この記事では、
本居宣長:もののあはれ論(紫文要領)の
原文・現代語訳を掲載しています。
★大意の事 上
1.物語とは「もののあはれ」を知らせるもの
2.蛍の巻の物語論から紫式部の意図を読み取る
3.古来の注釈書は間違いが多い
4.『源氏物語』の善悪の基準は「もののあはれ」
5.女は「もののあはれ」を知った上でほどよい態度をとるべき
6.「もののあはれ」についての詳述
★大意の事 下
7.恋愛は「もののあはれ」が深い
8.「もののあはれ」と浮気っぽいのとは別物
9.『源氏物語』は教訓の物語ではない
10.光源氏と藤壺の密通を書いた紫式部の意図
11.人の真実の感情を知ることが「もののあはれ」を知ること ←この記事
身の栄華はもののあはれに関係がある
【現代語訳】
質問して言うことには、「善い人」とは、もののあはれを知る人のことを指す、と前に言っていて、「善いことばかりを選び出して」というのも、もののあはれを知ることとしている。けれども「身の繁栄も善い事のうちの一つなので、源氏の君の繁栄を徹底的に書いている」というのは、前後で矛盾している。繁栄はもののあはれとは関係ないはずのことである。どう思うか。
答えて言うことには、人の身の上には、心の善い悪い、行為の善い悪い、容貌の善い悪い、人格・身分の善い悪いがある。その他すべての事に、善い悪いは存在する。であれば、善いことばかりを選び出す時には、心も行為も容貌も人柄も身分もそれ以外も、すべて善いことを選び出すのである。これがつまり「善い人」である。その中でも、心と行為が人にとっては肝心なので、世間でも心と行為が善い人を「善い人」と言うのと同じで、物語でも心と行為が善い人を「善い人」とするのである。その心と行為が善いというのは、もののあはれを知っていることだ。行為も、もののあはれを知っている行為を善いとするのである。
そして、また容貌の良いのを見て、良いと思って心が動くのも、もののあはれを知っているということだ。人格・身分の良さに感動することもまた多い。『源氏物語』中に頻繁にその感動が書かれている。ただし、それは高貴な人にこびへつらうような親愛の情に欠けた気持ちではなくて、人格・身分に対して自然と、どうしようもなく、抑えられない感動もあるものである。空蝉の君が源氏にお逢い申し上げたのも、(源氏の)人格・身分に惹かれる気持ちを抑えられなかった気持ちが見える。「帚木」の巻の文章に、
無理にお気持ちを分からないふうを装って無視したのも、どんなにか身のほど知らぬ者のようにお思いになるだろう。
とある、この「ほど知らぬ」というのが、人格・身分を何とも思わないことである。であれば、人格・身分に自然と感動することは多い(ということになる)。例えば、高貴な人と見える人物が、ひどく苦労しているのを見るのと、身分の低い人が苦労しているのを見るのと、その苦労は同じことでも、見る人の気持ちは大きく違う。高貴な人が苦労しているのを見る方は、お気の毒にと思う気持ちが特に深い。これは、人格・身分に感動する自然な感情である。だから、人格・身分の高い人のことは、同じもののあはれでも深く感動するのだ。
ゆえに、総じて物語に善い事を集めて書いているのは、深く感動させるためである。『源氏物語』も、源氏の君の善い事を選んで集めて書いたのは、すべてもののあはれのためだ。心と行為は言うまでもなく、容貌を非常に美しいように書いたのも、人を感動させるためだ。人格・身分を最高のものとして、繁栄を素晴らしいように書いたのも、人を感動させるためだ。その「感動する」には、色々な感じ方がある。身分の高さに対して人が心から従うのも、感動である。尊敬し恐れるのも、感動である。うらやみ(自分もそうなりたいと)願うのも、感動である。物語を読む人の気持ちも同じで、善い事を読めば善いと感じ、悪い事を読めば悪いと感じて、すべての善い事・悪い事について事の本質を知り、物の本質を理解して、情緒を判別し、理解するのだ。だから、善い事・悪い事を強調して、様々に描写するのも、結局行き着くところは一つの趣旨に絞られて、(物語全体の意図としては)もののあはれを深く表現して、読者にもののあはれを理解させる以外のことはない。
【原文】
問ひて云はく、「よき人」とは物の哀れを知る人をいふ、と前にいひて、「よきことの限りを選り出で」といへるも物の哀れを知ることとせり。しかるゐに「栄華もよき事のうちなれば、源氏の君の栄華をきはめて書ける」といふは、前後相違せり。 栄華は物の哀れにかかはるまじきことなり。いかが。
答へて云はく、人の上には、心のよし悪し、しわざのよし悪し、かたちのよし悪し、品・位のよし悪しあるなり。その外すべての事にみなよし悪しあり。しかればよき事の限りを選り出づる時は、心もしわざもかたちも品・位もその外も、みなよきを選り出づるなり。これすなはち「よき人」なり。その中にも心としわざが人は肝要なれば、俗にも心としわざのよきをよき人といへるに同じく、物語にても心としわざのよきをよき人とするなり。その心としわざのよきといふは、物の哀れを知ることなり。しわざも物の哀れを知りたるしわざをよしとするなり。
さてまたかたちのよきを見てよしと思ひてそれに感ずるも、物の哀れを知るなり。品・位のよきに感ずることまた多し。巻々にその心見えたり。ただしそれは富貴の人にへつらひ追従する薄情とは別にして、品・位によりて自然とやむことを得ず、忍びがたき方もあるものなり。空蝉の君の源氏に逢ひ奉りしも、品・位に忍びぬ方もありし心ばへ見えたり。かの巻の詞に、
しひて思ひ知らぬ顔に見消つも、いかにほど知らぬやうに思すらん。
とある、この「ほど知らぬ」といへるが品・位を何とも思はぬことなり。されば品・位におのづから感ずること多し。たとへばやむごとなき上﨟と見ゆる人のいたく難儀にあるを見ると、賤しき人の難儀にあへるを見ると、その難儀は同じことにても、見る人の心大きに変りて、上﨟の難儀にあへるを見る方はいたはしう思ふ心ことに深し。これ品・位に感ずる自然の人情なり。されば品・位高き人の上にては、同じ物の哀れも深く感ずるなり。
ゆゑにすべて物語によき事を取り集めて書けるは、深く感ぜしめむためなり。今この物語も源氏の君によき事を選り集めて書けるは、みな物の哀れのためなり。心としわざはさらにもいはず、かたちをすぐれてめでたきさまに書けるも、人に感ぜさせんためなり。品・位をきはめて栄華をいみじく書けるも、人に感ぜさせんためなり。その感ずるには様々の感じやうあり。 その尊貴栄華によりて人のなびきしたがふも、感ずるなり。敬ひおそるるも、感ずるなり。羨み願ふも、感ずるなり。物語を見る人の心もまた同じく、よきを見てはよきに感じ、悪しきを見ては悪しきに感じて、すべてよし悪し万の事につけて事の心を知り、物の心を知りて、哀れをわきまへ知るゆゑに、よき事悪しき事を強くいへるなれば、といふもかくいふも畢竟落ち着くところ一致に当りて、物の哀れを深く書きて、読む人に物の哀れを知らするより外のことなし。
仏道には、もののあはれの深い面がある
【現代語訳】
質問して言うことには、源氏の君をはじめとしてそれ以外の登場人物も、この世を嫌い、来世の幸福を願う気持ちが強く、何かにつけて出家しようという思いを抱き、また女も、尼になり来世のための勤行をなさる人が多く、仏教の儀式を尊いこととして書いた箇所が多い。であれば、作者の意図としては、読者を仏道に入らせようというためなのであろうか。
答えて言うことには、儒学者は、『源氏物語』に仏道を尊いこととして言った箇所が多いのを見て、僧侶の物の考え方だといって嫌い、また僧侶はこの物語によって(人を)自分たちの学ぶ仏道に誘い込もうとする。これは、両方とも偏った見解である。だいたい『源氏物語』は、この世の風習・人情をありのままに書いて、もののあはれを伝えるものなので、決して人の感情に背いたことを書かず、人の感情に背いたことを悪いこととしている。仏道は、深く人の心を感動させるものなので、賢い人も愚かな人も、心を惹かれるものだ。特に我が国では昔から、辛いことがあった時は必ず僧侶の姿になって、仏道に入ることは、世間一般の風習であり、人情である。
であるから、仏道については、もののあはれが深いことが多い。ゆえに、(『源氏物語』は)仏道のことを多く書いているのだ。これは、時代や身分によって変わることがなく、一様にこのような風習・人情なので、紫式部は自分の主張を打ち出したために仏道に偏っているのではないと理解しなければならない。もし、このような風習・人情に背いて、自分の主張によってのみ仏道を悪く言い、もしくは仏道にひたすらに誘い込もうとするならば、一方に偏っていることだから、気に入らないことである。紫式部は、決してそうではないだろう。
【原文】
問ひて云はく、源氏の君を始めその外の人々も、この世を厭い後の世を願ふ心ざし深く、ともすれば遁世せむことを心にかけ、また女にても、尼になり後世の勤めをし給ふも多く、また仏事をいみじく書ける所々多し。されば作者の本意、人をして仏道におもむかしめんためなるべきか。
答へて云はく、儒者はこの物語に仏の道のことをいみじくいへる所々多きを見て、仏者の見識なりとてこれを憎み、また仏者はこれをもておのが道へ引き入れんとするなり。これ、ともに偏見なり。おほよそこの物語は、世の風儀人情をありのままに書きて、物の哀れを知らしむるものなれば、かりにも人情に違へることを書かず、
人情に違へることをば悪しきこととせり。仏の道は深く人情を感動せしむるものにて、智者も愚者もこの道には心を傾くるものなり。ことにわが国は古へより、世の憂きことあるときは必ず形をやつし、この道に入ること、世間普通の風儀人情なり。
さるからこの道につきては物の哀れ深きこと多し。このゆゑに仏道のこと多く書けるなり。これ、古今貴賤変ることなく一同にかくのごとくなるが風儀人情なれば、紫式部はおのが見識を立ててかたよれるにはあらずと知るべし。もしかくのごとき風儀人情にそむきて、おのが見識にまかせて仏道を悪しくいひ、または仏道へ一偏に引き入れんとしなどせば、一偏にかたよれるなれば、憎かるべきことなり。紫式部は必ず然らじ。
人情の真実は未練であり愚かなものである
【現代語訳】
質問して言うことには、源氏の君をはじめとしてそれ以外の高貴な登場人物も、みなその性格は女・子どものようで、何ごとにも心が弱く未練がましくて、男らしくきっぱりとした面がなく、ただ何となく頼りなく締まりがなく、愚かしいことが多い。どうしてそれを良いこととするのか。
答えて言うことには、だいたい人の心の真実というのもは、女・子どものように未練がましく、愚かしいものである。男らしくきっぱりとして賢いのは、真実の心ではない。それは表面的にとりつくろったものだ。真実の心の底を探ってみれば、どんなに賢い人でもみな女・子どもと違うところはない。それを恥ずかしく思って隠すか隠さないかの違いだけである。中国の書物は、その表面的にとりつくろって努力した心情をひたすら書いて、本当の心情を書くことに関してはとてもいい加減である。だから、ちょっと見る分には賢く感じられるけれど、それは全て表面的にとりつくろったもので、本当のことではない。その表面的にとりつくろった心情ばかり書いた(中国の)本を読み慣れて、その目で見るから、そのように(『源氏物語』の登場人物はみな未練がましく、愚かだと)思われるのだ。
我が国の和歌・物語は、人間の真実の心の底をはっきりと書き表して、もののあはれを示したものである。人の感情の繊細なところを余すところなく詳細に表現することは、和歌・物語に及ぶものはない。その中にも、『源氏物語』は際立って繊細であり、曇りのない鏡をかかげて姿を照らして見るように、人の感情の詳細なところを書き表している。だから、女・子どものように頼りなく未練がましく愚かしいことが多い。特に身分の高い人は、もののあはれを知っているがために、よりいっそう感情が深くて、抑えられないことが多いから、ますます心が弱く愚かしく聞こえることが多いと理解しなければならない。
中国の書物は、例えば、紅と白粉で化粧をし、髪型を整えて、鏡に映したようなものだ。見た感じはきちんとしているけれど、それは一時的にとりつくろったもので、本当の容貌は露見していない。また、武士が戦場においていさぎよく戦死したことを物語として書く時に、その(表面的な)行為を書くと確かに勇者のように聞こえて立派であろう。(しかし)その時の本当の心の中を、とりつくろわず、真実のままに書くならば、故郷の父母のことが恋しいはずだし、妻子にももう一度会いたいと思うはずだ。自分の命も少しは惜しく思うはずだ。これらは全て人の感情として決して逃れられないことで、誰にでもそういう感情が起こるものである。その感情を持っていないのは、岩や木にも劣った存在である。そういった感情をありのままに書き表すと、女・子どものように未練がましく愚かしいことが多いのだ。中国の書物は、真実の、ありのままの感情を隠して、とりつくろってきちんと整えたところを述べるから、君主のために、国のために、命を捨てるなどといったことばかりを書いているのである。
【原文】
問ひて云はく、源氏の君を始めとしてその外のよき人とても、みなその心ばへ女童のごとくにて、何事にも心弱く未練にして、男らしくきつとしたることはなく、ただ物はかなくしどけなく愚かなること多し。いかでかそれをよしとはするや。
答へて云はく、大方人の実の情といふものは、女童のごとく未練に愚かなるものなり。男らしくきつとして賢きは、実の情にはあらず。それはうはべをつくろひ飾りたるものなり。実の心の底をさぐりてみれば、いかほど賢き人もみな女童に変ることなし。それを恥ぢてつつむとつつまぬとの違ひめばかりなり。唐の書籍はそのうはべのつくろひ飾りて努めたるところをもはら書きて、実の情を書けることはいとおろそかなり。 ゆゑにうち見るには賢く聞ゆれども、それはみなうはべのつくろひにて実のことにあらず。そのうはべのつくろひたるところばかり書ける書を見なれて、その眼をもて見るゆゑに、さやうに思はるるなり。
ここの歌・物語は、人の実の心の底をあらはに書きあらはして、 物の哀れを見せたるものなり。 人情のこまやかなるところをくまなくくはしく書きあらはせること、歌・物語にしくはなし。その中にもこの物語はすぐれてこまやかにして、明鏡をかけて形を照らし見るがごとくに人情のくはしきところを書きあらはせり。ゆゑに女童のごとくはかなく未練に愚かなること多し。 ことによき人は物の哀れを知るゆゑにいとど人情は深くして、忍びがたきこと多きゆゑに、いよいよ心弱く愚かに聞ゆること多しと知るべし。
唐の書は、たとへば紅粉をよそほひ髪かたちをつくろうて、鏡にうつせるがごとし。見るところはうるはしけれども、それは仮のつくろひにて、実の美醜はあらはれがたし。また武士の戦場におきていさぎよく討死したることを物に書く時、そのしわざを書きてはいかにも勇者と聞えていみじかるべし。その時の実の心のうちを、つくろはずありのままに書く時は、故里の父母も恋しかるべし、妻子もいま一度見まほしく思ふべし。命もすこしは惜しかるべし。これみな人情の必ずまぬかれぬところなれば、誰とてもその情は起るべし。その情のなきは岩木に劣れり。それをありのままに書きあらはす時は、女童のごとく未練に愚かなるところ多きなり。唐の書はその実のありのままの情を隠して、つくろひ嗜みたるところをいへば、君のため国のために命を棄つるなどやうのことばかりを書けるものなり。
人の真実の感情を知ることが「もののあはれを知る」ことだ
【現代語訳】
総じて人の感情の、真実のありのままとは、非常に愚かなものだ。それを努力して修正し、とりつくろって賢そうにするのは、感情をごまかしているわけで、本来の感情ではない。(ところが)儒教・仏教の教えは、人の感情の中の善いところを育てて発展させて、悪いところは抑えて注意して善いように修正しようとするものだ。そして、その教えによって悪い感情も治って良い感情に変化することがある。和歌・物語は、(儒教・仏教とは違って)その善悪・正、不正・賢愚を区別せず、ただ自然に思った本当の感情を繊細に書き表して、人の感情とはこのようなものだということを見せたものである。それを見て人の本当の感情を知ることを、「もののあはれを知る」というのだ。
【原文】
すべて人の情の自然の実のありのままなるところは、はなはだ愚かなるものなり。それをつとめて直し、飾りつくろひて賢こげにするところは、情を飾れるものにて、本然の情にはあらず。儒仏の教へは、人の情の中に善なるところを育て長ぜしめて、悪なるところをば押へ戒めて善に直さんとするものなり。さてその教へによりて、悪なる情も直りて善に化することあるなり。歌・物語は、その善悪・邪正・賢愚をば選ばず、ただ自然と思ふところの実の情をこまかに書きあらはして、人の情はかくのごときものぞといふことを見せたる物なり。それを見て人の実の情を知るを、「物の哀れを知る」といふなり。
物語中の迷信は当時の習俗・人情である
【現代語訳】
(質問して言うことには、)仏や神の利益がはっきりしていることを書き、宿曜占星術師・人相見などのことを効果があって無駄ではないことのようにいい、また夢のお告げを信じて(夢占いを)政治に役立てるなどということなど、愚かしく劣っていることが多い。どうしてこうした(迷信を信じる)事を大げさに書いているのか。
答えて言うことには、これらのことを愚かで劣っている事というのは、儒者の考え方である。何度も言ってきたように、『源氏物語』を読む時には、このような学問めいた道理は非常に避けるべきことである。あれやこれやと賢そうな論評をばっさりと切り捨てて、ひたすらこの世の風習・人情を第一として読まねばならない。これらの事(信仰や占い)はすべてこの世の風習・人情である。
【原文】
仏神の利生のあらたなることを書き、宿曜師・相人などのことを、験ありて空しからぬことにいひ、また夢を信じて国をたすくるなどいへる事ども、愚かにつたなきこと多し。何とてかかる事どもをいみじく書けるや。
答へて云はく、これらを愚かにつたなき事といふは、儒者の見識なり。しばしばいへるごとく、この物語を見るに、かやうの道々しき理屈を大きに忌むことなり。とにかくに賢こげなる議論をさらりとうち棄てて、ただ世の風儀人情を旨として見るべし。これらの事みな世の風儀人情なり。
加持祈祷も風習・人情である
【現代語訳】
質問して言うことには、病気になったと言えば加持祈禱のみをして、死ぬ間際の時までもひたすら法師のみをあてにして、医療を利用し、薬を使うことが一度もない。愚かしいことではないか。
答えて言うことには、病気になったといえば、物の怪の仕業だと言い、そうでなくてもひたすら加持祈禱ばかりすることは、これもまた、その当時の風習・人情である。当時だけではなく、今でもまた、神仏の力を頼ることは、世間的に普通のことだ。我が国だけではなく、外国でもまた同じである。それなのに、人情・風習を無視して、愚かだと非難するのは、これもまた儒者の道理であって、物語を読む時には非常に避けるべきことである。
【原文】
問ひて云はく、病といへば加持祈禱をのみして、今はの時までもひたすら僧法師をのみ頼みて、医療を加へ薬を用ゆることかつてなし。愚かなることならずや。
答へて云はく、病といへば物の怪といひ、さならでもひたすら加持祈禱をのみすること、これまたその頃の風儀人情なり。その頃のみにもあらず、今とてもまた神仏の力を仰ぐこと、世の常なり。わが国のみにもあらず、人の国もまた然り。しかるを人情風儀を棄てて、愚かなりと難ずるは、これまた儒者の理屈にして、大きに物語読むには忌むことなり。
薬を飲むことは風流ではない
【現代語訳】
また、医薬のことが物語中に出てこないのを見て、昔は薬を使わなかったのかと思うのは、古代の事情に無知である。我が国の古代において、医薬のことは様々な書物に見られ、『源氏物語』の時代も医薬を使用したことは言うまでもないことだ。「若菜」の巻に「医師などのような様子をして(以下略)」、「宿木」の巻に、「医師と同じように伺候する」などと言っているのを見て、医薬を使用したことを理解しなければならない。であれば、どうして医師のことを書かずに修験者のことばかりを書いたのかというと、神仏の利益にすがり修験者の力をあてにするのは、何となく頼りなく感情のしみじみとした方面で、風流に聞こえるからだ。医者をあてにして薬を飲むことは、少し理性が働いていて、情緒的ではなく、風流に聞こえない傾向にある。だから、医師のことを書かず、薬のことを書かない。「帚木」の巻の雨夜の品定めに、暑気払いの煎じ薬を飲んだ女を、非常に情緒を解さないもののように批判してあることをもって、それ以外の薬もこれに準じて優美さや趣き深さがないことを理解しなければならない。
紫式部は、このようなところによく注意している。薬のことを「薬」とはいわず、「御湯」といっている。「薬」というと下品に聞こえるからだ。「柏木」の巻で、衛門の督(柏木)が病気で臥せっているところで、「御湯を召し上がり、食べ物も召し上がりなさい。(仏道修行は)尊い事ではあるが、お身体が弱くては、勤行もおできになりましょうか」と言っているのは、明らかに薬のことと思える。湯を飲んだとて、病気を治すことにはならないはずだ。また、人が病気になることを「薬の事」といっている。「明石」の巻・「若菜」の巻などに見える。「薬を飲む」というと、下品に聞こえ、「薬の事」というのは、言葉として定着していて下品に聞こえないはずだ。
このような事は、その時代の習慣や言葉遣いを知らないでは、詳しいことは言えないけれど、よくよく注意して読むと、その趣きは自然にわかるものだ。現代人の感覚では、薬の何が下品なのだ、それを飲むのが何で下品なのだと思うだろうけれど、時代によってこういうことは違うものである。たとえば、「頭つき」「面つき」などという言葉が、物語には多い。高貴な人のことにもいっている。現代では非常に下品な言葉であるけれども、昔はそうではなかったから書いているのだ。これらのことで、時代によって違うと理解しなければならない。また、薬を飲むことが下品であるならば、どうして高貴な人は飲んだのかと問う人もいるけれど、これも理詰めな物の考え方だ。病気を治そうとして薬を飲むのも、人情・風習である。また、それ(薬を飲むこと)をはっきり言うのを下品だと感じるのも、人情・風習である。例えば現代でも、はっきりとその名を言うと下品に聞こえることは、言葉を変えて言う事例は多い。よく言うところの女房言葉の例を、考え合わせるとよい。
※1 宣長の勘違い。この引用文は、柏木のシーンではない。産後、衰弱した女三の宮が出家したいと言い出したのを、源氏がなだめる部分である。
【原文】
また医薬の沙汰なきを見て、昔は薬をも用いざりしかと思ふは、古へに暗きことなり。わが国の古へ、医薬のこと諸書に見え、またこの物語の頃とても医薬を用いたることはいふに及ばぬことなり。若菜の巻に、「医師などやうの様して云々」、宿木の巻に、「医師の列にてもさぶらはむ」などいへるを見て、医を用いたることを知るべし。しからば何とて医師のことは書かずして験者のことばかりを書けるぞといふに、神仏の利生を仰ぎ験者の力を頼むは、ものはかなく人情のあはれなる方にて風流に聞え、医者を頼みて薬を服することは、すこし賢しだちて人情あはれならず、風雅に聞えぬ方あり。よりて医師の事を書かず、薬の事を書かず。帚木の品定めに、極熱の草薬を服したる女をいみじう心なきことにいひ落したるをもて、その余の薬もこれになぞらへてやさしく哀れならざること知るべし。
紫式部はかやうのところによく心をつけたり。薬をば「薬」とはいはず「御湯」といへり。これ「薬」といふは賤しく聞ゆるゆゑなり。柏木の巻に、衛門の督の病中のところにいはく、「御湯参り、物などをも聞し召せ。尊きことなりとも、御身弱うては行ひもし給ひてむや」といへる、またく薬のことと見えたり。湯を飲みたりとて身の養生にはなるまじきなり。また人の患ひを「薬の事」といへり。明石の巻・若菜の巻などに見えたり。「薬をのむ」といへば賤しく聞え、「薬の事」といふやうなるは、 いひなれて賤しくも聞えぬなるべし。
かやうの事はその時のならはせ・詞遣ひを知らではくはしきことはいひがたけれど、よくよく心をつけて読む時は、その味ひ自然に知るるものなり。今の世の心にては、薬といふが何の賤しきことあらん、それを飲むが何の賤しきことあらんと思ふべけれど、時代によりてかやうのことは変るものなり。たとへば「頭つき」「面つき」
などいふこと、物語に多し。貴人のことにもいへり。今の世にははなはだ賤しき詞なれども、昔はさはなかりしゆゑに書けるなり。これらにて、時代によりて変ること知るべし。また薬飲むが賤しきことならば、何とて貴人は飲めるぞといふ人あるべけれど、これも理屈なり。病を癒さむとて薬飲むも人情風儀なり。またそれをあらはにいふことを賤しむも人情風儀なり。たとへば今の世にも、あらはにその名をいひては賤しく聞ゆることは、詞を変へていふたぐひ多し。いはゆる御所詞のたぐひ、思ひ合すべし。
風俗は時代によって異なる
【現代語訳】
質問して言うことには、男女間の秘密の恋愛は言うまでもなく、親たちが判断して結婚させることも、風習が乱れているように見える。総じて昔はそのように乱れていたのか。
答えて言うことには、これは昔の風習と今の風習が違うから、今の風習を基準として見ることによって乱れているように聞こえるのだ。中国は中国の風習、我が国は我が国の風習、昔は昔の風習、今は今の風習があるから、一概に言うことはできない。どれが良いとも、どれが悪いとも断定的には言いにくいことだ。それなのに、儒者は中国の風習を良いこととして、この風習を非難し、今の人は今の風習に慣れて昔の風習を不審がる。これはすべて偏った考え方である。
和歌・物語は、どれもその時代の風習をよくよく理解して、その時代の人の気持ちになって読まねばならないのだ。昔は男女が対面する時には、親しくない人に対しては御簾を隔てて、几帳を隔てて会った。兄弟であっても、多くの場合は几帳を隔てて、はっきりと顔を見せない。声を聞かせるのでさえ、親しくない人には慎重にした。これらの風習は、現代よりも(男女の)区切りが厳格なところがある。であれば、一概に風習が乱れているとは言いにくい。何事もその時代の習慣によるものである。人の心は、時代や身分による違いがないといっても、その時代、その場所の、風習と立場によって異なることもあるものだ。だから、物語は、その時代の風習やその人の立場をよく理解して、その人の気持ちになって見なければ、おかしいところもあり、また一応は理解できても深い意味が分からないところもある。ゆえに、その時代の風習、その人の立場をよくよく理解して、その人の気持ちになって物語を読むときは、よりいっそうもののあはれも深く感じられるのだ。
【原文】
問ひて云はく、男女の間、私の懸想はいふに及ばず、親々の心もて合はする婚姻のこともみだりがはしく見ゆ。すべて昔はさやうにみだりなりしや。
答へて云はく、これは昔の風儀と今の風儀と変るゆゑに、今の風儀をもて手本として見るゆゑにみだりがはしく聞ゆるなり。 唐は唐の風儀、わが国はわが国の風儀、昔は昔の風儀、今は今の風儀あれば、一偏にはいひがたし。いづれが是とも、いづれが非とも、きはめてはいひがたきことなり。しかるを儒者は唐の風儀を是としてここの風儀をそしり、今の人は今の風儀になれて昔の風儀を怪しむ。 これみな偏見なり。
歌・物語は、いづれもその時の風儀をよくよく心得て、その時の人の心になりて見るべきことなり。昔は男女対面するに、うとき人は簾をへだて、几帳をへだてて会へり。兄弟とても多くは几帳をへだてて、あらはに顔をば見せず。声を聞かするをさへ、うとき人には慎ましくせり。これらは今よりもへだての厳なるところあり。さ
れば一偏にみだりがはしき風儀とはいひがたし。何事もその時代のならはせによるべし。 人情は古今貴賤のへだてなしといへども、その時処の風儀と境界とにつれて変ることもあるものなれば、物語は、その時の風儀、その人の境界をよく心得て、その人の心になりて見ざれば、怪しきこともあり、またひとわたり聞えても深き意味の知れぬこともあれば、物語を読むには、その時の風儀、その人の境界をよくよく心得て、その人の心になりて見る時は、いまひときは物の哀れも深きものなり。
源氏物語には中流以上の人の有様が書かれている
【現代語訳】
質問して言うことには、世の中のある全ての事を書くというのならば、身分の低い一般大衆の事も詳しく書かなければならいのに、ひたすら高貴な人の事ばかり書いて、身分の低い人の事はそれほど見えないのは、どういうことか。
答えて言うことには、紫式部は中宮彰子に仕えており、日常的に見慣れて、聞き慣れて、交流する人も(高貴であり)、その(語らう)事柄も、すべて高貴な人のことばかりである。また、紫式部自身の身分も、(中流貴族の受領層出身であるから)すごく低い身分というわけではない。であれば、日常的に見る事、聞く事、思う事、すべてが中流以上の事であり、庶民的な事には関与しない。また作った物語も中流以上の人が読むはずのものであって、一般庶民が読むものではない。だから、(一般庶民にとっては)日常的に見る事、聞く事、思う事の方面ではないので、感動は薄い。すべての事、自分の身に当てはめて見る時に、特にもののあはれが深いものである。であれば、物語は身分の高い人の読むものだから、高貴な事ばかりを書いているのは、感動しやすくするためである。例えば、外国の事を書くよりは、我が国の事をを書く方が、聞いていて親しみやすく、昔の事を書くよりは、今の事を書くほうが親しみやすいように、いつも見たり聞いたり触ったりしているものは、感動がこの上なく深い。『源氏物語』のみならず、物語はすべて同じことである。
だいたい昔は、和歌・物語などを愛好することは、中流以上の趣味であって、庶民などがこのような事に関わることは全くない。であれば、(『源氏物語』は)庶民などがけっして見るものではなかったのである。しかし、次第に世の中に文化が普及して、最近では身分の低い者までこのような物語などを読むようになった。そして、現代の感じ方をもって(『源氏物語』を)読むから、庶民の事を書かないのを不審に思うのだ。その時代の風習を知らないからである。あの筑紫の監が無骨だった様子や、浮舟の君の継父の常陸守が荒々しく田舎びていたことなどを思うと、ましてそれより低い身分の人間にどうして見どころがあるだろうか(いや、ない)。「須磨」の巻で、漁師たちが、自分の身の上を辛く思って、(源氏に)申し上げている。それをお聞きになった源氏の君の気持ちとして「とりとめもなくしゃべり続けるのも、心労は同じことだとしみじみとご覧になる」と書かれているのをもって、(紫式部の関心から)庶民の事は非常にかけ離れていると理解しなければならない。同じ人間とも思えないほど、変わったものを書くような書き方である。
【原文】
問ひて云はく、世の中にありとある事を書くとならば、下々の賤しき者のうへをもくはしく書くべきことなるに、ただ上々の事のみもはら書きて、下の事はさのみ見えざるはいかなるゆゑぞや。
答へて云はく、紫式部は中宮に宮仕へして、常に見なれ聞きなれ交らふ人もその事も、みな上々の人のうへのみなり。またみづからの身の上もいたりて下賤の分にはあらず。されば常に見る事、聞く事、思ふ事、ことごとく中以上の事にして、下賤の事にあづからず。 また作るところの物語も中以上の人の見るべき物にして、下賤の者の見る物にあらず。さればその常に見る事、聞く事、思ふ事の筋にあらざれば、感ずること薄し。万の事、わが身に引き当てて見る時は、ことに物の哀れ深きものなり。されば物語は上々の人の見るものなれば、上々の事をもはら書きて、心に感じやすからしめむためなり。たとへば人の国の事をいふよりはわが国の事をいふは、聞くに耳近く、昔の事をいふよりは今の事をいふは、聞くに耳近きがごとく、常に目に近く耳に近く触るる事の筋は感ずることこよなし。この物語のみにもあらず、すべての物語みな同じことなり。
大方昔は歌・物語などもてあそぶことは中以上のことにて、下民などのかやうの事にたづさはることさらになし。されば下々の民などのかけても見る物にてはなかりしなり。しかるに次第に世の中文華になりて、近頃に至りては下が下までかやうの物語など見るやうにはなれるなり。さて今の世のその心をもて見るゆゑに、下々の事を書かぬを怪しく思ふも、その時の風儀を知らぬゆゑなり。かの筑紫の監がむくつけかりし有様、また浮舟の君の継父の常陸守があららかに田舎びたりしことなどを思へば、ましてそれより下にはいかでかは見所あることのあらん。須磨の巻に、海士どもの身の上の事を憂へ申すを聞き給ひて、源氏の君の心に、「そこはかとなくさへづるも、心の行方は同じことなるかなと哀れに見給ふ」とあるをもて、下々の事のはるかに遠きを知るべし。同じ人類とも見えぬまで変りたる書きざまなり。










