この記事では、本居宣長:もののあはれ論(紫文要領)の
原文・現代語訳を掲載しています。
★大意の事 上
1.物語とは「もののあはれ」を知らせるもの ←この記事
2.蛍の巻の物語論から紫式部の意図を読み取る
3.古来の注釈書は間違いが多い
4.『源氏物語』の善悪の基準は「もののあはれ」
5.女は「もののあはれ」を知った上でほどよい態度をとるべき
6.「もののあはれ」についての詳述
★大意の事 下
7.恋愛は「もののあはれ」が深い
8.「もののあはれ」と浮気っぽいのとは別物
9.『源氏物語』は教訓の物語ではない
10.光源氏と藤壺の密通を書いた紫式部の意図
11.人の真実の感情を知ることが「もののあはれ」を知ること
日本の物語は儒教・仏教の書と本質が異なる
【現代語訳】
『源氏物語』が言おうとしている要点は、昔から色々な書物で、さまざまに論じられているが、紫式部の本当の気持ちに添っていない。だいたい、この物語のことを論じる時に、外国の儒教や仏教の書を基準にして、あれこれと言うのは道理に合わないことなのだ。外国の書とは大きく種類が違うものである。おのずから趣旨が一致することはあるけれども、それはそれである。外国のあの書物を参考にして書いたとか、あの文章をお手本にして書いたなどとということは、すべて見当外れであり、紫式部の気持ちには添っていない。前にもいった通り、我が国には物語という一つの様式の書があって、外国の儒教や仏教の書とはまったく種類が違っているのである。
ところで、その物語というものは、どのようなことを書いて、何を目的として読むものなのかというと、物語とは、この世界のありとあらゆる良いこと・悪いこと・珍しいこと・面白いこと・心ひかれること・しみじみとすることを、たわいなくも仮名文字で書いて、その物語に対応する絵を描いたりするものだ。そして、読者はその物語を退屈をまぎらわすために読み、または心が鬱々として、物思いに耽っている時の気晴らしにするのである。その物語の中に和歌が多く登場する理由はというと、和歌は我が国の風習であって、心をのびやかにするものなので、和歌を通して書かれている事柄の趣きも深く理解でき、よりいっそう情緒深く感じられるものだからである。それでは、どの物語にも、男女の関係のことばかり多いのはなぜかというと、さまざまな歌集に恋の歌が多いのと同じことであって、人間の感情に深く関係するという点で、恋よりもまさっているものはないからである(このことは、別の書物で詳しく述べている。本書の後の方でも述べている。参考にするとよい)。
【原文】
この物語の大意、古来の諸抄にさまざまの説あれども、式部が本意にかなひがたし。およそこの物語を論ずるに、異国の儒仏の書をもてかれこれいふは当らぬことなり。異国の書とは大きにたぐひの異なるものなり。自然に義理の符合することはあれども、それはそれなり。何の書によりて書く、かの文にならひて作るなどいふこと、みな当らず、式部が意に違へり。前にもいへるごとく、わが国には物語といふ一体の書ありて、他の儒仏百家の書とはまた全体たぐひの異なるものなり。
さてその物語といふものは、いかなることを書きて、何のために見るものぞといふに、世にありとあるよきこと・悪しきこと、珍しきこと・面白きこと、をかしきこと・あはれなることのさまざまを、しどけなく女文字に書きて、その絵を書きまじへなどして、つれづれの慰めに読み、または心のむすぼほれて物思はしき時のまぎらは
しなどにするものなり。その中に歌の多きことは、国の風にして、心をのぶるものなれば、歌によりてその事の心も深く聞え、いまひときは哀れと見ゆるものなればなり。さていづれの物語にも、男女の中らひのことのみ多きは、集どもに恋の歌の多きと同じことにて、人の情の深くかかること、恋にまさることなきゆゑなり(このこと、なほ別にくはしくいへり。奥にもいへり。考むべし)。
源氏物語に見える「物語」という言葉
【現代語訳】
ところで、古い物語の風情や、それを読む人の心遣いなど、この『源氏物語』の各所に見えるものを引用して、その趣きを述べよう。
蓬生の巻には、次のように書かれている。
たわいもない古歌、物語などのような物を慰み事にして、退屈を紛らわし、このような生活でも慰める方法なのであろう。
「このような生活」とは、末摘花の頼りなく寂しい生活のことだ。そのようなことを慰めるのは、(古い物語である。)古い物語に自分と同じ様子の人物のことが書かれているので、自分のような境遇の人もいるのだなと、心が慰められるのである。
総角の巻には、次のように書かれている。
なるほど、古言(古い和歌)は人の心をのびのびとさせる手段であるということを、思い出しなさる。
この「古言」とは、古い歌のことだが、物語も同じことである。
胡蝶の巻には、次のように書かれている。
昔物語をお読みになっても、だんだんと人の様子や、世間の有様がお分かりになって来ると、
総じて物語というものは、世の中にあることの様子や、人の生き方を、さまざまに書いたものなので、物語を読めば自然と世の中のことに詳しくなり、人の感情を知ることができる。これは、物語を読む人にとって基礎知識である。
若菜の巻には、次のように書かれている。
紫の上は、源氏がいつものようにいらっしゃらない夜は、遅くまで起きていらして、女房たちに物語などを読ませてお聞きになる。「このように、世間の例として集めた昔語りにも、不誠実な男や好色で、浮気心のある男に関係した女のことが語り集めてあるけれども、結局は二人だけの生活に落ち着くようだ。自分はどうであろう、浮いたまま過してきたことだわ。」
夕霧の巻には、次のように書かれている。
他人は漏れ聞いても、親には隠している例は、昔の物語にもあるようだが、
橋姫の巻には、次のように書かれている。
「昔物語などを、若い女房などが読むのを聞くと、必ずこのようなことを言っていたが、そんなことはないだろう」と、想像していたのに、 「なるほど、人の心を打つような隠れたことがある世の中だったのだな」と、心が惹かれて行きそうである。
総角の巻には、次のように書かれている。
昔物語などに、とりわけ馬鹿な話として作り出した話と同類に、なってしまいそうだ。
(「をこめきて作る」とは、滑稽に表現することである)
宿木の巻には、次のように書かれている。
「このような夫婦の問題を、どうして辛いことだと世間の女は思うのだろうかと、昔物語などを見るにつけても、他人のことでも、腑に落ちなかったけれど、なるほど大変なことだわ」と、自分の身になって、何事も理解されるのであった。
(「このような夫婦の問題」とは、女が嫉妬心を抱いて悩むことを言う。宇治の中君が、今自分の身に起こったことで、物語に書いてあることを理解なさった、というわけである)
また、次のようにも書いてある。
なるほど、このように派手で華美なことは、目にもまばゆいので、物語などにも、まず最初に書かれたのであろうか。
蜻蛉の巻には、次のように書かれている。
昔物語の妙な事件の例として、そのような事も言っていた、と思い出す。
手習の巻には、次のように書かれている。
昔物語にあったような気がするね、とおっしゃる。
夢浮橋の巻には、次のように書かれている。
昔物語で、霊殿に置いておいた人の話を思い出して、そのようなことであろうかと珍しがりまして、
絵合の巻には、次のように書かれている。
あの旅の日記(中略)、心境を深く知らなくて今初めて見る人でさえ、多少物の分かるような人ならば、涙を禁じえないほどしみじみと感慨深いものである。まして、
(「旅の日記」とは、源氏が須磨に流浪している時の日記のことである。「知らなくて今初めて見る」とは、その時の事情は知らなくて、今初めてこの日記だけを読む人のことである。まして、その時の事情を知っていて、源氏の須磨流浪に関係した人が、この日記を今読んだ感情は、ということである)
これまで紹介した他にも、「物語」の用例は多く見られる。後に引用してある箇所もあわせて見るとよい。だいたい物語とは、このようなものだ。物語とは、ただ世間にある色々な出来事を書いたものである。そして、物語を読む人の心も、上記で引用したように、昔のことを現代のことに当てはめて、昔の「もののあはれ」をよく理解し、また、自分の身の上も昔の物語と比べてみて、今の「もののあはれ」を理解し、つらい気持ちを慰め、鬱憤を晴らすのである。
【原文】
さてその古き物語どもの趣き、それを見る人の心ばへなど、この『源氏の物語』の巻々所どころに見えたるを引きて、その心ばへをいふべし。
蓬生の巻に云はく、
はかなき古歌・物語などやうの御すさびごとにてこそ、つれづれをもまぎらはし、かかる住ひをも思ひ慰むるわざなめれ。
「かかる住ひ」とは、末摘花の心細くさびしき住ひなり。さやうのことをも慰むるは、古物語に同じさまのこともあれば、わが身のたぐひもありけりと、思ひ慰むなり。
総角の巻に云はく、
げに古言ぞ人の心をのぶるたよりなりけるを、思ひ出で給ふ。
この「古言」は古歌のことなれど、物語も同じことなり。
胡蝶の巻に云はく、
昔物語を見給ふにも、やうやう人の有様、世の中のあるやうを見知り給へば、
すべて物語は、世にあることの趣き、人の有様を、さまざま書けるものなれば、これを読めばおのづから世間のことに通じ、人の情態を知るなり。これ、物語を読む人の心得なるべし。
若菜の下の巻に云はく、
対には、例のおはしまさぬ夜は宵居し給ひて、人々に物語など読ませて聞き給ふ。かく世のたとひにいひ集めたる昔物語にも、あだなる男・色好み・二心ある人にかかづらひたる女、かやうなることをいひ集めたるにも、つひにはよる方ありてこそあめれ、あやしく浮きても過ぐしつる有様かな。
夕霧の巻に云はく、
よその人はもり聞けども親に隠すたぐひこそは、昔物語にもあめれど、
橋姫の巻に云はく、
昔物語などに語り伝へて、若き女房などの読むをも聞くに、必ずかやうのことをいひたる、さしもあらざりけむと憎く推量らるるを、げに哀れなる物の隈ありぬべき世なりけりと、心うつりぬべし。
総角の巻に云はく、
昔物語などに、ことさらにをこめきて作り出でたるもののたとひにこそはなりぬべかめれ。(「をこめきて作る」とは、 をかしきことに作りなすなり)
宿木の巻に云はく、
かかる道をいかなれば浅からず人の思ふらんと、昔物語などを見るにも、人の上にても、あやしう聞き思ひしは、げにおろかなるまじきわざなりけりと、わが身になしてぞ何ごとも思ひ知られ給ひける。(「かかる道」とは、女の嫉妬の心によりて物思ひのあることをいへり。宇治の中の君の、今わが御身にて、物語にあることを思ひ知
り給ふ、となり)
また云はく、
げにかく賑はしく華やかなることは、見るかひあれば、物語などにもまづいひたてたるにやあらん。
蜻蛉の巻に云はく、
昔物語のあやしきものの事のたとひにか、さやうなることもいふなりし、と思ひ出づ。
手習の巻に云はく、
昔物語の心地もするかな、とのたまふ。
夢浮橋の巻に云はく、
昔物語に、魂殿に置きたりけむ人のたとひを思ひ出でて、さやうなることにやと珍しがり侍りて、
絵合の巻に云はく、
かの旅の御日記云々、知らで今見む人だに、すこし物思ひ知らん人は、涙惜しむまじくあはれなり。まいて、(「旅の御日記」は、源氏の須磨の浦にての日記なり。「知らで今見る」とは、その時のことは知らで、今始めてこの日記ばかりを見る人なり。ましてその時のことを 知り、そのことにあづかれる人の、この日記を今見る心は、となり)
右の外なほ多し。奥に引けるをも合せ見るべし。大方物語の体かくのごとし。ただ世にあるさまざまのことを書けるものにて、それを見る人の心も、右に引けるごとく、昔のことを今のことにひき当てなぞらへて、昔のことの物の哀れをも思ひ知り、また己が身の上をも昔にくらべみて、今の物の哀れをも知り、憂さをも慰め、心をも晴らすなり。
源氏物語中の物語論は、源氏物語にも当てはまる
【現代語訳】
ところで、以上のように『源氏物語』の作中で昔の物語を読んだ気持ちが書かれているのは、いま『源氏物語』を読む人も、そういう気持ちであるべきだと、昔の物語に託して読者に伝えているのである。前に引用したように、昔の物語を読んで、現代のことを昔のことと比べて、昔のことを現代のことに比べて、いつも読んでいれば、世間の様子や、人の気持ちを知って、「もののあはれ」を理解することができる。いずれにしても物語を読むということは、「もののあはれを理解する」ことが最も重要なのである。「もののあはれ」を理解するためには、物事の本質を理解することが必要であり、物事の本質を理解するためには、世間の様子を知り、人の心に詳しくなる必要がある(このことは、本書の後のほうで詳しく述べている)。であるから、『源氏物語』も、先述したような古い物語と同類であって、儒教・仏教など外国の書物ではないから、関係のない外国の文章を基準にして解釈するべきではない。ただ古い物語を基準として判断するべきだ。以上のような理由で、『源氏物語』の作中には、「昔物語にも…」とよく書かれているのである。
【原文】
さて右のごとく巻々に古物語を見ての心ばへを書けるは、すなはち今また『源氏物語』を見るもその心ばへなるべきことを、古物語の上にて知らせるものなり。右のやうに古物語を見て、今に昔をなぞらへ、昔に今をなぞらへて読みならへば、世の有様、人の心ばへを知りて、物の哀れを知るなり。とかく物語を見るは、「物の哀れを知る」といふが第一なり。物の哀れを知ることは、物の心を知るより出で、物の心を知るは、世の有様を知り、人の情に通ずるより出づるなり(このこと、なほ奥にくはしく云ふ)。されば『源氏の物語』も、右の古物語のたぐひにして、儒仏百家の人の国の書のたぐひにあらざれば、よしなき異国の文によりて論ずべきにあらず。ただ古物語を
もて理るべし。ゆゑに巻々に、ややもすれば「昔物語にもしかじか」といふことのみ多し。










