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撫子
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30代後半の主婦。
高校生の頃から源氏物語に興味を持ち始めました。大学では源氏物語を研究し、日本語日本文学科を首席卒業しました。
30代になり、源氏物語を改めて学びなおしています。
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源氏物語の「乳母子(めのとご)」とは?意味・読み方から惟光・王命婦・右近まで徹底解説!

源氏物語の「乳母子(めのとご)」とは?意味・読み方から惟光・王命婦・右近まで徹底解説!

源氏物語 初心者
『源氏物語』を読んでいたら、「乳母子」という言葉が出てきたんだけど、何て読むの?どういう意味なの!?


筆者
「乳母子」は、「めのとご」と読みます。この記事では、『源氏物語』における「乳母子」の意味や役割について詳しく解説します。

この記事でわかること
  • 乳母子の読み方・意味・役割
  • 『源氏物語』の乳母子の具体例

この記事を読むことで、平安時代における
乳母子めのとごの認識や役割を理解することができます。
乳母子についての理解が深まれば、『源氏物語』を
より正確に理解することにつながります。
ぜひ最後まで読んでいってください。

目次

「乳母子」とは何か——基本の意味と読み方

源氏物語 初心者
乳母子めのとごって一体どんな人なの?


ここでは、乳母子・乳母の意味について、
詳しく解説します。

乳母子とは

  • 読み方:「めのとご」
  • 意味:乳母の実子のこと。

高貴な家の子ども(養君やしないぎみ)に、
実母に代わって母乳を与え、

養育する女性のことを、乳母めのとといいます。
乳母子めのとごとはその乳母の実の子どもです。

乳母めのとは、主人の邸に住みこみで世話をするため、
我が子とは離れることになるため、
自分の家よりもさらに下位の家柄から
乳母を雇い、我が子に授乳をさせました。

延喜式えんぎしき』には
幼い親王の乳母の子には、
乳母の給与とは別に6歳までの月料が
支給されたと記されています。
乳母に変わり実子を養育するための
乳母をつける特別手当だったと推測されます。

スクロールできます
乳母(めのと)乳母子(めのとご)
誰か貴人の子に母乳を与えて養育する女性その乳母の実子
主人との関係養育者・後見人乳兄弟?乳姉妹?※
役割世話・教育腹心の従者

乳兄弟ちきょうだいとは、同じ女性の乳を飲んで育った
血縁関係のない間柄のことを指しますが、
養君と乳母子の間柄は、
厳密に言うと乳兄弟ではありません。
なぜならば、
乳母子には別の乳母を雇って授乳させたため、
養君と乳母子は同じ乳を飲まないからです。

ですが、養君と乳母子とは幼い頃から
乳兄弟のように親しく接して過ごすので、
大人になってから乳母子は
養君の腹心の従者となることが多いです。


乳母は実子を出産したばかりの女性が選ばれます。
(※母乳が出なければ役割が務まらないため)
そのため、乳母子は養君と
ほぼ同い年(少し年上)ということになります。

源氏物語 初心者
乳母子めのとごは、乳母めのとの実の子であって、養君やしないぎみより少し年上の、兄弟姉妹のように仲良く育った存在なんだね。

よくある質問

乳母は、どういう家柄の人が選ばれたのですか?

乳母に任ぜられるのは、受領階級など中流貴族出身の女性でした。
摂関家や皇室など高貴な家の子の乳母になると、夫や子の出世にもつながったため、『栄花物語』に見られるように乳母になりたい女性は多かったのです。

天皇の乳母にいたっては、天皇が即位すると乳母自身も昇進しました。
平安時代中期(一条朝)になると天皇の乳母は典侍という後宮の実質的な束ね役につき、大きな権力を持ったのです。

乳母は何人雇われるの?

奈良時代に制定された『養老令』の「後宮職員令」には親王には3人、その子には2人の乳母を支給すると定められていましたが、実際にはもっと多くの乳母が
配されていたケースもあるようです。

光源氏には、少なくとも2人の乳母がついていました。

なぜ、古代では乳母という制度があったのですか?

現代ではお金持ちの家でも自分で授乳、
子育てするのが一般的であり、皇室では美智子様の時代に乳母制度は廃止されました。

なぜ、昔は乳母という制度があったかというと、古代では乳幼児の死亡率が高かったため、天皇家など血統を絶やさないことを重視する家柄では、できるだけ多くの子どもを産む必要があったからです。

授乳期間中は、妊娠しづらくなる
科学的に立証されています。
授乳や子育ては乳母に任せ、早く次の子を産むことを目指したのでしょう。

特に平安時代の摂関家の女性たちは、入内して多くの皇子を産むことが最高の名誉だったため、子育てには関わらず乳母に一切を任せたのです。

筆者
授乳、子育てに関わる事を高貴な女性にはふさわしくない家事であるという考え方もあったかも知れません。当時は貴族が自分でごはんを盛ることさえ下品とみなされていました。


乳母による授乳、子育ては、皇室や摂関家・公卿層のみならず一般の貴族や地方の富裕農民層にまで定着していきました。

しかし、庶民層では、現代と同じように
我が子を母乳で育てたため、乳母を使う貴族に比べ離乳時期が遅くなり、多産を抑制することにつながったようです。

「うば」と「めのと」の違いとは?

「乳母」は「うば」とも「めのと」とも読みますが、「うば」と「めのと」とは意味が少し違います。

「うば」は単純に実の母の代わりに乳を与える女性のこと。
「めのと」は、さらに役割の範囲が広く、授乳に加え教育も行う女性のことです。


筆者
『源氏物語』などの平安朝文学に出てくる「乳母」は、ほとんど「めのと」のことです。

「めのと」の語源は?

平安時代中期に作られた辞書である『和名類聚抄わみょうるいじゅしょう』によると、「めのと」は「おと」に由来するとされています。
『日本書紀』で、玉依姫たまよりひめが姉の豊玉姫とよたまひめの代わりに皇子を養育したという記述から、このように解釈されています。

筆者
「女の弟」とは、つまり「妻の妹」という意味です。

『源氏物語画帖 若紫』(部分)土佐光則筆 江戸時代初期 徳川美術館
頼りない身の上の若紫(中央)を見守る乳母・少納言(右)
『源氏物語画帖 若紫』(部分)土佐光則筆 江戸時代初期 徳川美術館
頼りない身の上の若紫(中央)を見守る乳母・少納言(右)

なぜ乳母子は「主人の腹心」になるのか——平安貴族社会の構造

源氏物語 初心者
乳母子は、主人(養君)の腹心の従者になる、とのことだけど、それはどうしてなのだろう?


筆者
それは、乳母子と主人は幼少期から兄弟のように親しんで育つからです。


兄弟のように親しいとはいえ、
あくまで主人と乳母子の関係なので、
成長してからは主人に仕えるようになります。
しかし、その関係性は、単なる主従関係を超え
親密な感情でつながっていました。


主人と乳母子とはまさに運命共同体ともいえる
強い絆で結ばれており、物語の中では
主人の秘密を共有する唯一の存在として
乳母子が登場します。

次の項では、『源氏物語』に登場する乳母子が、
どのような役割を担った存在なのかを解説します。

源氏物語に登場する乳母子たち——具体例で読み解く

『源氏物語』に出てくる主要な乳母子について、
そのエピソードとともに紹介します。
それぞれが物語の中でどのような役割を
果たしているかを見ていきましょう。

惟光 ——光源氏の恋を支えた名脇役

惟光これみつは、光源氏の乳母子めのとごです。
腹心の従者として「夕顔」巻に初めて
登場して以来、「若紫」巻や「葵」巻でも活躍し、
光源氏が須磨に流された際にも、
裏切ることなく同行しています。

最終的には参議にまで出世した上に、
惟光の娘(藤典侍とうのないしのすけ)は
光源氏の息子(夕霧)の妾となり、
多くの子をもうけています。

筆者
主人である光源氏の血統と乳母子である惟光の血統は、その絆を示すように交じり合っています。

【惟光が物語中で果たした役割】

惟光は、光源氏の恋の秘密を握り、
裏方として相手の女性の素性や内情を探ったり、
女性の家を訪れる際のお供をしたりしています。


特に「夕顔」巻では活躍が大きく、
惟光の働きにより、光源氏は夕顔のもとに
通うようになるし、夕顔の遺体の処理も
惟光が請け負っています。

惟光は、光源氏が若い頃の
恋の忍び歩きには必ず同行していたので、
『源氏物語』第一部においては
脇役ながら頻出し、存在感のある人物です。

王命婦——藤壺との密通を手引きした女性

王命婦おうのみょうぶは藤壺の宮の乳母子めのとごです。
藤壺の宮の身の周りのお世話をする女房として
仕えていました。

【王命婦が物語中で果たした役割】
「若紫」巻で語られる大事件、
光源氏と藤壺の宮の密通は
王命婦の手引きによって実現しています。


光源氏は、病気療養のために里下がりした
藤壺の宮に何とかして逢いたいと、
毎晩のように王命婦に逢瀬の手引きを
依頼しました。
王命婦は光源氏の願いを聞き入れてしまい、
藤壺の宮の寝所に導き入れ、2人は密通を果たし、
藤壺の宮は懐妊してしまうのです。

王命婦は藤壺の宮の御湯殿のお世話も
日頃からしていたので、妊娠して3か月もたつと、
主人の体の変化に気づき、不義の子の
懐妊を悟り、光源氏と藤壺の宮の
避けられない運命を感じるのでした。

筆者
王命婦は、乳母子という近しい立場だからこそ、主人(藤壺の宮)の秘密に深く関わることになったのです。

大輔の命婦 ——末摘花との関係を手引きした女性

大輔たいふ命婦みょうぶは、光源氏の乳母子めのとごです。
物語中には光源氏の乳母として
2人の女性(大弐乳母だいにのめのと左衛門乳母さゑもんのめのと
の名があがりますが、
大輔の命婦は左衛門乳母の娘です。
※惟光は、大弐乳母の息子。

乳母子という縁のために気楽なので
光源氏はよくこの大輔の命婦をそばに置いて
使っていたのです。

【大輔の命婦が物語中で果たした役割】

大輔の命婦は末摘花の存在を光源氏に教え、
光源氏に末摘花の琴を聞かせて

興味を持たせました。
末摘花と光源氏が出逢うきっかけを
作ったということです。

はっきりとは書かれていませんが、
大輔の命婦の父は末摘花の兄と解釈されており、
大輔の命婦はその縁故により
叔母の末摘花と光源氏を逢わせたかったと考えられます。

右近——夕顔と玉鬘をつなぐ乳母子

右近うこんは夕顔の乳母子めのとごです。
乳母は早くに亡くなってしまいましたが、
乳母子の右近は、夕顔の父に
乳母の忘れ形見として可愛がられ、
夕顔とは姉妹のように一緒に育てられました。

【右近が物語中で果たした役割】

「夕顔」巻で夕顔が急死した現場に居合わせ、
その後は女房として光源氏に仕えました。


右近が再び登場して活躍するのは「玉鬘」巻です。
上京してきた玉鬘(夕顔の娘)と
椿市で再会した右近は、
玉鬘の存在を光源氏に報告します。
光源氏は玉鬘を養女として六条院に引き取り、
そこから玉鬘十帖と呼ばれる玉鬘を中心とした
物語が始まるのです。

『源氏物語手鑑 玉鬘一』(部分)土佐光吉筆 桃山時代 和泉市久保惣記念美術館
椿市で再会した玉鬘(左端・後ろ姿)と右近(左の女性)
『源氏物語手鑑 玉鬘一』(部分)土佐光吉筆 桃山時代 和泉市久保惣記念美術館
椿市で再会した玉鬘(左端・後ろ姿)と右近(左の女性)
『源氏物語画帖 玉鬘』(部分)土佐光起筆 江戸時代初期
右近に灯台の灯心を高く引き上げさせて玉鬘の顔をよく見ようとする源氏。
筆者
右近は、夕顔の物語と玉鬘の物語をつなぐリレー役を担っています。

その他の乳母子の活躍

【末摘花の乳母子・侍従】
末摘花の乳母子、侍従じじゅうは末摘花の零落に耐えて
長年仕え続けていましたが、生活の苦しさに
耐えられずに、「蓬生」巻で末摘花の叔母について
筑紫に下って行ってしまいます。
末摘花にとって侍従の存在は特別だったようで、
声をあげて泣いて悲しんでおり、
侍従も別れの言葉もうまく出ないほど

悲しんでいました。
その後、末摘花が光源氏と再会して、手厚い保護を

受け始めたことを侍従は遠くの地で耳にし、
主人の幸福を喜んでいます。

【玉鬘の乳母子・豊後介】
玉鬘の乳母子の豊後介ぶんごのすけとその妹は、
家族を置いて、玉鬘を父親に会わせるために
一緒に上京しています。
玉鬘が六条院で暮らし始めてから、
豊後介はその誠意が認められて
玉鬘づきの家司の一人となり、
六条院に出入りして仕事を行う立場を得ています。

『源氏物語図 玉鬘』(部分)伝土佐光元筆 室町時代 京都国立博物館蔵
乳母と乳母子たちは早船を仕立て、玉鬘を京へ連れて行く。



【浮舟の乳母子・右近】
浮舟の乳母子の右近うこんは、匂宮を薫と勘違いして
浮舟の寝所に通してしまいます。
右近の失態のために、
匂宮と浮舟は男女の関係に陥ったのです。


※同じ右近だが、夕顔の乳母子の右近とは別人。

【女三の宮の乳母子・小侍従こじじゅう
女三の宮の乳母子・小侍従は、
六条院(光源氏)に嫁いだ女三の宮のもとで
女房として仕えていました。
柏木は、女三の宮に対して強い恋愛感情を抱き、
小侍従に手引きを依頼します。
小侍従はその願いを聞き入れ、
柏木を女三の宮の寝所に通してしまいます。
女三の宮の密通事件は、乳母子の侍従の手引き
によって成立したものなのです。


女三の宮の乳母と柏木の乳母は姉妹
だったので、柏木は女三の宮の美しさなど
その様子を詳しく聞いて思い焦がれていました。

『源氏物語絵巻 若菜下』(部分)住吉具慶筆
女三の宮に宛てて書かれた柏木の手紙を見つけて読む源氏。
小侍従は几帳の陰からその様子を見て、恐怖におののく。
『源氏物語絵巻 若菜下』(部分)住吉具慶筆
女三の宮に宛てて書かれた柏木の手紙を見つけて読む源氏。
小侍従は几帳の陰からその様子を見て、恐怖におののく。

筆者
以上、『源氏物語』の主な乳母子について紹介しました。


源氏物語 初心者
なんだか乳母子って、物語が面白くなるところで活躍しているような気がするよ。そう思わない?

乳母子は「物語の転換点」に登場する——紫式部の計算された使い方

物語の転換点によく現れる乳母子

『源氏物語』において、
乳母子めのとごは物語の転換点によく登場します。

源氏物語 初心者
物語の転換点=物語が動いて面白くなるところってことだね!


乳母子の活躍で主要なものを、
簡単にまとめてみましょう。

  • 夕顔と光源氏は惟光の仲介によって出逢う。
  • 右近(1)は某の院に同行し、主人(夕顔)の死に立ち会う。
  • 藤壺と光源氏の密通は、王命婦が手引きをする。
  • 末摘花は大輔の命婦の仲介によって光源氏と出逢う。
  • 玉鬘は右近(1)が見つけて、源氏に紹介する。
  • 女三の宮と柏木の密通は、小侍従が手引きする。
  • 薫の出生の秘密は、弁の尼によって明かされる。
  • 匂宮と浮舟の関係は、右近(2)の失態によって起きる。

惟光 = 光源氏の乳母子
右近(1) = 夕顔の乳母子
王命婦 = 藤壺の宮の乳母子
大輔の命婦 = 光源氏の乳母子
小侍従 = 女三の宮の乳母子
弁の尼 = 柏木の乳母子
右近(2) = 浮舟の乳母子

このように、主人のプライベートな秘密
(特に恋愛)に深く関わり、物語の展開の
きっかけとなるのが乳母子めのとごという存在なのです。

主人と乳母子が上下関係を超えた
親愛の情で結ばれているからこそ、
乳母子はプライベートな秘密に関わったのです。
『源氏物語』は男女の恋愛の場面が多いから、
その秘密に関連した役割は、
必然的に乳母子が担うこととなったのでしょう。

乳母子が活躍すると女君は不幸になる!?

『源氏物語』の中では、
乳母子が活躍が大きいほどに
主人は不幸を経験している傾向があります。

逆に大きな不幸を経験していない女君たち
(花散里や明石の君、明石の姫君、
秋好中宮など)には乳母子は登場しません。
紫の上に関しても「葵」巻でたった一場面でしか
乳母子は登場しないのです。

このことから、乳母子という立場の人物は、
物語を展開させる際に出てくるものであり、
その展開とは悲劇であるケースが多い
と言うことができます。

『源氏物語絵巻 薄雲』(部分)住吉具慶筆 江戸時代初期
二条院に引き取られる幼い明石の姫君。後ろに控えている女性が乳母・宣旨の娘。
明石の姫君の乳母子は登場しない。
『源氏物語絵巻 薄雲』(部分)住吉具慶筆 江戸時代初期
二条院に引き取られる幼い明石の姫君。後ろに控えている女性が乳母・宣旨の娘。
明石の姫君の乳母子は登場しない。

現実世界の主人と乳母子

現実世界でも、主人と乳母子めのとご
強い絆で結ばれていたと言われています。
紫式部は当時の貴族社会の実態を
『源氏物語』の中に取り入れ、
乳母子を単なる親密な家来ではなく、
物語の展開の鍵を握る存在として生かし、
巧みにストーリーを創り上げたのです。

受験・古文読解への活用——「乳母子」を知ると古文が読みやすくなる

以上のことから、
古文の試験で「乳母子めのとご」が登場したら、
主人の秘密に関わることが起きたり、
物語が大きく展開したりするだろうと
推測しながら読むと
より理解しやすくなるはずです。

筆者
乳母子の意味と、乳母子と主人の絆は、古文常識として理解しておきましょう!


『源氏物語』だけでなく、
『宇津保物語』『落窪物語』『狭衣物語』などの
平安朝文学に乳母子は登場しています。

まとめ

この記事で解説してきたように、
乳母子めのとご」の実態や物語全体の傾向を
知ることで、『源氏物語』の人間関係が
よりクリアに見えると同時に、紫式部による
物語の作り方まで分析できるようになります。


多くの人は初めて『源氏物語』に触れる時は、
「乳母子」についての詳しい知識がないままに
現代語訳を読み始めると思いますが、
「乳母子」のように限定された狭い事柄を
深く学ぶことで、今まで気づかなかった
『源氏物語』の見方を知ることができるのです。

当ブログでは、『源氏物語』について
様々な観点から解説する記事を作成しています。

もし興味があれば、他の記事も
読んでみてください😊

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