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撫子
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30代後半の主婦。
高校生の頃から源氏物語に興味を持ち始めました。大学では源氏物語を研究し、日本語日本文学科を首席卒業しました。
30代になり、源氏物語を改めて学びなおしています。
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本居宣長:もののあはれの論10・光源氏と藤壺の密通を書いた紫式部の意図

もののあはれの論 現代語訳・原文10

この記事では、
本居宣長:もののあはれ論(紫文要領)の
原文・現代語訳を掲載しています。

★大意の事 上
1.物語とは「もののあはれ」を知らせるもの 
2.蛍の巻の物語論から紫式部の意図を読み取る
3.古来の注釈書は間違いが多い 
4.『源氏物語』の善悪の基準は「もののあはれ」 
5.女は「もののあはれ」を知った上でほどよい態度をとるべき 
6.「もののあはれ」についての詳述 

★大意の事 下
7.恋愛は「もののあはれ」が深い 
8.「もののあはれ」と浮気っぽいのとは別物 
9.『源氏物語』は教訓の物語ではない 
10.光源氏と藤壺の密通を書いた紫式部の意図 ←この記事
11.人の真実の感情を知ることが「もののあはれ」を知ること

目次

冷泉院の出生の秘密は、問題にするほどのことではない

【現代語訳】
安藤為章あんどうためあきらの注釈書『紫家七論しかしちろん』では、冷泉院の出生しゅっしょうの秘密を作品全体の重要事と論じて、
  この諷喩ふうゆ ※1に心をおとめになって、どんなことがあっても密通を前もってお防ぎにならなければならない、ひょっとすると(密通によって皇統の純血に)疑問が生じるかも知れないと、(『源氏物語』を)君主の御心得のために書いたのだ。また臣下しんかは薫大将の出生の秘密を見て用心しなければならない。
と言っている。作者の意図は、天皇の血統の混乱を恐れてのことだから、(藤壺の密通のことを)作品全体の重要事であると論じた。今考えると、これもまた中国の書物の趣向によって読んでいるから、このように作品全体をすべて諷喩ふうゆの意味に解釈するのだ。(すべてを諷喩だと思うから)これは皇統の混乱だからと注意がひかれて、作品全体の重要事だと思ったのである。『紫家七論』を読む人は、なるほどと思うであろう。しかし、とにかく物語は外国の書物とは趣向が非常に異なるものなので、その趣向が異なる書物を読む心構えによって(物語を)読む時には、まったく作者の本来の意図に反していて、物語の意味も知ることが難しい。ぜひともぜひとも中国の書物の道徳的な心構えを捨てて少しも関知せず、ただ我が国の和歌・物語の精神をよく理解しなさい。(そのように)『源氏物語』を読む時には『紫家七論』が誤った説であることが自然とわかるはずである。中国の書物を読んで習得した考え方が消えない間は、『源氏物語』の意味はとても理解できないだろう。
 中国の書物の道徳的な考え方から離れて、ただ和歌・物語の趣向によって(『源氏物語』)を読むならば、冷泉院の出生の秘密のことを特に取り出して論ずる必要はない。これは物語の中で自然と発生した出来事であって、もののあはれを理解させるためのことだから、特別に論じる必要はないのだ。けれども、『紫家七論』で作品全体の重大事と言っていることで、読者は迷ってしまう。だから、ここでちょっとこの藤壺の密通を書いた作者の意図を説明しよう。


※1 それとなくさとすこと。天皇が後宮をしっかり監督しなければ、后の密通により皇統が乱れる可能性があると、『源氏物語』は読者である天皇に対してさとしているということ。

【原文】
七論しちろん』に冷泉院の物のまぎれを一部の大事とし、
  この諷諭ふうゆに心つかせ給ひて、いかにもいかにも物のまぎれをあらかじめ防がせ給ふべし、ようせずは疑はしき事あるべしと、君の御心得に書けるなり。また臣下しんかは薫大将のまぎれを見て用意あるべし。
といひて、作者の本意、皇胤くゎういんのまぎれを恐れて書けるゆゑに、一部の大事なりとせり。今あんずるに、これまたもろこしの書の趣きをもて見るゆゑに、かくのごとく一部をことごとく諷諭の心に見るよりして、この事は皇胤のまぎれなればと心つきて、一部の大事と思へるなり。かの『七論』を見る人、げにもと思ふべきことなれども、とかく物語は人の国のふみとは趣きの大きに異なる物なれば、その大きに異なる書を見る心ばへをもて読むときは、大きに作者の本意にそむき、物語の意味も知れがたきなり。いかにもいかにも唐の書の道々しき心をうち棄ててすこしもかからず、ただわが国の歌・物語の心ばへをよく会得ゑとくしてこの物語を見る時は、かの『七論』の僻説へきせつなることおのづから知るべし。唐の書の習気しふきせぬ間は、この物語の意味はえ知るまじきことなり。
 もろこしの書の道々しきかたを離れて、ただ歌物語の趣きをもて見るときは、この一事を別にだして論ずべきことにはあらず。これもおのづから物語の中の一事にして、物の哀れを知らさむためのことなれば、格別に論ずべきにはあらねども、かの『七論』に一部の大事といへるにつきて、見る人これに迷ふゆゑに、しばらくこの一事を書ける作者の趣意をいふべし。


藤壺の密通を書いた紫式部の意図

【現代語訳】
 まず女御・妃と臣下しんかとの密通は、『伊勢物語』に二条の后の事例、『栄花物語』に花山院の女御の事例、『後撰和歌集』に京極御息所の事例が掲載されている。その他、現在には伝わっていない古い物語の中にも、このような密通の事例はあっただろう。であれば、それらの先例にならって源氏の君と藤壺の宮とのことも書いたのであろうから、さほど議論も不要である。その上、あの二条の后・花山院の女御のことは実際にあったことまで(遠慮なく)書き表し、また『後撰和歌集』にいたっては勅撰である歌集までが、当人の名前を明示して書いている。ましてや『源氏物語』は創作であるから、このような密通の事を書いたからといって、どうということもない。特別に深い意図があるはずがないのだ。
 ただし、『伊勢物語』『栄花物語』などでは、后の密通について、皇統が乱れたという事実はない。『源氏物語』は、(それらとは違って)皇統の乱れがあるから重要事だと言うのだろうが、すでに密通がある以上は、皇統の乱れがきっとあるはずだということも、一概には否定できない道理なので、『伊勢物語』『栄花物語』の密通事件は、皇統の乱れを書いたのと同じことである。浮気をした妻が子どもを産もうとする際には、その夫は必ず血統の乱れを疑うはずであり、(お腹の子があなたの子がどうか分からないと)他人が忠告をする必要はない。であれば、(夫にとって)妻の密通の有無を知るか知らないかが大事であって、密通の事実を知っているのであれば、血統の乱れを(わざわざ夫に)教えてあげる必要はないのだ。しん始皇帝しこうていしん元帝げんていの事例は、事の性質が別である。要するに、密通のことは『伊勢物語』『栄花物語』にも書かれているのだから、今さら『源氏物語』において重要事として読者に教えるほどのものではないのだ。
 『源氏物語』は、古い物語ではあまり書かれていない珍しいことを書き表すのが一段すぐれた手腕である。だから、密通の子の出生を書いたのも、『伊勢物語』などに書いてあることや、もしくは『栄花物語』の花山院の女御のことなどに似せて(藤壺の密通事件を)書いて、そしてそれ以上により珍しいふうに書こうとして、冷泉院の出産を書いたことは不審がる必要はない。また、重要事とする必要もない。
 ただし、やはりこの密通の件は、作者に特別の意図があって書いたものだろうと言って、無理に紫式部の意図を考えてみるのならば、この密通事件によって、極めて深い恋愛のもののあはれを書き表すためである。また、源氏の君の繁栄を徹底的に述べようとするためである。この二つの意図によって書いたものだ。

【原文】
 まづ女御・后に臣下しんかの密通のことは、『伊勢物語』に二条の后のこと、『栄華物語』に花山院の女御のこと、『後撰集ごせんしふ』に京極きゃうごく御息所みやすんどころのことあり。そのほか今の世に伝はらぬ古物語の中にもかやうの事あるべきなり。さればそれらの例によりてこの源氏の君と薄雲の女院にょうゐんとのことも書けるなるべければ、さのみ議論もいらぬことなり。そのうへ、かの二条の后・花山院の女御のことはうつつにありしことなるさへ書きあらはし、また『後撰』は勅撰の集なるさへその名をあらはして書けり。いはんやこの物語は作り事なれば、かやうのこと書ける、何のことかあらん。別に深き心あるべきにあらず。
 ただし『伊勢』『栄華』等には、そのことにつきて皇胤のまぎれたることはなし。これはそのまぎれあるゆゑに大事なりともいふべけれど、すでに密通あるうへはそのまぎれは必ずあるべきもはかりがたき理りなれば、かの『伊勢』『栄華』に密通を書きしも、物のまぎれを書けるも同じことなり。密夫みっぷを持ちたる妻の子を生まむには、その夫、必ず物のまぎれは疑ふべきことにして、他より心をつくるに及ばぬことなり。されば密事を知ると知らぬは大事にして、密通を知るうへは、物のまぎれは知らするには及ばぬことなり。しん始皇しくゎうしん元帝げんていのことはそのたぐひ異なり。されば密通のことは『伊勢』『栄華』の物語にも書きたれば、今さらこの物語に大事として知らしむべきにもあらず。
 物のまぎれを書けることは、すべてこの物語は古物語に書き古さぬ事を珍しく書き出だせるが一段の妙手なれば、この事も、かの『伊勢物語』などにあること、または花山院の女御のことなどのありしを準拠なずらへにして、薄雲密通を書き、さてその上を一段珍しく書かむために物のまぎれは書き加へたるなるべし。かくのごとく見る時は、この事を書けること怪しむに足らず。また大事とするに及ばぬことなり。
 ただしなほこの一事は作者の心ありて書けるものなるべしといひて、しひて式部が趣意を按ずる時は、この一事におきて、好色の物の哀れのいたりて深きところを書き出ださんがためなり。また源氏の君の栄華をきはめていはんためなり。この二つの心にて書けるものなり。

意図①:不倫の恋の深いもののあはれを描くため

【現代語訳】
 まず、(源氏と藤壺の密通は)極めて深いもののあはれを書き表すためという理由を述べよう。前述した通り、恋愛ほど人間の感情が強く発揮されるものはない。その恋愛の中でも、万事につけて優れていて、自分の理想通りの人には、特に強い愛情を抱くものである。また逢うのことが難しく、世間から許されない恋愛の、道理に外れた関係性は、特に夢中になって感情が強く出るものである。であれば、藤壺の密通は、もののあはれの深い恋愛の中でも、特に万事において優れた人同士であって、また特に逢瀬が難しく、また特に世間が許さない、道理に外れたことを書き連ねて、極めて深いもののあはれを書き表したものである。
 源氏の君は、もともと誰よりも優れた人であって、もののあはれをよく知っている人である。そして、藤壺の宮もまた万事において優れた人であって、前述した通り女の中では比べる者がないくらい善い人であるから、源氏が(藤壺の宮を)恋い慕いなさった様子に、(藤壺の宮は)抑えきれないもののあはれを感じたのだ。それゆえに、二人の密通は起こったのであろう。また、源氏の君の気持ちとしても、藤壺の宮を、優れていて欠点のない理想的な女だと思っていて、互いに抑えきれないもののあはれがあったから、源氏の君は生涯にわたって藤壺の宮のことをお忘れにならず、何ごとにつけても思い出して、藤壺の宮が他人より優れていたことを恋い忍びなさっている。作品中に頻繁にその文章が見える。恋愛の中でも、もののあはれを知る人が、理想的な人と出会うと、特に深く恋い慕うものである。
 ところで、この(源氏と藤壺の)密通は非常に逢瀬が難しく、極めて世間が許さず、極めて道理に外れた関係性なので、特に深く恋い慕い、生涯にわたってお忘れにならなかった。これもまた作品中に頻繁にその思いが見える。このように、逢瀬が難しく、世間が許さない道理に外れた関係性は、特に夢中になって感情が強く出るものである。このように、二人の密通は、もののあはれの深いはずの条件をすべて一つの設定の上に集めて書いたものである。これは、つまり「蛍」の巻で、「善いように言おうとするあまりに、善いことばかりを選び出して」といっているものである。「善い」とはもののあはれを知っていることである。前に詳述した。

【原文】
 まづ物の哀れのいたりて深きところを書きあらはさむがためといふゆゑは、前にもいへるごとく、好色ほど哀れの深き物はなし。その好色の中にも、よろづすぐれてわが心にかなふ人には、ことに思ひの深くかかるものなり。また逢ひがたく、人のゆるさぬことの、わりなき仲は、ことに深く思ひ入りて哀れの深きものなり。されば今この一事は、物の哀れの深くかかる恋の中にも、ことに万にすぐれたる人どちにして、またことに逢ひがたく、またことに人のゆるさぬわりなき事を書きだして、物の哀れのいたりて深きところを書きあらはせり。
 まづ源氏の君はもとより万人にすぐれたる人にて、物の哀れをよく知る人なり。さて薄雲の女院にょうゐんもまた万にすぐれたる人にて、前にいへるごとく女の中にはたぐひなきよき人なれば、源氏の心をかけ給ふところに、忍びがたき物の哀れのありしゆゑに、このことは出で来つらん。また源氏の君の心にも、この君をばすぐれて難なき人
と思ひて心にかなひたるゆゑに、たがひに物の哀れの忍びがたきところありつらんゆゑに、源氏の君、一生涯この君のことをば忘れ給はず、何事につけても思ひ出でて、その、人にすぐれたることを恋ひしのび給へり。巻々まきまきにそのことば見えたり。これ恋の中にもよき人のわが心にかなふは、ことに思ひの深くかかれるなり。
 さてまたこの密通はいたりて逢ひがたく、いたりて人のゆるさぬことの、いたりてわりなき仲なれば、ことに深くおぼし入れて一生涯忘れ給はず。これまた巻々にその心見えたり。これ逢ひがたく人のゆるさぬわりなき仲は、ことに深く思ひ入りて哀れの深かりしなり。かくのごとくこの御事は物の哀れの深かるべき限りを取り集めて書けるものなり。これすなはちかの螢の巻にいへる、「よきさまにいはむとては、よきことの限りを」といへるものなり。「よき」とは物の哀れを知ることなり。前にくはしくいへり。

意図②:源氏の栄華を徹底的に述べるため

【現代語訳】
 ところで、密通の子の出生しゅっしょうを書いたことは、源氏の君の繁栄を徹底的に言おうとするためという理由を述べよう。これもまた「善いように言おうとするあまりに、善いことばかりを選び出して」という心構えである。どの物語でもみな、わざと善いようにばかり書かれる登場人物が出てくる。その人のことを述べるとなると、世の中のありとあらゆる善い事を選んで集めて言っている。であれば、身の繁栄も善い事のうちの一つなので、その人に幸運があって、最終的にはこの上なく幸福になることを書くのは、物語の典型例である。だから、『源氏物語』も源氏の君を中心として、善い事ばかりを選び出して、源氏のことを立派なように書いている。そして、その栄華が頂点に至ったように書こうとすると、総じて人の栄華の頂点とは、天皇の位である。そのため、摂政・関白・大臣ほど身分が高くとも、臣下の身分では、やはり不十分な点があるから、太上天皇だいじょうてんのうの尊称をいただかせて、源氏の君の身分の尊さは頂点を極めたのだ。
 ところで、その尊称を(源氏に)いただかせるためには、理由がなければ、でたらめのようなものなので、天皇の父親として尊称をいただかせたのである。だから、源氏の君は天皇(桐壺帝)を父とし、天皇(冷泉院)と后(明石の中宮)と大臣(夕霧)を子として、(太上天皇)の尊称をいただきなさった。ここまで至って、(源氏の)身分の尊さは極まったのだ。

【原文】
 さてまた物のまぎれを書けることは、源氏の君の栄華をきはめていはんためといふゆゑは、これまた「よきさまにいふとては、よきことの限りをで」といへる心にて、すべて何の物語にもしゅとしてよきさまにいひなす人あるなり。その人のことをいふとては、世にあらゆるよき事を選り集めていへり。されば身の栄華もよき事のうちなれば、その人の幸ひありて、つひには上なき幸ひになることを書ける、これ物語の通例なり。されば今この物語も源氏の君を主として、よき事の限りを選り出でてこの人のことをいみじく書ければ、その栄華をきはめて書かむとするに、およそ人の栄華のきはまりは帝位なり。されば執政しっせい大臣だいじん尊貴そんきといへども、人臣じんしんの位はなほあかぬことあり。ゆゑに太上天皇だいじゃうてんわう尊号そんがうをかうぶらしめて、源氏の君の尊貴栄華そんきえいぐゎをきはめたり。
 さてその尊号をかうぶらしむるに、そのよしなくては虚誕きょたんに近きゆゑに、天子の父として尊号をかうぶらしめたり。天子の父とせむれうに物のまぎれは書けるなり。されば源氏の君は天子を(桐壺の帝)父とし、天子と(冷泉院)后と(明石の中宮)大臣と(夕霧)を子として、尊号をかうぶり給ふ。ここに至りて尊貴栄華きはまれり。

冷泉院の出生は、源氏が栄華を極めるための伏線である

【現代語訳】
 密通による冷泉院の出生しゅっしょうは、まったく(源氏が)天皇を子としてお持ちになって、尊称をいただかせるために書いたという証拠は、「薄雲」の巻に次のように書かれている。
  これは、過去来世にわたる重大事でございます事を、お隠れあそばしました桐壺院、その后・藤壺の宮、現在政治をお執りになっている大臣の御ために、すべて、かえってよくないこととして漏れ出すことがあるかも知れませんが、私のような老法師の身には、たとえお咎めがありましょうとも、何の悔いもありません。仏や神のお告げがございましたので申し上げるのです。
これは、夜居の僧が、密通による出生の秘密を、冷泉院本人にこっそりと申し上げようとしての言葉である。この文章をよくよく吟味しなければならない。「過去来世にわたる重大事」とは、冷泉院が本当の父親を知らずに、(源氏を)臣下としておきなさっていることである。「重大事でございます事を」の「を」の格助詞に注意しなければならない。この「を」を「仏や神」という箇所にかけて読まねばならない。そうでないと、この「を」の意味は理解できないのだ。このことを申し上げたら、お亡くなりになった冷泉院、その后・藤壺の宮・源氏の君のためには、逆によくないことになるかも知れないけれど、老法師はたとえその非難を受けてもかまわない、これは過去・将来にわたる重大事であるので、それを仏や神のお告げに従って申し上げる、ということである。であれば、「重大事」といった作者の意図は、本当の父親を(冷泉院が)ご存知でないことを中心として言っているのだ。だから、この引用文の前の方の文章にも、「御存じでないために、罪が重くて、天の眼が恐ろしく存じられますことを」と言っている。これも、源氏が本当の父親であることを(冷泉院が)ご存知でないことを「罪が重い」といい、「天の眼が恐ろしい」というのも、本当の父親を知らずに(冷泉院が父である源氏を)臣下にしておきなさるのをご覧になる天の眼が恐ろしい、というのである(また、この法師が、自分だけ知っていて冷泉院にお知らせしないことを、天がご覧になっていることが恐ろしい、という気持ちとも解釈できる。この後引用する文にその気持ちが見える)。
 また、次のように書かれている。
  詳しく奏上するのをお聞きあそばすと、情けなくめったにないことで、恐ろしくも悲しくも、さまざまにお心がお乱れになった。 
あの密通によるご自身の出生をお聞きになっての、冷泉院のお気持ちである。「情けなく」というのも、「恐ろしく」というのも、「悲しく」というのも、すべて(本当の)父親だと知らずに(源氏を)臣下としておいたことをお思いになってのことだ。
 また、次のように書かれている。
  知らずに過ぎてしまったならば、来世までも罪があるに違いなかったことを(以下略)、
冷泉院のおっしゃった言葉である。源氏が父親だということを知らずに過ごしていたら、ということだ。
 また次のように書かれている。
  まったく、私と王命婦以外の人は、この事の様子を知っている者はございません。それだから、実に恐ろしいのでございます。天変地異が頻繁に啓示を現し、世の中が平穏でないのは、このせいです。
前に「天の眼が恐ろしく」というのを受けて、「それだから、実に恐ろしい」と言っている。天変地異の啓示、世間が平穏でないのも、すべて(本当の)父親を(冷泉院が)ご存知でないことを非難している、ということである。
  御幼少で、物の道理をお分かりにならなかった間はよろしうございましたが、だんだんと御年齢が加わっていらっしゃいまして、何事もお分かりになるはずの歳になったので、(天は)その罪を示すのです。

【原文】
 さて冷泉院の物のまぎれは、またく天子を子に持ち給ひて尊号をかうぶらせ奉らんために書くといふしょうは、薄雲の巻に云はく、
  これはしかた行く先の大事とはべる事を、過ぎおはしましにし院、きさいの宮、ただいま世をまつりごち給ふ大臣おとどの御ため、すべてかへりてよからぬことにや漏り出で侍らん、かかる老法師の身には、たとひうれへ侍りとも何の悔いか侍らん、仏天ぶってんの告げあるによりて奏し侍るなり。
これ、夜居よゐの僧、この物のまぎれのことを冷泉院へひそかに奏せむとてのことばなり。この詞をよくよくあぢはふべし。「来しかた行く先の大事」とは、いま冷泉院の、実の父を知らずして、臣下としておき給ふことなり。「大事と侍る事を」といへる、「を」文字に心をつくべし。 この「を」文字を「仏天」といへる所へ掛けて見るべし。さらではこの「を」 文字心得られぬなり。この事を奏しては、過ぎ給ひし院・きさいの宮・今の源氏の大臣おとどの御ためにかへりてよからぬことになり侍らんも知らねど、老法師はたとひそのとがめに当りても苦しからず、これは来しかた行く先の大事なるゆゑ、それを仏天の告げにまかせて奏する、といふことなり。されば「大事」といへる作者の意は、まことの父を知ろしめさぬことをしゅとしていへるなり。ゆゑにこの上の詞にも、「知ろしめさぬに罪重くて、天のまなこ恐ろしく思う給へらるることを」といへり。これも源氏は実の父なることを知ろしめさぬが「罪重き」といひ、「天の眼恐ろしき」といふも、実の父を知らずして臣下にしておき給ふを見そなはす天の眼が恐ろしき、といふなり(またこの僧都そうづの、我ばかり知りながら知らせ奉らぬことを、 天の照覧せうらんおそろし、といふ心にも見るべし。下文に見ゆ)。
 また云はく、
  くはしう奏するを聞し召すに、あさましう珍らかにて、恐ろしうも悲しうも様々に御心乱れけり。
かの物のまぎれのやうをきこし召しての冷泉院の御心なり。 「あさましう」といへるも、「恐ろしう」といへるも、「悲しう」といへるも、みな父を知らずして臣下としておきしことをおぼし召すなり。
 また云はく、
  心に知らで過ぎなましかば、後の世までの咎めあるべかりけることを云々、
冷泉院の御ことばなり。源氏を父なりといふことを知らで過ぎなば、となり。
 また云はく、
  さらになにがし王命婦わうみゃうぶとよりほかの人、このことの気色けしき見たる、はべらず。さるによりなんいと恐ろしう侍る。天変てんぺんしきりにさとし、世の中静かならぬは、このけなり。
前に「天のまなこ恐ろしう」といへるを受けて、「さるによりなんいと恐ろしう」といへり。天変のさとし、世の中の静かならぬも、みな父を知ろしめさぬをとがむるなり、といふことなり。
  いときなく、物の心を知ろしめすまじかりつるほどこそ侍りつれ、やうやう御よはひ足りおはしまして、何ごともわきまへさせ給ふべき時にいたりて、とがをも示すなり。

天の咎めを受けたのは源氏ではなく冷泉院

【現代語訳】
上記の引用文を見なさい。「天の眼が恐ろしい」と言い、「重大事」といい、「仏や神のお告げ」といい、「天変地異」といい、「世の中が平穏でない」というのは、すべて(冷泉院が本当の)父親をご存知でないことの罪が示されているのだ。もし、源氏と藤壺の密通のことを言っているのであれば、どうして冷泉院にのみその罪があるだろうか。それならば、源氏にこそ、罪があるはずだ。源氏には少しも罪がなくて、冷泉院に罪を負わせることをもって、本当の父親をご存知でない(冷泉院の)罪を中心として言っていると理解しなければならない。
  全ての事は、親の御代より始まるもののようでございます。
 法師の言葉は、当然のことである。親が作っておいた善悪が全て、子どもの代に結果となって出てくることが多い。であれば、いま冷泉院が前世で十種類の善を行ったために天皇となり、天下をお治めになるのも、源氏の君が人知れず積んだ善行のおかげである。そうであれば、(冷泉院が)天皇の地位につかれたのも、結局は父親の徳のおかげなのに、その恩をご存知なくて、臣下としてお使いになっているから、様々な(天からの)非難やお告げがある、ということである。
 また、次のように書かれている。
  亡くなった桐壺院の御ためにもお気がとがめ、源氏の大臣がこのように臣下として朝廷に仕えていらっしゃるのも、おいたわしく、もったいないことと、あれこれと御煩悶なさって、
(これは)冷泉院のお気持ちである。
 また次のように書かれている。
  ますます御学問をなさって(中略)、一世いっせの源氏が納言、大臣となった後に、さらに親王になり、帝位におつきになった例も、多数あった。(源氏の)人柄が優れていることにかこつけて、それらの前例の通りに(源氏に帝位を)お譲り申し上げようか、などと、いろいろお考えになった。秋の司召つかさめしで、太政大臣だいじょうだいじんにおなりになるようなことを(後略)、
冷泉院がますます学問をなさったのは、源氏の君を天皇の位につけ申し上げようとお思いになって、その前例を考えなさるためである。だから、後の文章に「多くの例があった」と言っている。これは、学問をなさってお考えになったことを言っているのだ。(中略の部分の)「中国には」「日本には」といっている箇所を読んで、「この学問は、密通による皇統の乱れの例を考えなさっているのだ」という説は不適当である。「一世の源氏」といっているところに、間をあけずに書き続けて「例があった」といっているのを読めば、源氏の君を天皇の位につけようとして、その前例を考えなさる学問である。そして、いったん臣籍に降下した人が、天皇の位におつきになった前例が多くあるから、源氏を天皇の位につけ申し上げようと思って、まず(源氏を)太政大臣につけなさった。
 この文章をよくよく吟味しなければならない。この「密通による冷泉院の出生」を書いた意図は、教訓や心構えのためではない。まったく源氏を天皇の父として(太上天皇の)尊称をいただかせるためである。そして、それは源氏の君の繁栄を徹底的に書くためであるということを理解しなければならない。

【原文】
このことばを見よ、「天のまなこ恐ろしき」といひ、「大事」といひ、「仏天の告げ」といひ、「天変」といひ、「世の中静かならぬ」といへる、みな父を知らせ給はぬことの咎めなり。もし物のまぎれのかたしゅとしていはば、などかは冷泉院にのみその咎めあらん。それならば源氏の君にこそ咎めはあるべけれ。源氏にはすこしも咎めなくして、 冷泉院に咎めをかくるをもて、父を知ろしめさぬ咎を主としていえることを悟るべし。
  よろづの事、親の御世みよより始まるにこそ侍るなれ。
僧の詞、かくあるべきことなり。万事ばんじ親のつくりおく善悪の、子の世にむくゆること多し。しかればいま冷泉院の十善じふぜんの帝位に登りて四海しかいを保ち給ふも、源氏の君の陰徳いんとくによりてかくのごとし。されば天子の御位を踏み給ふも畢竟ひっきゃうは父の徳なるに、その恩を知ろしめさずして、臣下として使ひ給ふゆゑに、様々のとがめ・さとしはあり、となり。
 また云はく、
  故院の御ためもうしろめたく、大臣おとどのかくただ人にて世に仕へ給ふも哀れにかたじけなかりけること、かたがたおぼし悩みて、
冷泉院の御心なり。
 また云はく、
  いよいよ御学問をせさせ給ひつつ云々、一世いっせの源氏また納言・大臣になりて後に、さらに皇子みこにもなり、位にもつき給へるも、あまたのためしありけり。人柄のかしこきに事よせてさもや譲り聞えましなど、よろづにぞ思しける。秋の司召つかさめし太政大臣だいじゃうだいじんになり給ふべきこと云々、
冷泉院いよいよ御学問をし給ふは、源氏の君を帝位につけ奉らんと思し召して、その例を考へ給ふなり。ゆゑに下に「あまたの例ありけり」といへり。これ、御学問して考へ給へるところをいふなり。
もろこしには」「日の本には」といへるわたりを見て、「この御学問は物のまぎれの例を考へ給ふなり」といへる説はかなはず。「一世の源氏」といへるところへただちに書き続けて、「例ありけり」といへるを見れば、源氏の君を位につけんとて、その例を考へ給ふ御学問なり。さていつたんただ人になれる人の位につき給ふ例もあまたあるゆゑに、源氏を位につけ奉らむことをおぼして、まづ太政大臣にし給ふなり。
 このことばどもをよくよくあぢはふべし。この「物のまぎれ」を書ける趣意は、いましめ・心得のためにはあらず。またく源氏を天子の父として尊号をかうぶらしめむためなり。さてそれは源氏の君の栄華をきはめて書かむためなりといふことを知るべし。

源氏を天皇にしなかった理由

【現代語訳】
 質問して言うことには、源氏の身分の尊さを徹底的に書くために太上天皇の尊称をいただかせたのならば、どうしてより一層、徹底させて、(源氏を)天皇の位につけ申し上げないのか。
 答えて言うことには、(『狭衣物語さごろもものがたり』の主人公)狭衣の大将は、あの、物語の中心人物として善い事ばかりを言い集めた人である。ゆえに、最終的には天皇の位につけて、その身分の尊さを徹底的に書いている。これも、『源氏物語』と同じ趣向である。であれば、紫式部も源氏の君の繁栄を徹底的に書こうとする意図を持っていたことを、同じ種類の物語として考え合わせて読まねばならない。(同じ種類の物語)であるのに、『狭衣物語』は、(狭衣の大将を)天皇の位につけたことによって、何となくわざとらしくなって、いかにも作り話のように思える。また、天皇に位におつきになったところの書き方も、思慮が足らずに必然性がなく、でたらめに聞こえる。(『狭衣物語』の)この部分は、『源氏物語』より一層、徹底した繁栄を書こうとして、逆に大きく劣っているところである。このことをもってしても、『源氏物語』と『狭衣物語』との優劣がかけはなれていることが知られるのである。紫式部は、そこにひときわ注意して、あえて(源氏を)天皇の位にはつけ申し上げず、太上天皇を終着点として、源氏の君の繁栄を書き納めたのが、優れた手腕なのである。
 ところで、その太上天皇の尊称さえ、いわれなく突然に書いては、作り話っぽくて、でたらめに近いと(紫式部は)思い巡らしたから、あの「密通による冷泉院の出生」を書き表して、(源氏が)天皇の父親として自然に太上天皇におなりにならないでは済まないように書きつくろったのだ。この部分は、(源氏物語が)比類なき名文である証拠だ。
 「桐壺」の巻で、高麗人こまうどが人相見をした時の言葉に、
  「国の親となって、帝王という最高の地位につくはずの相をお持ちでいらっしゃる方で、そういう人として占うと、国が乱れ民の憂えることが起こるかも知れません。
朝廷の重鎮となって、政治を補佐する人として占うと、またその相ではないようです」と言う。

と言っているのが、作者の置いた伏線であって、源氏の君の身分の尊さを徹底的に描こうとする意図、また天皇の位に一段及ばず太上天皇にとどまることの由来を書いて、その本心を(読者に)伝えているものである。
 「薄雲」の巻に、
  亡き桐壺院のお気持ちは、多数の親王たちの中で、特別に(私、源氏を)御寵愛くださりながら、御位をお譲りになることををお考えあそばしませんでした。どうして、その御遺志に背いて、及びもつかない位につけましょうか。
と書かれているのも、作者のこの本心を託したのである。

【原文】
 問ひて云はく、源氏の尊貴栄華そんきえいぐゎをきはめて書かむために太上天皇だいじゃうてんわう尊号そんがうをかうぶらしむるならば、何とていま一段きはめて、天子の位にはつけ奉らざるぞや。
 答へて云はく、狭衣さごろも大将たいしゃうは、かの物語にしゅとしてよき事の限りをいひ集めたる人なり。ゆゑにつひには天子の位につけて、その尊貴栄華をきはめて書けり。これもこの物語と同じ趣意なり。されば紫式部も源氏の君の栄華をきはめて書かむとする趣意なること、同じたぐひをもて引き合せて見るべし。しかるにかの『狭衣』は、天子の位につけたるによりて何とやらむことさらめきて、いかにも作り事のやうに思はれ、また天子の位になり給ふところの書きやうもあさはかにてよせなく、虚誕きょたんに聞ゆるなり。これが『源氏物語』より一段上を書かむとして、かへりて大きに劣れるところなり。これをもても『源氏』と『狭衣』との勝劣しょうれつはるかなること知らるるなり。紫式部はそこに一段心をつけて、わざと天子の位にはつけ奉らず、太上天皇にて源氏の君の栄華をば書ききはめたるが、妙手なり。
 さてその太上天皇の尊号さへ、よせなくにはかに書きては作り事めきて虚誕に近からむことを思ひはかれるゆゑに、かの「物のまぎれ」を書きでて、天子の父としておのづから太上天皇になり給はではかなはぬやうに書きなせるなり。このところが無類の名文のしるしなり。
 桐壺の巻に、高麗人こまうどさうせることばに云はく、
  「国の親となりて、帝王のかみなき位に登るべき相おはします人の、そなたにて見れば、乱れうれふることやあらん。おほやけのかためとなりて天の下をたすくるかたにて見れば、またその相たがふべし」といふ。
といへるが作者の伏案ふくあんにして、源氏の君の尊貴栄華そんきえいぐゎをきはめむとする下心、また天子の位を一段残して太上天皇にとどまることの由緒ゆいしょを書きて、その下心を知らせたるものなり。
 薄雲の巻に云はく、
  故院の御心ざし、あまたの皇子たちの御中にとりわきて思し召しながら、位を譲らせ給はむことをば思し召しよらずなりにけり。何かその御心あらためて、及ばぬきはには登り侍らん。
とあるも、作者のこの下心をぐうしたるなり。

密通による冷泉院の出生に、教訓の意図はない

【現代語訳】
 ところで、前に色々と言ってきた通りであれば、この「密通による冷泉院の出生しゅっしょう」を書いたことは、もののあはれの極めて深い様子を書き表すため、また源氏の君の繁栄を徹底的に言うためであって、決して教訓・心構えのための諷喩ふうゆ ※1ではない。物語が全て教訓にはなりにくいことは、前に詳しく説明した。とりわけこの密通による冷泉院の出生について言うならば、まず源氏の君の行為を訓戒の気持ちで論じると、道徳に反しているのは言うまでもない。皇統を乱した大罪(を負う源氏は)、我が国の大きな罪人であるので、天の神も源氏を非難なさって、大きな災いを受けるはずの人である。なのに、源氏は幸福のみ味わって少しも災いがなく、身の繁栄を極めたことは、前述した通りだ。天皇と后と大臣とを子として持ち、尊称をいただき、一生を穏やかに過ごし、子孫まで栄え、天も神も仏も味方して、世間の人々までが心から従い、この世の中で並ぶ者がいないような人物である。であれば、『源氏物語』を読む人は、源氏の行為をうらやましいと思い、その繁栄を願う気持ちになるはずだ。特に藤壺との密通を経ての冷泉院の出生によって(太上天皇の)尊称をいただき、とりわけ尊貴になり、繁栄なさったので、読者はますます源氏の行為を真似てうらやんで、かえって女御・后に恋心を抱く人が現れる道理ではないだろうか。
 であるから、この(密通の)事は天皇の心構えになることはあるとしても、かえって女御・后に恋心を抱く人が現れる道理なので、末梢的まっしょうてきな面での効果を望んで、本質的な面では害があるのだ。これは、川をきれいにしようとして川の源を汚すようなものだ。また、たきぎを抱いたまま火を鎮めるという古いことわざのようなものだ。紫式部は、そのような愚かな女ではない。
 「薄雲」の巻には、次のように書かれている。
  恐ろしく罪深いことは多くあったろうが、昔の好色は、思慮の浅いころの間違いであったから、仏や神もお許しになったことだろう(以下略)。
これは、密通のことを後に源氏がお思いになる気持ちである。源氏もこのように罪が許されなさって、仏や神の非難もなかったのならば、現代でも若い頃の間違いはどうして悪いことがあろうか、仏も神もお許しになるに違いないと、読者はきっと思うはずである。そうなると、この(密通の)ことは、まったく教訓にはなりにくい。教訓になりにくいことを知りながら、それを教訓のために書こうとすることは、愚かではないか。であれば、紫式部の本来の意図は、教訓のためではないことは明白だ。また、教訓のためという説が無理なこじつけであることも明白だ。

※1 それとなく諭すこと。

【原文】
 さて右に段々いへるごとくなれば、この「物のまぎれ」を書けることは、物の哀れのいたりて深きところを書きあらはさむため、また源氏の君の栄華をきはめむがためにして、さらに戒め・心得のための諷諭ふうゆにはあらず。すべて物語の戒めにはなりがたきこと、前にくはしくいへり。わきてこの物のまぎれにつきていはば、まづ源氏の君のしわざを教戒けうかいの心にて論ぜば、人倫の道にそむけることはいふにも及ばず。皇胤くゎういんを乱りたる大罪、わが国の大きなる罪人なれば、天も神もこれをとがめ給ひて、大きなる禍害くゎがいをかうぶるべき人なり。しかるにこの人、幸ひのみありてすこしもわざはひなく、身の栄えをきはめたること、右にいへるがごとく、天子と后と大臣とを子として尊号をかぶり、一生安楽に過ぎて、子孫まで栄え、天も神も仏もくみして、あめの下の人までなびきしたがひ、世にたぐひなき人なり。さればこの物語を見む人は、源氏のしわざを羨み、その栄華を望む心になるべし。ことにこの物のまぎれによりて尊号をかうぶり、わきて尊栄そんえいし給ひたれば、見む人いよいよそのしわざを学び羨みて、 かへりて女御・后に心をかくる人の出で来べきことわりならずや。
 さればこの事は君の御心得にはなることありとも、またかへりて女御・后に心をかくる人のべきことわりあれば、すえやくあらんことを欲してもとに損あるなり。これ、流れを清くせんとして水上みなかみを濁すといふものなり。またたきぎを抱きて火を救ふといへる古きたとひのごとし。紫式部、さやうのつたなき女にはあらず。
 薄雲の巻に云はく、
  恐ろしう罪深きかたは多くまさりけめど、いにしへの好きは、思ひやり少きほどのあやまちに仏神ほとけかみも許し給ひけむ云々。
これ、この密通のことをのちに源氏のおぼし召す心なり。源氏もかやうに罪許され給ひて、仏神のとがめもなかりしうへは、今とても若きほどの過ちは何か苦しからん、仏神も許し給ふべしと、読む人必ず思ふべきことなり。しかる時はこの事さらにいましめにはなりがたし。 戒めになりがたきことを知りながら、それを戒めのために書かむことは愚かならずや。されば紫式部が本意ほい、戒めのためにあらざること明らけし。 また戒めのためといふ説の牽強けんきゃうなること明らけし。

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