イケメンで真面目な性格の夕霧と
容姿も性格も可愛らしい雲居の雁は、
『源氏物語』の読者から人気の夫婦です。
この記事では、2人の恋愛と結婚、
そして浮気と喧嘩について詳しく解説しています!
夕霧と雲居の雁の夫婦関係について
・純愛と結婚の経緯
・落葉の宮との浮気
・夫婦喧嘩のその後
ぜひ最後までお読みください😊
夕霧と雲居の雁 純愛と結婚
夕霧と雲居の雁の純愛
夕霧は、光源氏と葵の上の息子。
雲居の雁は、内大臣(頭中将)の娘です。
\夕霧の性格や容姿を詳しく解説/
葵の上と内大臣は兄妹だったので、
夕霧と雲居の雁は、いとこ同士でした。
夕霧と雲居の雁は、
祖母・大宮のもとで幼い頃から一緒に育ち、
10歳を超えた頃には恋人同士の関係に発展したのです。
【原文】
『源氏物語』【少女】の巻より引用
父大臣聞こえたまひて、けどほくなりにたるを、幼心地に思ふことなきにしもあらねば、 はかなき花紅葉につけても、雛遊びの追従をも、ねむごろにまつはれありきて、心ざしを見えきこえたまへば、いみじう思ひ交はして、 けざやかには今も恥ぢきこえたまはず。
【現代語訳】
父の内大臣が教えさとしなさって、(夕霧と雲居の雁は)離れて暮らすようになっていたが、(夕霧は)子供心に恋しく思うことがないでもなく、ちょっとした折々の花や紅葉につけても、また人形遊びのご機嫌とりにつけても、(雲居の雁に)熱心にまとわりついて、気持ちをお見せ申されるので、深い思いを交わし合いなさって、今でもきっぱりとは恥ずかしがりなさらない。
夕霧のほうが雲居の雁に積極的にアプローチをして、
深い関係になっていきました。
夕霧と雲居の雁の結婚
雲居の雁の父・内大臣の、
「身内同士の結婚は世間体が悪い」
という意向により2人は引き離され、
会うことができなくなってしまったのです。
夕霧は若い頃に官位が低かったこともあり、
なかなか内大臣は2人の結婚を許しませんでしたが、
「藤裏葉」の巻にてようやく結婚が許可され、
夕霧と雲居の雁は晴れて夫婦となりました。
(夕霧18歳、雲居の雁20歳の頃)
幸福な結婚生活
2人の結婚生活は順調で、
多くの子宝に恵まれ幸せな家庭を築いていました。
夕霧は非常に真面目な性格だったので、
結婚してから数年は、
正妻・雲居の雁以外には、
藤典侍という妾が一人いるのみでした。
妾の藤典侍は雲居の雁との
結婚が許されていない時期に
結ばれた相手であり、結婚してからは、
夕霧は雲居の雁一筋の愛妻家だったのです。
ところが、この真面目な男・夕霧は
27歳の時に落葉の宮という未亡人に心を奪われ、
浮気をしてしまいます。
まめ人・夕霧、落葉の宮と浮気をする
夕霧 本気の浮気
夕霧の落葉の宮への浮気は、本気でした。
柏木の友人であった夕霧は、
「自分の死後は妻の面倒をみてください」という
柏木の遺言を受けて落葉の宮のもとを通ううちに
宮の奥ゆかしさ、優美さに本気で恋に落ちてしまったのです。
落葉の宮は夕霧をかたくなに拒否していましたが、
夕霧は強引なやりかたで夫婦の契りを結んでしまいます。
雲居の雁の絶望と里帰り
夕霧が落葉の宮と結婚したと知った雲居の雁は、
絶望して実家に帰ってしまいます。
【原文】
『源氏物語』【夕霧】の巻より引用
「 限りなめりと、さしもやはとこそ、かつは頼みつれ、まめ人の心変はるは名残なくなむと聞きしは、まことなりけり」
【現代語訳】
「これが最後のようだと、まさかそんなことはないだろうと、一方では(夕霧のことを)信頼していたが、真面目な人が浮気したら、すっかり心が変わってしまうと聞いていたことは、本当だったのだ」
雲居の雁は、真面目な男が浮気をすると
本気となってしまうのだと嘆きました。
夕霧と雲居の雁 夫婦喧嘩とその後
雲居の雁と夕霧の夫婦喧嘩
夕霧の浮気をきっかけに勃発した
夫婦喧嘩はかなり激しいものでした。
雲居の雁は夕霧が帰宅しても
御帳台(寝所)の中に臥せって
【原文】
『源氏物語』【夕霧】の巻より引用
「 いづことておはしつるぞ。 まろは早う死にき。常に鬼とのたまへば、同じくはなり果てなむとて」
【現代語訳】
「ここをどこだと思っていらっしゃったのですか。私はとっくに死にました。あなたがいつも私のことを鬼とおっしゃるので、同じことならすっかり鬼になってしまおうと思って」
と恨み言を述べていました。
怒った妻に対して夕霧は、次のように発言します。
【原文】
『源氏物語』【夕霧】の巻より引用
「 かく心幼げに腹立ちなしたまへればにや、目馴れて、この鬼こそ、今は恐ろしくもあらずなりにたれ。神々しき気を添へばや」
【現代語訳】
「このように子供っぽく怒っていらっしゃるからでしょうか、見慣れて、この鬼は、今では恐ろしくもなくなってしまったな。神々しい雰囲気を加わえたいものだよ」
浮気について謝罪もせず、
なおも雲居の雁を鬼呼ばわりする有様です。
夕霧と落葉の宮の結婚後、
雲居の雁は実家に帰ってしまい夫婦は別居状態に。
夕霧が手紙を送っても返事はなし。
夕霧が実家を訪れるも、雲居の雁は夫を許しませんでした。
夕霧と雲居の雁はその後離婚した?
「匂宮」の巻で、夕霧と雲居の雁の夫婦関係は
以下のように語られているのです。
【原文】
『源氏物語』【匂宮】の巻より引用
丑寅の町に、かの 一条の宮を渡したてまつりたまひてなむ、 三条殿と、夜ごとに十五日づつ、うるはしう通ひ住みたまひける。
【現代語訳】
六条院の北東の町に、あの一条宮(落葉の宮)をお移し申し上げなさって、三条殿(雲居の雁)と、一晩置きに十五日ずつ、きちんとお通ってお住まいになっていらっしゃるのであった。
夕霧は、雲居の雁の住む三条の邸と
落葉の宮が住む六条院とを交互に
(1ヶ月にきっかり15日ずつ)
通っていました。
この状態に至る経緯は、物語中に書かれていませんが
雲居の雁とはどうにか和解をし、
雲居の雁と落葉の宮を同じくらい大切にするという
状態に落ち着いたのでしょう。
夕霧の正妻は誰?妻の人数は?
雲居の雁と落葉の宮
どちらが上ということはなく、
同格の妻だったと思われます。
雲居の雁の父は、
内大臣をへて太政大臣にまで昇りつめています。
雲居の雁は東宮に女御として入る予定だったほど
身分的には申し分のないお姫様でした。
それに対して落葉の宮も高貴な方でした。
朱雀院の皇女であり、更衣腹ではありますが、
内親王(女二の宮)です。
「匂宮」の巻に
「一晩おきに交互に通っていた」と記載がある通り
夕霧は2人に優劣をつけていませんでした。
夕霧は、妻2人妾1人
夕霧は妻2人(雲居の雁・落葉の宮)と
妾1人(藤典侍)を持っていました。
藤典侍は、源氏の従者惟光の娘であり、
身分がさほど高くないため、
側室(妾)の位置づけでした。
夕霧の子の人数は?
『源氏物語』にはいくつもの写本が存在しているため、
写本によって子どもの数は異なりますが、
11人、もしくは12人の子宝に恵まれました。
「夕霧」の巻の末尾に、
夕霧が妻に産ませた子どもが羅列してあります。
・大島本によると…
雲居の雁の子どもは、7人。
太郎、三郎、五郎、六郎、中君、四君、五君
藤典侍の子どもは、5人。
次郎、四郎、大君、三君、六君
と記載されています。
写本によって五郎と四郎が入れ替わっていたり、
大君が雲居の雁の子になっていたりします。
落葉の宮は子供を一人も生みませんでしたが、
藤典侍の産んだ六の君を養女として世話しています。
光源氏が3人(夕霧・冷泉帝・明石の姫君)
しか子どもがいなかったのに対し、
夕霧は子たくさんでした。
夕霧はクズ!?「嫌い」と言われる理由
夕霧はイケメンだし真面目な男でしたが、
浮気をしたときに本性を現し、
かなりのクズ男っぷりを発揮しています。
また、女性に対して外見重視の
価値観を持っているところも読者をイラつかせます。
\父光源氏のクズエピソードはこちら/
悪びれることもなく浮気を肯定する
落葉の宮との浮気について
雲居の雁に責められた夕霧は、
謝罪するどころか開き直って
以下のようにくどくどと述べたてます。
【原文】
『源氏物語』【夕霧】の巻より引用
よろしうなりぬる男の、かく紛ふ方なく、一つ所を守らへて、 もの懼ぢしたる鳥の兄鷹やうのもののやうなるは。いかに人 笑ふらむ。 さるかたくなしき者に守られたまふは、御ためにもたけからずや。 あまたが中に、なほ際まさり、ことなるけぢめ見えたるこそ、よそのおぼえも心にくく、 わが心地もなほ古りがたく、をかしきこともあはれなるすぢも絶えざらめ。かく 翁のなにがし守りけむやうに、おれ惑ひたれば、いとぞ口惜しき。いづこの栄えかあらむ
【現代語訳】
高い地位に上った男が、このように気を紛らすことなく、一人の妻を守り続けて、びくびく恐れている雄鷹のような人間は、どんなに世間が笑っているでしょう。そのような頑固な人間に守られていらっしゃるのは、あなたにとっても名誉なことではないでしょう。たくさんの妻や妾の中で、それでも際立って、特別に大切にされている状態こそが、世間からの評判もよくて、私の気持ちとしてもいつまでも新鮮な感じがして、興味をかき立てることや、しみじみと情緒のあることも続くでしょう。このように、おじいさんが何かを守っているように、愚かしく迷っているので、とても残念なことです。どこに見栄えがありましょうか
要するに、
俺は偉くなったのだから、
他の女を愛することを許せと言っているのです。
平安時代には、身分の高い貴族が
多くの妻・妾を持つことは普通でしたが、
やはり妻の立場からすると不安だし、嫌でした。
現代人の読者からすると、
一夫多妻制自体があり得ないことですし、
夕霧の開き直った態度はクズそのものですね。
落葉の宮を強引に妻とする
夕霧が浮気相手として
のめりこんだ落葉の宮は、夕霧には心を開かず、
完全な片思いの状態でした。
ところが夕霧は決して諦めません。
【原文】
『源氏物語』【夕霧】の巻より引用
とかく言ひなしつるも、今はあいなし。 かの御心に許したまはむことは、難げなめり。御息所の心知りなりけりと、人には知らせむ。 いかがはせむ。亡き人にすこし浅き咎は思はせて、いつありそめしことぞともなく、紛らはしてむ。
【現代語訳】
あれこれと言ったけれど、今となっては無駄なことだ。あの方(落葉の宮)のお心では私を受け入れなさることは、難しいようだ。母御息所が了承済みであったと、世間には知らせよう。どうしようもない。亡くなった方(母御息所)に少し思慮が浅かったと罪を負わせて、いつからそうなったとも分からないようにしてしまおう。
あろうことか、
落葉の宮の母(一条御息所)が亡くなる前に
結婚を承知済だったと世間には嘘を言って、
無理に結婚という形をとることを決めてしまうのです。
夕霧は真面目な男で
父光源氏ほどは恋愛経験が多くないせいか
女性の口説き方があまり上手ではありませんでした。
心を開かない落葉の宮に対してとった方法は、
相手の意志に反して結婚してしまうという乱暴なものでした。
落葉の宮を山荘から都の一条邸に移し、
夕霧は主人顔して待ち構えていたのです。
母代わりの花散里の容姿を厳しく批評する
夕霧は、女性の顔の美しさに
こだわりがある人でした。
母代わりとなった花散里の容姿を
心の中で以下のように厳しく批評しています。
【原文】
「 容貌のまほならずもおはしけるかな。かかる人をも、人は思ひ捨てたまはざりけり」
(中略)
「 向ひて見るかひなからむもいとほしげなり。かくて年経 たまひにけれど、殿の、さやうなる御容貌、御心と見たまうて、 浜木綿ばかりの隔てさし隠しつつ、何くれともてなし紛らはしたまふめるも、むべなりけり」
【現代語訳】
「容姿はあまり綺麗ではないな。このような人も、父(源氏)はお捨てにならなかったのだ」
「向かい合っていて見ていられないような顔なのも気の毒な感じだ。こうして長年夫婦として連れ添っていらっしゃったが、父上(源氏)が、そのようなご容貌を、承知なさったうえで、浜木綿ほどの隔てを置いて(夜の夫婦生活は持たず)、何やかやと取り計らい見ないようにしていらっしゃるらしいのも、もっともなことだ」
雲居の雁も藤典侍も顔の美しい人だったし、
祖母の大宮も、周囲の女房も美人ばかりだったから
夕霧はすっかり面食いになってしまっていたのです。
母代わりとなった心優しい花散里に対して
「見ていられないような顔だ」と思う夕霧は、
あまり性格がよさそうには感じられませんね。
\花散里の魅力的な性格を詳しく解説/
父の光源氏が自由奔放な恋愛行動で
読者から「クズ」と呼ばれているのに対し、
夕霧は浮気騒動のひどさで「クズ」の烙印を押されています。
光源氏の孫である匂宮も恋愛に関して
だらしなさを見せていますし、
『源氏物語』は男たちの問題行動を読んで楽しむ
物語のようにも思えますね…。
この記事では、夕霧と雲居の雁の結婚の経緯や
浮気騒動について詳しく解説しました😊
夕霧と雲居の雁の物語は、漫画「あさきゆめみし」にも
描かれていますので、ぜひ読んでみてください!