


宇治の大君は、
宇治十帖の前半に登場するヒロインです。
薫から求愛を受けるも頑なに結婚を拒否し、
やがて病気により衰弱してこの世を去ります。
薫は、大君の死後も彼女のことを思い続け、
大君と顔がそっくりの異母妹・浮舟に
興味を持つようになっていきます。
大君 ⇒ 中の君 ⇒ 浮舟 へと
ヒロインが移り変わることにより、
物語は展開し、『源氏物語』はクライマックス
へと近づいていきます。
★大君について★
相関図、性格、容姿、年齢、身分
などを詳しく解説しています。
その他、
・なぜ大君は結婚を拒んだのか
・大君の死因
・大君が可哀想と言われる理由
・大君の人生年表
についても記載しています。
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大君ってどんな人?性格や容姿を解説
ここでは、宇治の大君の
- 相関図
- 性格
- 容姿
- 年齢
- 身分
について詳しく解説していきます。
まずは相関図と周辺の人間関係から説明していきますね!
大君の相関図と人間関係
こちらは、大君の周辺に
クローズアップした人物相関図です。


※薫は、女三の宮と光源氏の子となっていますが、
本当は女三の宮が柏木と密通して生まれた子どもです。
『源氏物語』第三部全体の相関図は、
こちらです。


※タップして拡大します
大君に関わる主要な登場人物について
簡単に紹介します。
大君:
宇治八の宮の長女。
中の君の姉。
気高く上品な女性。
薫の求愛を拒否したまま
病によりこの世を去る。
中の君:
宇治八の宮の二女。
大君の妹。
可愛らしい雰囲気の美女。
匂宮と結婚し男子を出産。
大君亡き後、薫は中君を恋い慕う。
浮舟:
宇治八の宮の三女。
大君、中の君の異母妹。
大君と顔がそっくり。
大君亡き後、薫は浮舟を愛す。
匂宮にも愛された浮舟は、
三角関係に悩んだ末、
宇治川に入水する。
薫:
表向きは光源氏と女三の宮の子だが、
本当は柏木と女三の宮が
密通して生まれた子。
宇治の大君を亡くした後、
妹の中の君に執心する。
やがて、大君と顔が似ている浮舟に、
思いを寄せ、愛人とする。
匂宮:
光源氏の孫であり、
明石の姫君と今上帝の皇子。
宇治の中君と結婚した後、
夕霧の娘・六の君を正妻とする。
後に浮舟に心奪われ、
友人の薫と三角関係になる。
宇治八の宮:
桐壺院の第八皇子であり、
光源氏の弟。
大君、中の君、浮舟の父親。
世間から忘れられた親王。
宇治でひっそりと仏道修行に励む。
薫に対して、自らの死後、
娘たちを後見するよう遺言する。
亡き北の方:
宇治八の宮の妻。
昔の大臣の娘。
中の君を出産した後に、
産後の肥立ちが悪く死去。
弁の君(弁の尼):
八の宮邸に仕える老女。
母は柏木の乳母を務めた人物。
父親は大君・中君の母北の方の
叔父にあたる人物(左中弁)。
弁にとって宇治の姫君たちは
従姉妹の娘。
薫の出生の秘密を知っている。
大君に対して薫との結婚を勧める。
大君の死後に出家。
<解説>
大君と中の君は仲の良い美人姉妹です。
琴や琵琶をかき鳴らしたり、
和歌を詠んだりしながら、
宇治でひっそりと暮らしていました。
ところが、
当代一の貴公子である薫と匂宮に
存在を知られてしまったことと、
父八の宮の死によって、
姫君たちの平穏な生活は失われ、
不安と悲しみにさいなまれる日々が始まるのです。




『源氏物語画帖 橋姫』(部分)土佐光則筆
江戸時代 徳川美術館



大君には結婚の意志はありませんでした。
にもかかわらず、
薫は大君に恋をし、求愛を繰り返したのです。
大君は、自分の代わりに
愛敬たっぷりに美しい妹・中の君を
薫と結婚させ、人並みの幸福を
得させようとします。
自分はあくまで
妹の後見人であろうという考えです。
ところが、大君の思惑どおりにはならず、
中の君は匂宮と無理やりに
結婚させられてしまい、
薫はなおも大君への求愛を続けます。
しかも結婚後の匂宮は夜離れが続き、
中の君は不安な日々を送ることになります。
大君は心労のあまり食事をとらなくなり、
薫の愛を拒んだまま、
26歳の若さで亡くなります。



大君についての理解を深めるポイントは、
妹・中の君に対する愛情と、
薫に対する複雑な感情です。
大君は最期まで、
妹・中の君の幸福を願っていました。
薫に対しては、親愛の情を覚えながらも、
根本的に結婚への不信感が強く、
頑として求愛を受け入れませんでした。





大君の性格
大君の性格を簡単にまとめると、
- 思慮深く聡明で慎重
- 引っ込み思案で悲観的
- 亡き父宮への思いが深い
- 上品で優雅
- 表面的には親しみやすい
です。
原文を引用しつつ、具体的に大君の性格を
説明していきます。
思慮深く聡明で慎重
大君は、聡明で思慮深い女性です。
女房たちが薫を大君の寝室に入れて
結婚させてしまおうと
こっそり企んでいることに、大君は
鋭い直感で気づいてしまいます。
以下は、女房の企みを疑う大君の心の声です。
【原文】
『源氏物語』「総角」巻より引用
「かく取り分きて人めかしなつけたまふめるに、うちとけて、うしろめたき心もやあらむ。
昔物語にも、心もてやは、とあることもかかることもあめる。
うちとくまじき人の心にこそあめれ」
【現代語訳】
「このように、(薫は女房の弁の君と)特別に親しくしていらっしゃるようなので、(弁の君は薫に)気を許してしまって、油断のならない考えを持っているかも知れない。古い物語でも、自分の心から、事件を起こすことがあるだろうか。気を許してはならない女房の心のようだ」
要するに、
「昔から男と女の事件というものは、
近くでお世話をしている女房の
手引きによって
起こって来たものなのだから、
自分も女房に対して気を許さず、
警戒しなければならない」
と大君は考えていたのです。






この思慮深く慎重な性格によって、
大君は薫の求愛を拒み通します。


引っ込み思案で悲観的
大君は、自分のことを田舎者だと
必要以上に低く評価するあまりに、
「薫は立派すぎて気後れがする、釣り合わない」
と引っ込み思案な性格になってしまいました。
悲観的な性格でもあり、
「薫と結婚しても、どうせお互いに
幻滅して不幸になるに決まっている」
と思い込んでいます。
妹・中の君が匂宮と結婚した直後、
夜離れが続いた時も、前向きさは見られず
絶望的な気持ちに陥ってしまっています。
亡き父宮への思いが深い
大君は、亡き父親への愛情が深く、
父親の残した遺言を頑なに守ろうとしました。
遺言の内容は、
自分と亡き母の面目をつぶすような結婚をするな。
頼りになる人と結婚できないなら、一生独身で通しなさい。
というものです。
大君は、悲観的な性格なので、
薫という結婚相手としてこの上ない
人物を目の前にしても
「どうせ幸せになれない、恥をかくだけ」
と思い込んでいました。
薫との結婚を頑なに拒否したのは、
愛しい父親の遺言を守ろうという
強い気持ちがあったからです。



上品で優雅
大君は上品で気高く、優雅な女性でした。
【原文】
『源氏物語』「橋姫」巻より引用
心
ばへどもを見
たてまつりたまふに、姫君
は、らうらうじく、深
く重
りかに見
えたまふ。
【現代語訳】
(姉妹の)性格を拝見なさると、大君は、才気があり、落ち着いて重々しくお見えになる。
和歌も上手に詠み、書く文字も風情があって美しく、
和歌の内容もおっとりとして品があり、
申し分ないものでした。
声の感じも上品で消えるような声で
かすかにしゃべる人です。
薫は、大君のそのようなところに心惹かれて、
恋に落ちていったのです。
親しみがあって可愛い
悲観的だったり、上品であったり、
大君はとっつきにくい性格の人なのかなと
思いきや、実は表面的には親しみやすく
可愛らしい一面を持っている人です。
【原文】
『源氏物語』「総角」巻より引用
うちとくべくもあらぬものから、なつかしげに愛敬
づきて、もののたまへるさまの、なのめならず心
に入
りて、思
ひ焦
らるるもはかなし。
【現代語訳】
(大君は薫に対して)気をお許しになるはずもないが、親しみが感じられて愛嬌がおありで、物をおっしゃる様子が、(薫は)格別に心に染みいって、胸が苦しくなるのもむなしい。
大君は妹への愛情も深く、人間らしい性格で、
かすかに笑った気配などは、とても親しみやすく
薫を魅了しました。



上品で気高く優雅でありながら、話すと親しみがある。家族(父親、妹)への愛情も深い。
年齢による衰えを自覚して容姿の自己評価が低く、田舎育ちであることをコンプレックスに感じているせいか、引っ込み思案で、薫との結婚には後ろ向き。悲観的な考え方がベースにあって、「結婚をしても、どうせうまくいかず、世間の物笑いになるだけ」と思い込んでいる。気高さ、思慮深さ、聡明さゆえにプライドも高いから、世間から笑われることに耐えられない。
大君の容姿
大君は、上品で重々しい美しさを
持っている人です。
目鼻立ちはよく、肌は白く美しく、
頭の形もきれいです。
髪は少なめで、長く伸ばした先のほうが
細くなっているけれど、
それがまた翡翠のように青みがかった
美しさを見せていました。
体は元々かなり痩せていましたが、
亡くなる間際にはさらに痩せて、
腕もとても細くなっていました。
痩せているせいか、なよなよと
儚い魅力をもった女性です。
原文を一つ引用してみましょう。
食事をとれなくなった大君が、
やつれてしまった様子を描写したものです。
【原文】
『源氏物語』「総角」巻より引用
添
ひ臥
したまへるさま、あてに限
りなく見
えたまふ。
白
き御衣
に、髪
は削
ることもしたまはでほど経
ぬれど、まよふ筋
なくうちやられて、日
ごろにすこし青
みたまへるしも、なまめかしさまさりて、眺
め出
だしたまへるまみ、額
つきのほども、見知
らむ人
に見
せまほし。
【現代語訳】
(大君が几帳の陰に)添って横になっていらっしゃる様子は、上品でこの上なくお見えになる。
白い御衣を着て、髪は櫛でとかすこともなさらず何日もたってしまっているが、もつれることなく流れて、ここ数日、少し青くやつれていらっしゃるのが、優美さがまさって、外を眺めていらっしゃる目もと、額つきの美しさも、もののよく分かる人に見せたいほどだ。
この描写から何日も経ち、
よりいっそう衰弱が進み
最期のときが近づいてくると、
大君は身のない雛人形のように
弱々しい姿になりますが、
なおも髪や肌はつやつやと美しいままでした。



大君と浮舟・中君の違い



<大君と浮舟の違い>
大君と浮舟は、2人とも
おっとりとして品があって、
なよなよと柔らかい雰囲気が共通しており
顔もそっくりでした。
ただし、大君のほうが重々しさ、
見栄えのする優雅さという点で
まさっていました。
見た目というよりも、
態度、雰囲気の違いと思われます。
浮舟は初々しくて遠慮がちなせいか
大君と見た目はそっくりなのに、
優雅さという点で
薫には物足りなく感じられたようです。


<大君と中の君の違い>
大君よりも妹の中の君のほうが、
容姿としては人目をひく魅力があって、
華やかで可憐な美しさが優っていました。
しかし、大君は優雅さや奥ゆかしさ、
気品という点で中の君よりも優っていました。
大君の年齢
「椎本」の巻に、宇治の姉妹の年齢に関する
以下のような一文が見られます。
【原文】
『源氏物語』「椎本」巻より引用
姉君二十五
、中
の君二十三
にぞなりたまひける。
【現代語訳】
姉の大君は二十五歳、妹の中の君は二十三歳におなりであった。
2歳差の姉妹であったことがわかりますね。
匂宮と中の君が手紙での遣り取りを
開始した時点の姉妹の年齢です。
この時点の年齢を基準にすると、
薫は大君より2歳年下となります。
(中の君と薫は同い年)
表にまとめてみました。
| 巻名 | 出来事 | 大君の年齢 | 薫の年齢 |
|---|---|---|---|
| 橋姫 | 薫、大君と中の君の姿を垣間見する。 | 24 | 22 |
| 椎本 | 八の宮、死去。 | 25 | 23 |
| 総角 | 薫、大君の寝所に迫る。 | 26 | 24 |
| 総角 | 大君、死去。 | 26 | 24 |
大君の身分
大君は、宇治八の宮の北の方(正妻)が産んだ娘です。
桐壺院の孫ということになり、
皇族の血をひいている「女王」という身分です。
天皇の娘は「内親王」という
身分ですが、
天皇の孫・曾孫など、
内親王より下位の皇族女性は
「女王」という身分として扱われます。
要するに「親王」の娘が「女王」です。



女王は親王の娘という立場なので、
尊い身分ではありますが、大君の場合は
父八の宮が権力闘争に敗れた側であり、
宇治で隠遁生活を送る
世の中から忘れ去られた人物でした。
その上、両親ともに亡くした大君は、
女王といえど頼りない身分だったのです。
ちなみに浮舟も、大君と中の君と同じく
八の宮の娘ですが、娘として認知されていた
わけではないので、正式な女王としては
扱われていません。


大君はなぜ薫の求婚を拒み続けたのか



大君は穏やかな性格の薫に対して
好感を持っていたし、
身分的にも申し分ない貴公子なのに、
なぜ薫の求婚を頑なに拒否し、
結婚しなかったのでしょうか?



大君が求婚を拒否した理由としては、
大きく分けて次の3点があげられます。
1.父八の宮の遺言を曲解している
本文を読んでいくと、
父八の宮の遺志と大君の理解とが
少し食い違っていることがわかります。
生前、八の宮は薫に対して、
私が亡くなった後、娘たちをお見捨てにならないでください
というような遺言を残しています。
これは、暗黙に結婚を前提とした依頼となっています。
薫も、八の宮から大君との結婚を
許してもらったと理解し、
八の宮の死後、大君に求婚を開始したのです。
一方で、八の宮は娘たちに対しては、
以下のような遺言を残しています。
【原文】
『源氏物語』「椎本」巻より引用
去
りなむうしろのこと、知
るべきことにはあらねど、わが身一
つにあらず、過
ぎたまひにし御面伏
せに、軽々
しき心
どもつかひたまふな。おぼろけのよすがならで、人の言にうちなびき、この山里をあくがれたまふな。ただ、かう人に違ひたる契り異なる身と思しなして、ここに世を尽くしてむと思ひとりたまへ。
【現代語訳】
死後のことに、口出しすべきではないが、私だけのためでなく、お亡くなりになった母君の不名誉にならないよう、軽率な考えを起こしなさいますな。格別に頼りになる人でなければ、相手の言葉に従って、この山里を離れなさるな。ただ、このように普通の人と違った運命の身とお思いになって、ここで生涯を終えるのだとお悟りなさい。
八の宮は、
薫のように頼りになる男以外とは、結婚するな
という意味合いでこの遺言を残しましたが、
大君は、父八の宮が自分たちに対して
結婚そのものを禁じたと
誤解して(もしくは真意を理解した上で曲解して)
薫からの求婚を拒んでいます。
次の引用は、恋心を訴える薫に対して
大君が語った内容です。
【原文】
『源氏物語』「総角」巻より引用
何事
にも後
れそめにけるうちに、こののたまふめる筋
は、いにしへも、さらにかけて、とあらばかからばなど、行
く末
のあらましごとに取
りまぜて、のたまひ置
くこともなかりしかば、なほ、かかるさまにて、世
づきたる方
を思
ひ絶
ゆべく思
しおきてける、となむ思
ひ合
はせはべれば、
【現代語訳】
何事にも劣って育ちましたので、(薫の)おっしゃるような(結婚の)方面は、亡き父上もまったく一言も、もしこうだったら、ああだったらなどと、将来の問題としておっしゃっておくこともなかったので、やはり、(父上は)このような状態で、普通の生活を諦めるようお考えであった、と思い合わされます
八の宮は薫との結婚を許可していたはずなのに、
大君は上記のように頑なに求愛を拒否します。
薫の聞いた遺言と、
大君が聞いたという遺言とが
まるで別物のようなので、薫は
「八の宮は別の男を娘の結婚相手として想定していたのか?」
と混乱してしまいます。






なぜ、大君は父の遺言を曲解して、
薫との結婚を拒んだのかは、
この先の本文を読んでいくと
明らかになります。
2.もともと結婚に対して否定的
大君の心情描写として、
「薫が立派すぎて気後れするから、結婚したくない」
と語られています。
つまり、大君は父親の遺志ではなく、
自分の意志により、結婚したくなかったのです。



薫も、「大君はどうしてここまで結婚を拒否するのか」
と疑問に思っていますが、
その答えは、以下の一文に表れています。
【原文】
『源氏物語』「総角」巻より引用
人
の御上
にても、ものをいみじく思
ひ沈
みたまひて、いとどかかる方
を憂
きものに思
ひ果
てて、「なほ、ひたぶるに、いかでかくうちとけじ。あはれと思ふ人の御心も、かならずつらしと思ひぬべきわざにこそあめれ。我も人も見おとさず、心違はでやみにしがな」と思
ふ心
づかひ深
くしたまへり。
【現代語訳】
(大君は)妹のお身の上についても、ひどく悲観的にお考えになって、ますますこのような結婚生活を嫌なものとすっかり思い込んで、「やはり、何としてでも、妹のようには打ち解けたくない。今は好感を持っているお方(薫)のお気持も、きっと(結婚したら心変わりして)つらいと思うにちがいない。自分も相手も幻滅したりせずに、もとの気持ちを失わないままで、付き合っていたいものだわ」と思う考えが深くおなりになっていた。
要するに、大君は、
結婚しても、どうせ自分も相手も
幻滅するに決まっている。
不幸な結婚生活になるのが目に見えている
と結婚生活を悲観的に考える傾向があったということです。



女房が語った
「男は嘘をついて女をだますものだ」
という昔話も、大君の心には強く響いて、
男性への不信感につながっているようです。



なぜ大君に、そのような悲観的な性格が
根付いたのかは不明です。
父八の宮が俗聖として仏道に通じていたため、
娘である大君もその影響を受けて、
「世の中をつまらないもの」と
悟りすましてしまったのかも知れませんね。
このような結婚への否定的な考えにより、
父の遺言を
「相手が誰であろうと結婚してはならない」
と曲解するにいたったのでしょう。



3.世間の笑い者になりたくないという気持ち
悲観的な性格により、
結婚に前向きになれない大君ですが、
「世間の笑い者になりたくない」
というプライドが
薫を拒否する気持ちに拍車をかけています。
【原文】
『源氏物語』「総角」巻より引用
こはいかにもてなしたまふぞと、夢
のやうにあさましきに、後
の世
の例
に言
ひ出
づる人
もあらば、昔物語
などに、をこめきて作
り出
でたるもののたとひにこそは、なりぬべかめれ。
【現代語訳】
これはどのようになさるおつもりかと、夢のように驚いていますが、後世の言い伝えになってしまったら、昔物語などの、馬鹿らしい話として創作した話の例に、なってしまいそうです。
大君は、自分が
「男にだまされた愚かな女の話の例」
になって、世間の噂になり、
笑い者になることを恐れているのです。
この引用の他にも、両親が他界していて
後見人がいない結婚で失敗すると
「人笑へなる咎」となり、
世間から笑われるに違いないと考えている
描写もあります。
大君は、男にだまされたり結婚に失敗したりして、
世間に笑われるのを非常に恐れているのです。
父の遺言に従って、
両親の名誉を傷つけてはいけない
という思いもあったのでしょうが、
皇族の血を引く身分としての
プライドもあったことでしょう。
大君は、もともとの悲観的な性格ゆえに、「男は女を騙す」「どうせお互いに幻滅するに違いない」と結婚生活に対して否定的になってしまっていた。さらに亡き父の「両親の名誉を傷つけるな」という遺言により、「誰とも結婚せず一生一人でいたい」という強い意志が固まった。持ち前のプライドの高さもあり、男に騙されることを非常に恐れている。薫に対しては好感は持っていたが、悲観的な感情が上回っていた。


大君の死因を解説



ここでは、大君の死因と経緯について詳しく解説します。
Step1.中の君の結婚生活に絶望
中の君が匂宮と結婚したことにより、
大君の精神状態は悪くなっていきます。
当初、大君は薫と妹の中の君を結婚させて、
中の君に幸せになってほしいと
願っていましたが、中の君は
匂宮と強引に結婚させられてしまいます。
その後、匂宮は身分の高さゆえに
自由に宇治へ行くことができず
夜がれが続き、
紅葉狩りに宇治へ訪問した際も、
中の君に逢えずに帰京してしまう有様でした。
大君は、このような
匂宮の不誠実な対応により、
(自分たち姉妹が)薫や邸内の女房に
笑われているのではないか?と
屈辱を感じ、それ以来、
心を悩ませるようになっていきます。





Step2.自らの将来に絶望
大君は、中の君が匂宮から
軽く扱われているのを見て、
自分はああはなりたくない、
一生独身で終えたいと意志を強くします。
このままだと無理に薫と結婚させられて
しまいそうだと案じた大君は、
早く死んでしまいたいとさえ思いつめます。
【原文】
『源氏物語』「総角」巻より引用
ある人のこりずまに、かかる筋のことをのみ、いかでと思ひためれば、心より外に、つひにもてなされぬべかめり。これこそは、返す返す、さる心して世を過ぐせ、とのたまひおきしは、かかることもやあらむの諌めなりけり。(中略)やうのものと人笑
へなることを添
ふるありさまにて、亡
き御影
をさへ悩
ましたてまつらむがいみじさなるを、我
だに、さるもの思
ひに沈
まず、罪
などいと深
からぬさきに、いかで亡
くなりなむ
【現代語訳】
女房たちが性懲りもなく、この結婚のことばかり、何とか成婚させたいと思っているようなので、私の意志とは無関係に、結局は結婚させられてしまうかもしれない。この事だけは、何度も何度も、自分の身を守っていきなさいと、(父上が)ご遺言なさったのは、このような事態になった時のための忠告だったのだ。
姉妹が二人とも物笑いになることを重ね、亡き両親までお苦しめ申し上げるのが悲しいので、私だけでも、そのような物思いに沈まず、罪などたいして深くないうちに、何とか亡くなりたい」
薫と結婚しても、どうせ軽く扱われるに違いない。
自分たち姉妹は世間から笑い者となり、
亡き両親たちの名誉を傷つけることになる。
そうなる前に、死んでしまいたい…
という大君の思考が克明に綴られています。
大君は、頭の悪い人ではないので、
薫のような立派な身分の人と結婚すると
経済的に安定できると理解していました。
しかし、大君は結婚生活への不安が強く、
結婚してまで生きるくらいなら、
死んだほうがマシという思考に陥っていったのです。
このように悲観的に思い込むと、
大君は実際に気分が悪くなり、
食欲がなくなってしまい、
何も食べられなくなってしまいます。
26歳という若さで、
自分が亡くなった後のことばかり、
考え続けるようになってしまったのです。
Step3.生きる気力を失い、衰弱していく
大君は、どこが痛いとか、
苦しいとかいうこともなく、
ただただ食事をとらずに痩せ細り、衰弱し
最終的には亡くなってしまいます。
病状が深刻化すると、
薫は大君の病床の近くまで行って
手をとって看病をしました。
大君は穏やかに優しい薫に愛情を感じますが、
生きる気力が蘇ってくるわけではありません。
この時の大君の心境は、
以下のように語られています。
【原文】
『源氏物語』「総角」巻より引用
「なほ、かかるついでにいかで亡せなむ。この君のかく添ひて、残りなくなりぬるを、今はもて離れむかたなし。さりとて、かうおろかならず見ゆめる心ばへの、見劣りして、我も人も見えむが、心やすからず憂かるべきこと。もし命しひてとまらば、病にことつけて、形をも変へてむ。さてのみこそ、長き心をもかたみに見果つべきわざなれ」
【現代語訳】
「やはり、今回の病気で何とかして死にたい。この君(薫)がこうして付き添って看病して、余命わずかではあるが、今はもう他人とはいえない関係性である。そうかといって、このように(今は)格別に見える愛情だが、(結婚後に)それほどでもないと、自分も相手も思われるのは、嫌な気持ちで辛いことであろう。もし寿命がのびたなら、病気にかこつけて、出家してしまおう。そうすることでのみ、永遠の愛を互いに見届けることができるのだ」
薫からの愛情を感じ、
自分も薫に愛情を感じるけれど、
もし生き長らえて結婚したとしても、
結婚後にお互いに愛が冷めてしまうことだろう。
だから、もしこの病気が治ったとしても、
出家してしまおう。
私が尼になることで、薫との愛は長く続くだろう。
という意味合いです。
結婚を否定的にとらえる大君の考え方は、
最期まで変わることがありませんでした。
薫は僧侶に祈祷を指せますが、
大君自身に治りたいという気持ちが
全くないので効果もなく、
大君の衰弱は進み、植物が枯れるように
亡くなっていったのです。



大君は可哀想?共感される理由



大君が可哀想と言われる理由
大君は、妹を薫と結婚させて、
自分自身は一生独身で生きていこう
という意志を持っていましたが、
薫に思いをかけられてしまったために、
思い通りの人生を歩むことができませんでした。
これまで解説してきたように、大君は
薫と結婚するという事態を避けるために、
死を選ばざるをえなかったのです。
そこまで追い詰められてしまった大君には、
読者から「かわいそう」という感想が寄せられています。






大君に共感する理由
現代にも、結婚に対して興味のない人、
他人に対して恋愛感情を持つことの
できない人はいます。
そのような人達は、結婚を悲観し拒否を貫く
大君の気持ちに強く共感するのではないでしょうか。
個人の自由が重んぜられる現代では、
他人の思いを拒否するのも、
一生独身を貫くのも
それぞれの意志として尊重されますが、
『源氏物語』の時代では女性の立場が
今ほど高くないため
大君の自由意志は必ずしも
尊重されなかったのです。






大君の人生年表
| 巻名 | 出来事 | 大君の年齢 | 薫の年齢 |
|---|---|---|---|
| 橋姫 | 晩秋、薫、大君と中の君の姿を垣間見する。御簾ごしに大君の声を聞く。 10月初旬、薫、八の宮死後の姉妹の後見を承諾する。 | 24 | 22 |
| 椎本 | 春、匂宮、宇治を訪問。 匂宮と中の君、和歌を遣り取りする。以降、匂宮、中の君に執心する。 八の宮、娘たちに遺言をした後、山寺にこもる。 8月20日頃、八の宮死去。 薫、たびたび弔問の手紙を送る。大君、誠実な薫の手紙に返事を出す。 忌中が終わり、薫、宇治を訪問し、大君と和歌を詠み交わす。 歳末、薫宇治を訪問。大君と対面して話し、結婚を強く意識し始める。 | 25 | 23 |
| 夏、薫は大君と中の君の姿を垣間見る。 | 26 | 24 | |
| 総角 | 秋、薫は大君に恋心を伝えるが、大君は取り合わない。その夜、大君の寝所に迫るが何事もなく朝を迎える。 大君、中の君と薫を結婚させたいと考える。 後日、薫は大君の寝所に再び入るが、大君は中の君を残して逃げる。 薫は中の君と語らい、夜を明かす。 8月28日、薫、みたび大君に迫るが大君の心は動かず諦める。その間に匂宮が中の君の寝所に忍び込み契る。 その後、匂宮は中の君のもとに3夜通い続け、結婚が成立。 匂宮、母中宮に咎められ、自由に宇治へ外出できなくなる。 9月10日、匂宮と薫、宇治を訪問。薫、大君と対面し、語らう。 薫、火災後再築している三条の宮が出来上がったら、大君を迎えたいと考える。 10月上旬、匂宮と薫、宇治を紅葉狩りのため訪問するが、匂宮は中の君と逢うことなく帰京。 大君、匂宮の素通りを、中の君に対するこの上ない屈辱と感じ、自分は薫と結婚したくないと死を望む。 この頃から、大君は食事がとれなくなる。 後日、薫、大君の病気を知り、見舞う。 大君と中の君、匂宮と六の君の縁談を知り、落胆する。 11月に入り、大君の病状悪化。声も出せなくなる。薫、大勢の僧を呼び御修法をさせる。 大君、出家を願うが、周りに反対され叶わない。 豊明節会の夜、薫に看取られつつ、大君、死去。 中の君、薫、深く悲しむ。 薫、大君の葬送の手配をする。 | 26 | 24 |
| 早蕨 | 中の君、京へ引っ越しの前日、薫、弁の尼に対面。大君を出家させなかったことを後悔する。 | 没後 | 25 |
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『源氏物語』の大君について
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