、あやしきまで、うち振
る舞
ひたまへるあたり、遠
く隔
たるほどの追風
に、まことに百歩
の外
も薫
りぬべき心地
しける。
【現代語訳】
薫の君から放たれる香りは、この世の匂いでなく、不思議なくらいに、ちょっと身じろぎなさる周辺の、遠く離れている所の追い風も、本当に百歩の外も薫りそうな感じがするのであった。
薫の君から匂う香りは、この世のものではないと
思うくらい良い香りで、薫がちょっと動くだけで
遠くまで匂うほど、強い香りだったとのこと。
もともと良い香りがする梅や藤袴の花も、
薫がさわることによって、いっそう香気をまし、
心地よく香るという記述も見られます。
いいえ。
薫は、ほとんど衣服にお香の香りを移らせて
いませんでした。
薫は、お香を使わないのに、
その体からは良い匂いがしていたのです。
薫から漂う良い匂いは、体臭であった
ということになります。
薫の体臭はワキガだったのか?
薫の体臭は、ワキガだったのではないか?
と作家の瀬戸内寂聴氏はおっしゃっていました。
ただし、ハッキリとした根拠があるわけではないようです。
しかし、梅や藤袴の香りに並んで薫の体臭が
語られているので、甘く爽やかな香りだったと想像できます。
「宿木」の巻では薫の体臭を、お香の匂いと
間違えるといった記載もあるのです。
ワキガというと、
えんぴつの芯のニオイや ぼろ雑巾のニオイなどに
喩えられるほどの悪臭ですよね。
薫の香りはワキガのニオイではなかったのではないでしょうか?
薫の体臭は「モテ皮膚ガス」だったかも
私は、薫の君の肌からは、モテ皮膚ガスが
出ていたのではないかと思います。
モテ皮膚ガスとは
東海大学等の最近の研究で判明したものであり、
γ-ラクトン(ガンマラクトン)という物質が
原因成分となっています。
桃のように甘い香りで、異性を惹き付ける効果があります。
このモテ皮膚ガスは、
女性ホルモンの作用が関与しており、
10代~20代の若い女性に特徴的な体臭とされています。
薫は珍しく男性でありながら
モテ皮膚ガス(γ-ラクトン)を
多く放散する体質だったのかも知れません。
薫の体臭は法華経の功徳?
そもそも、『源氏物語』はフィクションですから、
ワギガや皮膚ガスといった現実的な考察をするのは
適切ではない可能性もあります。
実は、『源氏物語』の中に、
薫の体臭の正体が書いてあるのです。
以下は、女房が薫を褒めて語ったものです。
【原文】
「東屋」の巻より引用
「経などを読みて、功徳のすぐれたることあめるにも、香の香うばしきをやむごとなきことに、仏のたまひおきけるも、ことわりなりや。
薬王品などに、取り分きてのたまへる、牛頭栴檀とかや、おどろおどろしきものの名なれど、まづかの殿の近く振る舞ひたまへば、仏はまことしたまひけり、とこそおぼゆれ。
幼くおはしけるより、行ひもいみじくしたまひければよ」
【現代語訳】
「(薫の君は)お経などを読んで、仏さまの功徳が優れているような様子であるから、香の芳しいのをこの上ないこととして、仏さまが説いておられるのも、もっともなことですわ。
薬王品などに、特別に説かれている牛頭栴檀とかは、大げさな物の名前ですが、まずあの大将殿(薫)が近くで身動きなさると、仏さまが本当におっしゃったのだ、と思われます。
幼い頃から、勤行を熱心になさっていたからですよ」
要約すると、
薫の君は幼い頃からよくお経を読んできたから、
仏様のご利益として体から良い香りがするのだ
と言っているのです。
実際に「薬王品」には体から放たれる香り
についての記載があるのです。
「薬王品」とは『法華経』の「薬王菩薩本事品」の略称です。
一部を以下に引用します。
【原文】
『法華経』薬王菩薩本事品より引用
宿王華 此菩薩 成就如是 功徳智慧之力 若有人 聞是薬王菩薩本事品 能随喜讃善者 是人現世口中 常出青蓮華香 身毛孔中 常出牛頭栴檀之香
【現代日本語訳】
宿王華菩薩よ、この菩薩(薬王菩薩)は、このような功徳、智慧の力を成就したのです。もし人がこの薬王菩薩本事品を聞いて、ありがたいものと喜び、善いものだと讃嘆したならば、この人は現世で、口の中から常に青蓮華の香りを出し、体の毛穴から常に午頭栴檀の香りを出すでしょう。
要するに、お釈迦様は、
薬王菩薩本事品を聞いて、それを褒める者は、
口の中や体中の毛穴から、良い香りを出すだろう
と説いたのです。
勤行(お経を唱えること)をメインとした
仏道修行を熱心に行っていた薫は、
薬王菩薩本事品に書いてある通りに、
体から良い香りを出すようになった、ということです。
薫が体から発する良い匂いは、
彼が熱心な仏教徒であることの証であり、
仏から特別に認められた存在であることを
表しているのでしょう。
紫式部は、薫のような、
仏様に認められた超人間的な人物でも、
恋の悩みをはじめとした生老病死に悩むのだから、
その他一般の凡庸な人間たちも当然悩むものなのだ
ということを伝えようとしたのかも知れませんね。
薫の君はどんな人?関係図・性格・容姿など
薫の君がどんな人だったのか、
体臭以外のポイントについて解説していきます!
まずは、相関図を見ていきましょう。
薫周辺の関係図
薫:『源氏物語』第三部の主人公
表向きは、光源氏と女三の宮の子。
本当は、柏木と女三の宮が密通して
産まれた子。
匂宮:薫の友人でありライバル。
光源氏の孫である。
女三の宮:薫の母親。
静かに勤行ばかりする日々を送っている。
宇治八の宮:
桐壺帝の第八皇子であり、
光源氏の異母弟。
宇治の山荘に娘たちと一緒に隠棲しており
在俗のまま仏道に専念している。
薫は八の宮に憧れ、親交を深める。
大君:宇治八の宮の長女。
思慮深く気高い女性。
薫に思いを寄せられるが、拒否を貫く。
26歳で死去。
中君:宇治八の宮の二女。
可愛らしい雰囲気の女性。
匂宮の妻となり、男子を出産する。
浮舟:宇治八の宮の三女。
大君、中君の異母妹。
大君に顔がそっくり。
薫と匂宮、2人の貴公子に愛される。
女二の宮:今上帝の第二皇女で、
薫の正妻として降嫁する。
深くは愛されていなかったが
表面的には大切に扱われていた。
女一の宮:今上帝の第一皇女。
明石の中宮の娘。
薫の憧れの女性である。
大君:玉鬘と髭黒の娘(長女)。
薫は大君に恋をしていたが
大君は冷泉院に参院し、失恋する。
中君:玉鬘と髭黒の娘(二女)。
尚侍として今上帝に仕える。
薫は、周囲からは光源氏と女三の宮の
子だと思われていますが、
実は、柏木と女三の宮が密通して生まれた子です。
幼い頃から悩むことが多かったせいか、
薫は厭世的な性格の青年となり、
宇治八の宮が俗聖のようになって
仏道に専念している様子に心惹かれていきます。
薫は宇治八の宮と親交を深め、
その娘である大君、中君と出会います。
薫と宇治の姉妹の恋物語が開始するのです。
容姿
薫は、美しい顔立ちをしていますが、
光源氏ほどではありませんでした。
派手な美貌ではありませんが、
優雅で上品な容貌であると語られています。
【原文】
「匂宮」巻より引用
顔容貌
も、そこはかと、いづこなむすぐれたる、あなきよら、と見
ゆるところもなきが、ただいとなまめかしう恥
づかしげに、心
の奥多
かりげなるけはひの、人
に似
ぬなりけり。
【現代語訳】
(薫の)容姿も、はっきりと、どこが素晴らしい、ああ美しい、と見えるところもないが、ただとても優雅で気品があり、心の奥底が深いような雰囲気が、誰にも似ていないのであった。
薫の実父・柏木も、
優雅で品のある容貌が語られています。
薫は柏木に似ているのでしょう。
光源氏は、幼い頃の薫の可愛らしい容貌を見て、
「父の柏木よりも美しく、母の女三の宮にも似ていない」
と評価しています。
性格
薫の性格を簡潔に言うと、
- 厭世的
- 恋愛に消極的・不器用
- 落ち着いていて控えめ
- 真面目
です。
以下の一文に、薫の性格がわかりやすく
表現されています。
【原文】
「匂宮」巻から引用
心
のうちには身
を思
ひ知
るかたありて、ものあはれになどもありければ、心
にまかせて、はやりかなる好
きごと、をさをさ好
まず、よろづのこともてしづめつつ、おのづからおよすけたる心
ざまを、人
にも知
られたまへり。
【現代語訳】
(薫の君は)心の中では自分の身の上について思うところがあって、もの悲しい気持ちなどがあったので、勝手気ままな好色事は、まったく好きでなく、万事控え目に振る舞っては、自然と老成した性格が、人からも知られていらっしゃった。
もう少し詳しく説明していきますね。
厭世的&恋愛に消極的
薫は、幼い頃から自分が罪の子であるという
認識があったので、
仏道に心惹かれる厭世的な性格となり、
世の中をつまらないものだと悟りきっていました。
女性に執着したら、出家しづらくなるかも知れない
という考えから、恋愛にも消極的だったのです。
愛人となった浮舟を宇治の邸に放置するなど、
恋愛に消極的であるがゆえに、不器用な一面も見せています。
人並みには女好き
ただし、決して女性にあまり興味が
なかったわけではありません。
薫は、宇治の姉妹以外にも、
玉鬘の娘の大君や今上帝の女一の宮などに
好意を寄せているのです。
「その場限りの軽薄な恋愛は苦手」と
薫は語っていますが
言葉とは裏腹に薫と一時的に男女の関係を
持った女房も何人もいたようです。
ただし、深い思いをかける愛人はいませんでした。
真面目で控えめ
薫は軽薄な雰囲気ではなく、
落ち着いていて真面目な印象の青年でした。
原文中にも「まめやかなる人の御心」という
表現があり、薫が真面目であると語られています。
夕霧も「まめ人(真面目な人)」であると
語られているので2人は性格が似ているということになります。
薫は宇治の大君に
強く心を動かされ、結婚を望みますが
光源氏のように強引に肉体関係を持つことはしません。
相手が拒否する様子を見て無理強いはせず
朝まで添い寝をして過ごしています。
大君亡き後は、中君に迫ったこともありますが
妊娠している中君の様子を見て自制します。
身分
薫は、表向きには光源氏の息子です。
明石の中宮の異母弟であり、
今上帝とはいとこ同士の関係性になります。
光源氏は太政大臣を経て、
準太上天皇の待遇を得ました。
臣下としては最高の身分の人物だったわけです。
その息子である薫も、
高貴な身分として周囲から扱われていました。
光源氏の亡き後は、冷泉院と秋好中宮が
薫の後見役となっており、その威光は素晴らしいものでした。
14歳で侍従となり、
19歳で宰相中将、
23歳で中納言、
26歳で大納言兼大将に就任しており
順調に出世街道を歩んでいます。
物語は薫が28歳で終えていますが、
ゆくゆくは大臣になるような高い身分です。
年齢
薫は、光源氏が48歳のときに生まれた子どもです。
『源氏物語』第三部の主要な出来事と薫の年齢を表にしてみました。
できごと | 薫の年齢 |
---|---|
薫、宇治の姉妹(大君・中君)を垣間見る。 | 22歳 |
大君の死去。 | 24歳 |
薫、女二の宮と結婚。浮舟を愛人とする。 | 26歳 |
浮舟入水事件 | 27歳 |
薫、尼となった浮舟に手紙を贈る。 | 28歳 |
薫の詳しい年表は、
こちらの記事に掲載しています。
薫の君を「嫌い」な読者が多い理由
薫が嫌いだという読者は多いです。
光源氏よりも薫が嫌いだと言う人までいます。
なぜ薫はそんなに嫌われるのでしょうか?
理由1.浮舟を大君の身代わりとしか思っていない
薫は、浮舟を大君の身代わりとしか
思っていませんでした。
自分の愛人となった浮舟と亡き大君を
頻繁に比較しては、「大君のほうがよかった」
と故人に思いを馳せているのです。
正室の女二の宮と浮舟を比べるような
記述も見られます。
薫は浮舟を浮舟としてではなく、
大君に似た人形として見ていたことがわかります。
理由2.浮舟を丁重に扱わず放置する
大君の身代わりとして浮舟を大切にするかと思えば
そうではなく、
薫は浮舟を数か月の間、宇治の邸に放置します。
急に京の邸に引き取ると世間から
取り沙汰されるのが煩わしいと考え
「いつかはきちんとした待遇にしてやろう」
とのんびりと構えて、浮舟を放ったらかしにしていたのです。
理由3.浮舟の身分の低さを蔑んでいる
さらに、薫は、浮舟の田舎くささを蔑んでいます。
浮舟の母は、故八の宮に仕えていた女房(中将の君)
であり、常陸の国守を妻となった人物です。
薫は、大君に対しては紳士的に振る舞いましたが
浮舟とは早々に肉体関係を持っています。
匂宮と浮舟の男女関係を知った後も、
薫は「正妻というわけではないのだから、
浮舟とはこのまま愛人関係を続けよう」と
匂宮と浮舟の関係を容認するようなことを考えています。
薫は浮舟を身分の低い女だと思って、下に見ていたのです。
薫が嫌われる理由まとめ
薫は、亡くなった大君への未練を
残したままで、今目の前にいる
浮舟そのものを愛さず、
大君に似た浮舟で心を慰めていました。
愛情表現が下手くそで淡白な印象な上、
田舎者の女を蔑む傾向があるので、
現代の読者から嫌われています。
それに対して光源氏は、夕顔などの中流女性に対して
熱烈な愛情を見せているし、身分の低さを蔑むような
こともしていません。
『源氏物語』を現代語訳された作家の角田光代先生も、
薫のことが嫌いらしく、
「薫からだけは浮舟を逃がしてやりたい」と語っています。
薫と匂宮の比較と関係
薫と匂宮の違いを比較表としてまとめてみました。
容姿 | 恋愛 | 性格 | 香り | 浮舟の待遇 | 浮舟失踪後 | |
---|---|---|---|---|---|---|
薫 | 優雅で気品がある | 消極的で不器用 決まった愛人は少ない 言葉が少ない | 厭世的で真面目 | 生まれつき良い匂いの体臭が備わっている | 京の邸に引き取って愛人にしようと考える | 放置したことを後悔をして、勤行に明け暮れる。しばらくは泣かない。 |
匂宮 | 輝くような美しさ 薫より美しい | 積極的で情愛深い 通っている愛人が多い 言葉で愛を伝える | 軽薄なところがあるが 特別な人には深い愛をそそぐ | 薫の体臭に競って、朝も夕も熱心に香を焚いて身にまとう | 姉女一の宮の女房にして召人の一人として関係を続けたいと考える | ぼんやりと正気を失い、2~3日涙に暮れる。 |
浮舟は「薫より匂宮が美しい」と感じています。
匂宮は光源氏の孫であるから、
輝くような美しさは祖父譲りなのでしょう。
薫は、愛情を語るにしても言葉が多くなく、
恋しい、愛しているとは言いません。
浮舟はそんな薫に対して
「末永く信頼できそう」と感じますが、
情熱的で愛を言葉で伝えてくれる匂宮のほうに
心が惹かれていったのです。
薫の君の女性関係(大君・浮舟など)
薫が思いを寄せた女性および
肉体関係を持った女性を一覧にまとめました。
薫との肉体関係 | 身分 | 備考 | |
---|---|---|---|
大君 | なし | 宇治八の宮の娘(正妻腹) | 薫は熱心に求婚するが、大君はその愛を拒否したまま死去。 |
中君 | なし | 宇治八の宮の娘(正妻腹) | 大君の死後、薫は中君に思いを寄せるが、中君は既に匂宮の妻であった。 |
浮舟 | あり | 宇治八の宮の娘(妾腹) | 大君とそっくりな女性で、薫の愛人となるが、匂宮とも関係を持つ。 |
女二の宮 | あり | 今上帝の第二皇女 | 薫の正妻。美しく上品な女性で夫婦仲は良好だったが深く愛されていたわけではない。 |
女一の宮 | なし | 今上帝の第一皇女 | 薫の憧れの女性。美しく奥ゆかしい。女一の宮がまだ幼い頃に姿を見て以来、思いを寄せている。 |
小宰相の君 | あり | 女一の宮に仕える女房 | 美しく気立てが良い。薫とこっそり交際していた。 |
按察使の君 | あり | 薫の母(女三の宮)に仕える女房 | お気に入りの女房。 ときどき肉体関係がある。 |
正室である女二の宮を除けば、
薫が男女の関係を結んだ相手はみな、
浮舟や女房など身分の高くない女性であることがわかります。
薫は今上帝の女一の宮のような、
高貴で美しい姫君に憧れるタイプの男性でしたが、
控えめな性格ゆえに
光源氏のような強引な逢瀬は望まず、
ただ遠くから憧れているだけでした。
実際に肉体関係を持つ相手は、
手をつけやすい女房だったのです。
この記事では、
『源氏物語』の薫の君について
詳しく解説しました。
当ブログでは、『源氏物語』について
様々な観点から解説する記事を作成しています。
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