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撫子
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30代後半の主婦。
高校生の頃から源氏物語に興味を持ち始めました。大学では源氏物語を研究し、日本語日本文学科を首席卒業しました。
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伊勢物語:六十五段「在原なりける男」の解説・原文・現代語訳

伊勢物語:六十五段「在原なりける男」の解説・原文・現代語訳

この記事では、『伊勢物語』
六十五段「在原なりける男」の
原文・現代語訳・解説を掲載しています。

『伊勢物語』とは、在原業平(825~880)の
和歌や逸話をもとに、作られた歌物語です。

目次

『伊勢物語』六十五段「在原なりける男」:原文・現代語訳

【現代語訳】
 昔、帝がお気に召して使っていらっしゃる女で、禁色きんじきを許された身分の人がいました。大御息所と申し上げていた方の従姉妹いとこでした。この女は、殿上てんじょうの間にお仕えしていた、在原氏でまだたいへん若かった男と、互いに知り合って親しい仲になってしまったのでした。男は、女房たちのいる所に入ることを許されていたので、この女のいる所に来て、向かい合って動こうとしなかったので、女は「とても見苦しいことです。私たちの身は破滅してしまいます。こんなことしないでください」と言ったところ、男は、

♪逢わずに我慢しようとしたけれど、あなたを思う気持ちに負けてしまいました。お逢いできるのであれば、どうなってもかまいません

と歌いました。女が自分の部屋にお下がりになると、男はいつものように、他人が見ているのも知らずに、このお部屋に上がって座っていたので、この女は思い悩んで実家に下がります。そうすると、男は「かまうものか、むしろ都合がよいわ」と思って、女の実家に行って何度も通ったので、人々は皆この話を聞いて笑いました。朝早く主殿司とのもづかさが見ると、男はこっそり帰ってきてくつを脱いで、奥のほうに取り込んで、殿上にあがってしまうという有様でした。
 このように見苦しい日々を送っているうちに、自分の身も官職を失い役立たずになってしまいそうだから、いつかは破滅してしまうにちがいないと思って、この男は「どうしたらよいでしょうか、私のこのような心を元に戻してください」と仏様や神様にも申し上げて祈りました。けれど、ますます女への思いが高まってきて、やはりどうしようもなく恋しいとばかり思われるので、陰陽師や神巫かんなぎを呼んで、恋をすまいというはらえの道具を持って、河原へ行きました。祓えをするにつれて、ますます悲しみがつのってきて、祓えをする前よりもいっそう恋しく思われるばかりだったので、男は

♪恋をすまいと、御手洗河みたらしがわでみそぎをしたが、神は私の願いを受けて下さらなくなってしまったことよ

と歌を詠んで帰りました。
 帝は、容貌が麗しくいらっしゃって、仏の御名を、お心にしっかり入れて、お声はたいへんご立派で、(仏の御名を)唱え申し上げなさいます。そのお声を聞いて、女はひどく泣きました。「このような立派な陛下にお仕え申し上げずに、前世からの因縁が悪くて、悲しいことだわ。この男に惹かれて」と言って泣いたのでした。そうこうするうちに、帝が二人のことをお聞きになって、この男を流罪になさったので、女の従姉妹にあたる御息所は、この女を宮中から退出させて、蔵に閉じ込めてこらしめなさったので、女は蔵の中にこもって泣きます。

♪海人が刈る海藻に住む虫である「われから」、その「われから」という言葉どおり、今回のことは、我が身から起こったことと思って、声をあげて泣きましょう。あの人との仲は恨んだりしますまい

と歌を詠んで泣いていると、この男は、流された他国から毎晩やってきて、笛をたいそう風流に吹いて、美しい声で、しみじみと心をうつように唄いました。このような状況なので、女は蔵にこもったまま、声を聞いて男がそこにいるようだと思いますが、互いに顔を合わせることもできずにいました。

♪それでも逢いたいと、あの人は思っているのでしょう。それが悲しいのです。普通に生きていると言えないような、私の身の上をあなたは知らずに…

と女は思っています。男は、女が逢おうとしないから、このように笛を吹きながら(毎晩)歩き回り、流された他国に戻っては、このように歌います。

♪あなたに逢いに行っては、いつもかなわずに帰ってくるのだけれど、逢いたいという気持ちに導かれてまた都を訪れるよ

清和天皇の御時のことなのでしょう。大御息所という方も、染殿の后です。五条の后だともいいます。

【原文】
 むかし、おほやけおぼしてつかうたまふ女の、色ゆるされたるありけり。大御息所おほみやすんどころとていますがりけるいとこなりけり。殿上てんじゃうにさぶらひける在原ありはらなりける男の、まだいと若かりけるを、この女あひしりたりけり。男、女がたゆるされたりければ、女のある所にてむかひをりければ、女、「いとかたはなり。身もほろびなむ、かくなせそ」といひければ、

  思ふにはしのぶることぞまけにけるあふにしかへばさもあらばあれ

といひて曹司ざうしにおりたまへれば、例の、このみ曹司には、人の見るをもしらでのぼりゐければ、この女、思ひわびて里へゆく。されば、なにの、よきこと、と思ひて、いきかよひければ、みな人きて笑ひけり。つとめて主殿司とのもづかさの見るに、くつはとりて、奥になげ入れてのぼりぬ。
 かくかたはにしつつありわたるに、身もいたづらになりぬべければ、つひにほろびぬべし、とて、この男、「いかにせむ、わがかかる心やめたまへ」と仏神ほとけかみにも申しけれど、いやまさりにのみおぼえつつ、なほわりなく恋しうのみおぼえければ、陰陽師おんやうじ神巫かむなぎよびて、恋せじといふはらへのしてなむいきける。祓へけるままに、いとど悲しきことかずまさりて、ありしよりけに恋しくのみおぼえければ、

  恋せじとみたらしがはにせしみそぎ神はうけずもなりにけるかな

といひてなむいにける。
 この帝は、顔かたちよくおはしまして、仏の御名を御心に入れて、御こゑはいと尊くて申したまふを聞きて、女はいたう泣きけり。「かかる君につかうまつらで、宿世すくせつたなく、悲しきこと、この男にほだされて」とてなむ泣きける。かかるほどに、帝きこしめしつけて、この男をば流しつかはしてければ、この女のいとこの御息所みやすどころ、女をばまかでさせて、くらにこめてしをりたまうければ、蔵にこもりて泣く。

  あまの刈るにすむ虫のわれからとをこそ泣かめ世をば恨みじ

と泣きをれば、この男、人の国より夜ごとに来つつ、笛をいとおもしろく吹きて、声はをかしうてぞ、あはれにうたひける。かかれば、この女は蔵にこもりながら、それにぞあなるとは聞けど、あひ見るべきにもあらでなむありける。

  さりともと思ふらむこそ悲しけれあるにもあらぬ身をしらずして

と思ひをり。男は、女しあはねば、かくしありきつつ、人の国に歩きて、かくうたふ。

  いたづらにゆきては来ぬるものゆゑに見まくほしさにいざなはれつつ

みづ御時おほんときなるべし。大御息所おほみやすんどころ染殿そめどのきさきなり。五条ごでうの后とも。



色ゆるされたる:色は禁色のこと。
特定の色の着用は、
許された人以外には禁止されていた。

大御息所:帝の母を指す。
帝が清和天皇だとすると、
母は藤原良房の娘・明子に当たる。

いとこ
大御息所(染殿后明子)の
いとこは、藤原良房の兄・長良
の娘・二条后高子。

曹司:宮中にある女房の部屋。

主殿司:宮中の掃除や灯火などを
司った役所のこと。またはその役人。

陰陽師:陰陽寮の官僚で、
占いを専門に行った。

神巫:神を祭り、神楽を奉納したり
神意を伝えたりする人。

祓への具:お祓いの道具。
これに罪を移し、川に流した。

みたらし河
神社のそばを流れ、参拝者が
手を清める河。

解説:『源氏物語』との関連

六十五段は、『伊勢物語』の中で最も長い章段です。

后である女と、臣下の男が関係を持って、
男が地方に流されるというストーリーは、
『源氏物語』の筋書きと類似しています。

『源氏物語』で、光源氏は
父帝の后・藤壺の宮と
兄帝の愛する朧月夜の君と通じ、
ついには須磨へ退去する。

『伊勢物語』と『源氏物語』の
ストーリーの類似は、偶然の産物ではなく、
紫式部が『伊勢物語』から大きな影響を
受けたからと考えられています。

『伊勢物語』六十五段は、
『源氏物語』の骨子となる重要な筋書きに
影響を与えた章段なのです。

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