『源氏物語』はこれまでに
二十ヵ国以上の言語に翻訳されています。
壮大な構成力とキャラクターの魅力、
国風文化特有の品格は、世界の人々を魅了し、
今となっては『源氏物語』は世界の文化遺産として愛読されています。
この記事では、英語訳の『源氏物語』について
英語圏における評価を紹介していきます。
『源氏物語』英語訳一覧と海外の反応
『源氏物語』が海外で人気の理由
『源氏物語』海外の反応
ここでは英語訳の『源氏物語』について紹介し、
それぞれの英語圏による反応を解説します。
正式な『源氏物語』の英訳は次の五つがあります。
- 末松謙澄訳
- アーサー・ウェイリー訳
- エドワード・サイデンステッカー訳
- ヘレン・マッカロフ訳
- ロイヤル・タイラー訳
一つずつ説明していきますね。
末松謙澄訳(1882年)
末松謙澄は、明治から大正期にかけて
活動した政治家・歴史家です。
1882年(明治15年)イギリス滞在中に
『源氏物語』を英訳しました。
末松は序文で翻訳の目的について
読者を楽しませるという事よりもむしろ、人間性を探求した習作を紹介し、
約一千年前の我が母国ではどんな社会的、政治的状況だったかについて情報を提供する事である。
それにより、中世または近代の欧州の状況と比較ができよう。
と述べています。
つまり、明治政府の外交官だった
末松氏の翻訳目的は、
政治的なものだったということです。
明治政府の不平等条約を改正するための戦略の
一部分だったのかも知れません。
末松訳の評価
末松訳は英国で人気が出て、
1898年には再販もされていますが、
評論家たちの反応は「退屈だ」と否定的なものでした。
当時のイギリス社会では、自国の文化の優越を
信じて疑わなかったので、日本の古典文学は
高く評価されなかったし、精読されたわけではなかったのです。
現在でも末松訳『源氏物語』は刊行されています。
現在の英語圏の読者の評価としては、
完訳ではないことを残念に思う声が多く見られます。
ボリュームが大きすぎて「退屈だ」と感じる方もいるようです。
和歌の翻訳がわかりづらいと評価が低く、
次に紹介するウェイリー訳やタイラー訳のほうが人気が高いです。
アーサー・ウェイリー訳(1925年)
イギリスの東洋学者・アーサー・ウェイリー訳の
『源氏物語』は、初の完全英訳版です。
※「鈴虫」の巻のみ翻訳されていない。
1925年(大正14年)~1933年(昭和8年)
にかけてウェイリー訳(全6冊)は
ロンドンで出版されました。
第1冊が刊行された当初の売れ行きは
いまいちでしたが、
ロンドン・タイムズ紙の文芸批評欄での賛辞などもあり、
やがてベストセラーとなりました。
イギリスの文壇でも高く評価されました。
当時、第一次世界大戦で多くの犠牲を出していた
イギリスの国民たちは、心に大きな傷を負っていました。
そのような状況で、『源氏物語』は浪漫の世界に
逃避する手段の一つだったのかも知れません。
ウェイリー訳の『源氏物語』は、
New York Times紙の書評でも
次のように高く評価されました。
『トム・ジョーンズ』のようにたくましく、『ドン・キホーテ』のように賢く、『アラビアン・ナイト』のように自由奔放
ただし、人種差別の残っている時代だったので、
イギリスのThe times紙には以下のような
否定的な所見も見られました。
(『源氏物語』は)あまりに素晴らしいから、文体の見事さがどこまでが紫式部によるものか、またはどこまでが翻訳者によるものなのか、疑わざるを得ないだろう。
古代日本の女性にこんな秀逸な文学作品が
書けるはずがない。ウェイリー氏の文体が
素晴らしいだけなのではないか?という意味です。
ウェイリー訳の『源氏物語』は、現在でも
刊行されており、日本の歴史に興味を持つ英語圏の方々に好んで読まれています。
ただし、ウェイリー訳は現代の読者にとっては
文体が古めかしく、とっつきづらさを
感じる人もいるようです。
しかし、文章の美しさと文学性は高く、
今でも人気の翻訳作品となっています。
小説家・正宗白鳥氏は、ウェイリー訳を改めて
日本文に翻訳したら、世界的名小説になるかも知れないとまで称賛しました。
実際に日本語版・ウェイリー訳の『源氏物語』が
刊行されていますので、興味がありましたら、
読んでみてください。
エドワード・サイデンステッカー訳(1976年)
ウェイリー訳は、原文に対して加筆や削除といった
手を加えているのに対して、
日本学者のサイデンステッカーはより原文に忠実な翻訳をしています。
ウェイリー訳 | サイデンステッカー訳 | |
---|---|---|
文の長さ | 長文 | 短文 |
構文 | 複雑 | 簡潔 |
品詞 | 動詞に比重 | 名詞に比重 |
語彙 | 古語・雅後・造語多用 | 現代日常用語多用 |
語数 | 多い | 少ない |
段落 | 少ない | 多い |
原文との関係 | 加筆、削除が見られる | 原文に忠実 |
サイデンステッカーの翻訳目的は、ウェイリー訳の
加筆や削除による誤訳を改めることだったと言えるでしょう。
ウェイリー訳は、東洋の古い物語を読むようなエキゾチックな雰囲気を感じさせるのに対し、サイデンステッカー訳は、テンポが早く現代小説を読むのに近い感覚になります。
サイデンステッカー訳は
日本研究の分野で大きな話題となり
学術機関誌に書評が掲載され、
原文に対する忠実さが評価されています。
サイデンステッカー訳は、ウェイリー訳と並んで
『源氏物語』の英訳の代表的な作品であり、
「簡潔でわかりやすい」と一般の読者からも高い評価を得ています。
ヘレン・マッカロフ訳(1994年)
末松訳より短く、選択された十帖のみが翻訳されました。
新聞や学術誌に書評が掲載されたことはなく、
あまり大きな話題になることはなかったようです。
ロイヤル・タイラー訳(2001年)
アメリカ人の日本文学研究者・
ロイヤル・タイラーの『源氏物語』は、
全訳本であるが、文壇ではあまり
話題にならなかったようです。
しかし、Amazonなどを見ると、
多くの外国人の好意的なレビューがついています。
最も新しい全訳であり、原文にも忠実で
簡単な構文の読みやすい英語で書かれているので
一般の読者には人気が高いです。
ウェイリー訳・サイデンステッカー訳よりも
面白いという評価もあります。
地図や年表が付録についており、
イラストも豊富に挿入されているので敷居が低いようです。
『源氏物語』英訳まとめ
『源氏物語』英訳の英語圏における評価は、
時代によって異なります。
末松訳は珍妙なものとして受け取られ、
ウェイリー訳はロマンチックな外国文学として
高い評価を受けました。
サイデンステッカーは、
ウェイリー訳の誤訳を修正し、
日本文学研究分野で大きな衝撃を与え、
一般の読者にも多く読まれています。
タイラー訳は、研究分野にはあまり
影響を与えませんでしたが、
一般の読者からは受け入れられています。
『源氏物語』が海外で人気な理由
『源氏物語』が海外で人気が出ている理由は、
- 文化圏を越える普遍性があるから
- 日本的・エキゾチックなものとして意識されているから
です。
以下、詳しく説明していきますね。
理由1.『源氏物語』文化圏を越える普遍性
『源氏物語』は、
登場人物の心の動きが細やかに描写されています。
異性を恋しく思う気持ちや、
親や恋人を失って悲しく思う気持ち、
罪を背負って後ろめたく思う気持ち、
男性の振る舞いに翻弄される女性の苦しみは、
国や文化、言語を越えて普遍的なものです。
『源氏物語』は、
1000年も前に書かれた物語ですが、
全ての文化圏において共感される
心理小説となっているのです。
また、成功と挫折、没落と復活といった
人生の道のりも、世界中で普遍的なものです。
『源氏物語』の普遍性。
これが海外の人々に支持される理由の一つです。
理由2.日本的なものとして意識されているから
2023年に調査された世界12か国の
親日度調査では、すべての国において
「大好き」「好き」の割合が過半数を超えています。
⇒アウンコンサルティング株式会社の調査結果
好きな理由としては、
全体的に「四季の風景」「日本食」の数値が高いですが、
アメリカ・イギリス・オーストラリアでは
日本の「歴史/文化」の評価が高いことがわかっています。(20%超)
中国や韓国のアジア圏でも10%超の人たちが、
日本の「歴史/文化」が好きだと回答しています。
『源氏物語』には、
日本古代の文化や感性が
ぎっしり詰まっているから、
日本的なものを学び、
味わうための資料として最適なのです。
日本好きな外国人たちは、
『源氏物語』を読むことによって
エキゾチックでロマンチックな世界にひたり、
満足感を得たり、日本文化や歴史を学んでいるようです。
『源氏物語』海外の書評
ここでは、「goodreads」という海外の
書評サイトに寄せられた『源氏物語』の
感想を一部抜粋して紹介します。
新婚旅行中にこれを読みましたが、時折メランコリックな雰囲気があるにも関わらず、これまで読んだ中で最も挑戦的でありながら美しいものの一つでした。この本を日本語の原文で読むことができた幸運な人には、どんな美しさが待っているだろうか、私には想像することしかできません。
長い読み物ですが、私は物語に興味を持ち続け、宮廷生活に付随するあらゆる装飾に魅了されました。当初、私は源氏と他の人たちとの間でやり取りされた詩のいくつかをざっと眺めていました。しかし、読み続けるうちに、詩そのものに興味を持つようになりました。
源氏物語は私の人生の実体験の一部となっています。本は時を超えて私たちに届きます。すべてがなんと奇妙に感じられるのに、なんと親しみやすく、なんと遠いようで、なんと近いことなのでしょう。ある意味、これは、絶え間なく変化する世界における人間の心の不変性を示す素晴らしい証拠です。
世界初の本格的な心理小説であるという事実は、実に興味深いものです。しかし、そうだからといって物語として面白いとは限りません。
あらすじは退屈で少しつまらないかもしれないが、式部の文章が真に天才的であることは否定できない。
この小説は多くのレベルで挑戦です。何よりも最大の課題は、源氏自身を恨まない(あるいは軽蔑しない)ことです。 私がこのバージョンに 5 つ星を付けたのは、サイデンステッカーが見事な翻訳の仕事をしてくれたからです。ただし、源氏というキャラクターに 5 つ星を付けるのは本当に難しいです (彼は時々本当にクソです!)。
『源氏物語』を読むのは、多くの点で挑戦だ。時間、集中力、忍耐力が必要だ。私にとって最大の課題は、源氏の恋愛の征服についてまた読むのをあきらめたいという誘惑と戦うことでした。さまざまな登場人物がときどき登場するため、追いかけるのが困難です。それと大量の脚注を参照する中で、読むのがスムーズではありません。しかし、この本はそれ以上に大きく、そのキャンバスの広さだけでも読む価値があります。
『源氏物語』を手に取る外国人は、
少なからず日本の文化や歴史に関心がある
人達だと思いますが、
それでも万人受けというわけではないようです。
内容の素晴らしさを絶賛する人もいれば、
「長すぎて退屈だ」という感想を持つ人もいます。
光源氏があまりにクズで好きになれないという
人も少なくないようです。
高い評価をしている人も、
「読むのが大変だった」とレビューされている方が散見されます。
海外のレビューを読んでいて私が思ったことは、
感想としては現代日本人とそう変わらないということです。
日本人の感想としても、
古典文学として絶賛する人も多いですが、
「長すぎる」「つまらない」
「光源氏がクズすぎて嫌い」と
受け入れられない人が一定数います。
さいごに<筆者のコメント>
この記事では、
『源氏物語』の海外での評価について解説しました。
何の本だったか忘れましたが、
日本人が英語圏の国に留学に行くと、
「源氏物語を読んだことはあるのか?」と
聞かれることがあるから、
日本人として恥ずかしくないように、
『源氏物語』の内容くらいは把握しておこうと
昔読んだ本に書いてあった記憶があります。
ウェイリー訳『源氏物語』はあまりにも
有名なので、
日本=『源氏物語』というイメージが
英語圏の国の人にはあるのでしょうね。
このブログは『源氏物語』について
様々な観点から記事を作成していますが、
日本語以外にも、英語や中国語、韓国語、
フランス語などにブラウザの機能で
翻訳して閲覧されているようです。
『源氏物語』について熱心にネットで
調べている海外の人たちがいるということですね😊