この記事では、
本居宣長:もののあはれ論(紫文要領)の
原文・現代語訳を掲載しています。
★大意の事 上
1.物語とは「もののあはれ」を知らせるもの
2.蛍の巻の物語論から紫式部の意図を読み取る
3.古来の注釈書は間違いが多い
4.『源氏物語』の善悪の基準は「もののあはれ」 ←この記事
5.女は「もののあはれ」を知った上でほどよい態度をとるべき
6.「もののあはれ」についての詳述
★大意の事 下
7.恋愛は「もののあはれ」が深い
8.「もののあはれ」と浮気っぽいのとは別物
9.『源氏物語』は教訓の物語ではない
10.光源氏と藤壺の密通を書いた紫式部の意図
11.人の真実の感情を知ることが「もののあはれ」を知ること
歌・物語における善悪と外国の書における善悪とは異なる
【現代語訳】
前に抜粋して引用した(「蛍」の巻の)文章の中で、「善いことも悪いことも、この世に生きている人のことで」といい、「善いように言おうとするあまりに、善いことばかりを選び出して、読者におもねろうとしては、悪い行状の」といい、終わりには「善人と悪人」といっている。これらの「善い」と「悪い」とは、普通の道徳が語られた書物に「善人・悪人」、「立派な人・普通の人」というのとは違う。「善い」「悪い」が指し示すものは、(本の内容によって)変化するからである。指し示すことが変わるとは、普通の書物で悪いとする事が、和歌・物語では良いとされる場合があり、和歌・物語で悪いとする事が、普通の書物では良いとされる場合もある、ということだ。だから、(『源氏物語』で)善い人・悪い人というのも、普通の書物で言う善い人・悪い人とは定義の仕方が違っているのである。
総じて善い悪いというものは、その分野ごとに異なっていて、また時によって、所によって、事柄によっても異なるものである。仏教において善いとする事も、儒教では悪いとされ、儒教において善いとする事も、仏教では悪いとされることもあるように、善い悪いは変化することがある。和歌・物語は、儒教や仏教のように、迷いから離れて悟りに入る教えではなく、身の行いを正し、家庭を整え、国家を統治する教えでもないけれど、自然と和歌・物語の世界の中で、独自の善悪の基準があるのである。
ところで、その和歌・物語の中で言う善い・悪いとは、どういう意味かというと、普通の儒教・仏教において言われる善い・悪いと比べて特別に違いがあるというわけではないが、自然と異なっているところもある。まず儒教・仏教は、人を教え導く宗教であり、人間の感情を無視して厳しく戒める場合もある。感情のままに行動することを悪とし、感情を抑制して努力することを善とすることが多いのだ。物語はそのような教え戒める書物ではないので、儒教・仏教で言う善悪とは関係がない。(物語にとっての)善い悪いとは、ただ人間の感情に合致するかしないかの差なのである。その人間の感情の中には、儒教・仏教の教えが適合しないことがあるので、儒教・仏教が言っている善悪と異なるのである。このようにいうと、(物語は)善悪と関係がなく感情に従うのを良いこととして、読者にもそのように教えるのかと思う人がいるだろうけれど、そうではない。先に述べた通り、訓戒が目的ではないので、読者にそれ(感情に従うこと)を教えるというわけではない。訓戒という考え方から離れて考えなければならない。
【原文】
前に抄出するところの文段の中に、「よきも悪しきも、世にふる人の」といひ、「よきさまにいふとては、よきことの限りを選り出で、人にしたがはむとては、悪しきさまの」といひ、終りに「人のよき悪しき」といへる、これらの「よき」と「悪しき」とは、尋常の書籍に「善人悪人」、「君子小人」といへるとは異なり。「よし」「悪し」の指すところ、変りあるゆゑなり。指すところ変りあるとは、尋常の書に悪ししとする事の、歌・物語にてはよしとする事あり、歌・物語にて悪ししとする事の、尋常の書にてはよしとする事もあるなり。ゆゑによき人悪しき人といへるも、尋常の書にいふよき人悪しき人とは定むるところ異なるなり。
すべてよし悪しといふものは、その道その道によりて変り、また時にふれ所にしたがひ、事によりても変りあるなり。仏の道にてよしとする事も、儒家にては悪ししとし、儒道にてよしとする事も、仏家にて悪ししとすることもあるやうに、よし悪し変ることあり。歌・物語は、儒仏の道のやうに、惑ひを離れて悟りに入る道にもあらず、身を修め、家を斉へ、国を治むる道にもあらねど、おのづからその中につきてもまた一様のよし悪しあるなり。
さてその歌・物語の中にていふよし悪しとはいかなる事ぞといふに、かの尋常の儒仏の道にていふよし悪しと格別の違ひあるにもあらねども、おのづから変るところあるは、まづ儒仏は人を教へみちびく道なれば、人情に違ひてきびしく戒むることもまじりて、人の情のままに行なふことをば悪とし、情をおさへてつとむることを善とすること多し。物語はさやうの教戒の書にあらねば、儒仏にいふ善悪はあづからぬことにて、ただよし悪しとするところは、人情にかなふとかなはぬとの分ちなり。その人情の中にはかの儒仏の道にかなはぬ事あるゆゑに、儒仏の道にいふよし悪しと変るなり。 かやうにいはば、ただ善悪にかかはらず人情にしたがふをよしとして、人にもさやうに教ふるかと思ふ人あるべけれど、さにはあらず。右にいふごとく教戒の道にあらざるゆゑに、人にそれを教ふるといふことにはあらず。教戒の心を離れて見るべし。
もののあはれを知ることが物語における善
【現代語訳】
感情に従うといっても、自分の思うがままに行動するというわけではない。ただ人間の感情のありのままを書き記して、読む人に人間の心とはこのようなものなのだということを知らせるのである。これが、「もののあはれを知らせる」ということだ。そして、人間の感情の有様を読んで、その感情に従うことを良いこととするのが、「もののあはれを知る」ということである。人の可哀想な様子を見て、可哀想だと思い、人が喜ぶのを聞いて、ともに喜ぶ。これは、つまりは他人の感情に同調しているということであり、もののあはれを知るということだ。人の感情に同調せず、もののあはれを知らない人は、他人が悲しんでいるのを見ても何とも思わず、他人が嘆いているのを聞いても何とも思わないものである。(物語は)このような人を悪いとし、もののあはれを知っている人を善いとするのである。たとえば、物語の作中で非常に心を動かす事があった場合に、(登場人物で)その場に居合わせた人が見たり聞いたりして、一人はその出来事に同情してしみじみと感動して、もう一人は何とも思わないでいたとする。その感動した人が、感情に同調してもののあはれを知っている人である。これを善い人とする。何とも思わない人が感情に同調しない悪い人である。
であれば、物語を今読む人も、可哀想な事を読んで可哀想と思うのは、他人の感情に同調する人である。何とも思わないのは、もののあはれを知らない人である。ここにおいて、あの物語の中の一人(=もののあはれを知る人)を(その物語の中で)善い人といい、もののあはれを知らないもう一人を悪い人とするのを読んで、今(物語を)読む人でもののあはれを知らない人も、自分の誤りに気付いて、自然ともののあはれを知るようになるのだ。つまり、物語はもののあはれを書き記して、読者にもののあはれを知らせるものなのである。だから、物語は訓戒のための書物ではないけれど、あえて訓戒と言うならば、儒教・仏教がいうところの訓戒ではなくて、もののあはれを知りなさいと教える訓戒といわねばらない。
【原文】
人情にしたがふとて、己が思ふままに行なふとにはあらず。ただ人情のありのままを書き記して、見る人に人の情はかくのごときものぞといふことを知らするなり。これ、物の哀れを知らするなり。さてその人の情のやうを見て、それにしたがふをよしとす。これ、「物の哀れを知る」といふものなり。人の哀れなることを見ては哀れと思ひ、人の喜ぶを聞きてはともに喜ぶ、これすなはち人情にかなふなり、物の哀れを知るなり。人情にかなはず、物の哀れを知らぬ人は、人の悲しみを見ても何とも思はず、人の憂へを聞きても何とも思はぬものなり。かやうの人を悪ししとし、かの物の哀れを見知る人をよしとするなり。たとへば物語の中にいたりてあはれなる事のあらんに、かたはらなる人これを見聞きて、一人はそれに感じてあはれに思ひ、一人は何とも思はずあらん。その感じて哀れがる人が、人情にかなひて物の哀れを知る人なり。これをよき人とす。 何とも思はぬ人が、人情にかなはず悪しき人なり。
さればその物語を今読む人も、その哀れなる事を見て哀れと思ふは、人情にかなふ人なり。何とも思はぬは、物の哀れを知らぬ人なり。ここにおきてかの物語の中の一人、物の哀れを知る人をよしといひ、物の哀れを知らぬ一人を悪ししとするを見て、かの読む人の物の哀れ知らぬも、己が悪しきを知りて、自然と物の哀れを知るやうになるなり。これすなはち、物語は物の哀れを書き記して、読む人に物の哀れを知らするといふものなり。されば物語は教戒の書にはあらねども、しひて教戒といはば、儒仏のいはゆる教戒にはあらで、物の哀れを知れと教ふる教戒といふべし。
人生全般にもののあはれはある
【現代語訳】
質問して言うことには、それならば物語は、単にもののあはれを書き記すのが目的ならば、その他のことは役に立たないということになる。なのに、(物語は)四季折々の風景を書いたり、人の容姿や衣服のことを大切なことのように言ったり、滑稽なことも書いたりしている、これはどういうことか。
答えて言うことには、四季折々の風物は、特別にもののあはれを感じるものである。これは言うまでもない。また、人の容姿や衣服から感じられることは、帚木の巻に言うように「(源氏は)鬼神さえも手荒なことはできないような(美しい)ご様子なので」、浮舟の巻に言うように「恐ろしい敵を鬼の姿にしたような非情のものでも、いいかげんには見捨てることのできない(匂宮の美しい)ご様子である」といっているようなものだ。人の容姿・様子の良い・悪い、衣服の良い・悪いから感じられることは、論述するまでもなく明白である。末摘花の君の衣装が趣味の悪いものだったことなどを考え合わせるとよい。また、良い・悪いというのは、人の容姿・様子、衣服、家財道具、住居、全てのものに存在する。ありふれた容器であっても、上手に作ってあるのを見て良いと思うのは、つまり、もののあはれを知っている一面である。全てのことは、このようなものだ。また、滑稽な事や悪い事を(物語が)書いているのは、悪い事を読んで悪いと知るのも、本質を知って、もののあはれを知ることだからだ。世間のあらゆる事柄が書いてあって、読んでいるうちに、自然と良い・悪いの本質を判別できるようになる。本質を判別し理解するのが、つまりもののあはれを知ることである。世の中でも、世間のことをよく知って、物事に経験を積んだ人は、心が柔軟で良い、と言われているのと同じである。
【原文】
問ひて云はく、しからば物語は、ただ物の哀れを書き記すが詮ならば、その外のことは無用なるに、あるいは四季折々の風景を書き、あるいは人のかたち・衣服のことをいみじくいひ、あるいはをかしき事をも書ける、これらはいかに。
答へて云はく、四季折々の景気は、ことに物の哀れを感ずるものなり。これはいふにも及ばず。また人のかたち・衣服によりて感ずることは、帚木の巻に云はく、「鬼神も荒だつまじきみけはひなれば」、浮舟の巻に云はく、「いみじき仇を鬼に作りたりとも、おろかに見棄つまじき人の御有様なり」といへるたぐひにて、人のかたち・有様のよし悪し、衣服のよし悪しにて感ずること、勿論なり。末摘花の君の衣服の悪しきことなど思ひ合すべし。またよき悪しきといふには、人のかたち・有様、衣服、器財、居所、すべて何ごとにもわたるなり。はかなき器にても、よく作りたるを見てよしと思ふは、すなはち物の心を知り、物の哀れを知るの一端なり。 何ごともかくのごとし。またをかしき事・悪しき事を書けるは、悪しきを見て悪ししと知るも、物の心を知り、物の哀れを知るなり。すべて世にありとある事どもを記して、見る中にて、おのづからよし悪し、物の心をわきまへ知るなり。物の心をわきまへ知るが、すなはち物の哀れを知るなり。世俗にも、世間の事をよく知り、事に当りたる人は、心が練れてよき、といふに同じ。
儒仏で悪とすることの中にも、もののあはれはある
【現代語訳】
質問して言うことには、それならば、前述した通りであれば、物語の善い・悪いというのも、普通の道徳の書物で言う善悪も、違うということはないだろう。それなのに、どうして善い・悪いの指し示すことが変わるといったのだ。
答えて言うことには、儒教・仏教の教えも、もともとは人の感情に従って成立したものなのだから、すべてが人の感情とは異なっているというのは説明がつかない。だけれど、感情の中に善悪があるならば、その善を育てて、悪を抑制して、善い行動をとるようにと勧めるのが教えなので、悪を厳しく教えさとし、人の感情の逆のことを言うことがある。物語は、勧善懲悪をする書物ではないので、もののあはれを知るという中には儒教・仏教の教えの中で厳密に禁じられた事も多くあるのだ。
たとえば、他人の娘に対して思いを寄せて、熱心に恋慕する男がいるとしよう。その男がひどく娘を恋い慕って、(その苦しさで)命も終わってしまうと思って、相手に気持ちを打ち明けたところ、その女は、その男の気持ちにしみじみと感激して、両親に隠れてこっそり逢うことがあるだろう。これを例として論じると、男が女の美しい容姿を恋しいと思うのは、本質を知り、もののあはれを理解しているということだ。なぜかというと、容貌の良い人を見て良いと思うのは、物事の本質を知っていることだからである。また、女が男の気持ちを知って非常に感激するのは、言うまでもなくもののあはれを理解している。
物語の中では、このような種類の話が特に多い。生命にも関わるほどに恋い慕うのは、もののあはれの中でも最も深いことなので、このような恋ばかりが多く語られるのだ。そのような話を書き留める意図は、そのような恋を善しとして読者に勧めるためではなく、悪いとして教えさとすためでもない。その行為の善悪は無視して関知せず、ただ関心を持つのはもののあはれだけである。これを儒教・仏教の教えで論じると、どうであろうか。親が許していない女に恋をするのも、親が許していない男に逢うにも、教えに反した行為である。悪とされる行為である。それなのに、物語ではその悪を無視して関知せず、もののあはれを知ることによって善いとする。これは、(物語は儒教・仏教とは)善悪の指し示すところが異なっているということではないか。だからといって、みだらなのを善いこととして評価するのではない。善悪を無視して関知せず、もののあはれを評価するのである。この部分をよく理解しなければならない。
【原文】
問ひて云はく、しからば右にいふごとくならば、物語のよき悪しきといふも、尋常の書物にいふ善悪も、変ることなかるべし。しかるを何とてよし悪しの指すところ変るとはいへるぞ。
答へて云はく、儒仏の教へももと人情によりて立てたるものなれば、ことごとく人情に違ふべき道理にあらず。しかれども人情の中には善悪があれば、その善を育て悪をおさへて、善に移るやうにとするが教へなれば、その悪をばきびしく戒めて人情にさかふことあるなり。物語はその善悪を勧懲する書にはあらざるゆゑに、物の哀れを知るといふ中には儒仏の教へにいみじく戒めたる事も多くあるなり。
たとへば人のむすめに心をかけてねんごろに懸想する人あらんに、その男いみじく恋ひ慕うて命も堪へがたく思ひて、そのよしをいひやりたらむに、かの女、その男の心を哀れと思ひて、父母に隠れてひそかに逢ふことあらん。これを論ずるに、男のかの女のらうたきかたちを恋しと思ふは、物の心を知り、物の哀れを知るなり。いかにとなれば、かたちのよきを見てよきと思ふは、これ物の心を知るなり。また女の心に男の心ざしを哀れと思ひ知るは、もとより物の哀れを知るなり。
物語の中にはかやうの類ことに多し。命にもかくるほどに思ふは、 物の哀れの中におきても最も深きことゆゑに、かやうの恋のみ多きなり。それを記す心は、それをよしとして人に勧むるためにもあらず、悪ししとして戒むるためにもあらず。そのしわざの善悪はうち棄ててかかはらず、ただ取るところは物の哀れなり。これを儒仏の道にて論ぜばいかがあらん。親の許さぬ女を思ふも、親の許さぬ男に逢ふも、みな教へにそむけり。悪とするところなり。しかるを物語にはその悪をば棄ててかかはらず、その物の哀れを知るをもてよしとす。これ、よし悪しの指すところ異なるにあらずや。さいへばとて、淫奔をよしとして取るにはあらず。それをば棄ててかかはらず、物の哀れを取るなり。このところをよくよくわきまふべし。
不義を犯した源氏は、「よき人」とされている
【現代語訳】
それでも、このように言っただけでは、疑問が残るだろう。なので、物語を引用して証明しよう。まず、この『源氏物語』全体において善い人とされるのは、男では第一に源氏の君である。あの(前に引用した)「善いように言おうとするあまりに、善いことばかりを選び出して」というのは、つまり源氏の君のことを言っている。なのに、この源氏の君の行動の一部始終を考えると、みだらなことばかりで言い尽くすことができない。空蝉・朧月夜・藤壺の宮などとのことは、何と説明したらよいのか。とりわけ藤壺の宮とのことなどは、儒教・仏教の教えや、常識的な分別で言えば、他に類を見ないほどの極悪であり、あれこれ論じるまでもないほどの事である。なのに、その源氏の君を善い人の例としてあげるのは、どういうことか。善い・悪いの指し示すところが変わるとは、このことである。
とはいえ、みだらなことを善いというのではない。もののあはれを知ることを善いとして、その(物語の)中にみだらなことなど、様々な要素が混じっているのは、無視して関知しないのである。もののあはれを強調しようとすると、必ず男女の交合のことは、その中に多く混じってしまう道理である。男女間の欲情は、特に感情が深いものだからである(このこと、さらに後で詳しく述べる)。恋愛に関することでなければ、きわめて深いもののあはれを表現しづらいので、とりわけ恋愛のことは多く書かれている。そして、あの「善いことばかりを選び出して」という人にこんな淫事があるのだから、物語が善いとすることは、普通の感覚と違った点があることは明らかである。
ところで、源氏の君を善い人の手本としていることは、言うまでもない。『源氏物語』を開いて読めば明らかなことであるが、あえて言えば、「須磨」の巻において、源氏が須磨の浦に退去なさることを「世の中全体が惜しみ申し上げ、下々では朝廷を批判し申し上げる」と言い、「蓬生」の巻では「都にお帰りになるというので、世の中の慶事として大騷ぎする」と言っている。世の中の人々が源氏を大切に思っていることを、理解しなければならない。ただし、世間の人々は、源氏が藤壺の宮に密通したことを知らないからだとも言える。しかし、「明石」の巻には「去年から、皇太后も御物の怪のために病気になられて、さまざまな神仏のお告げが頻繁にあり、世間も騒がしいので」と書いてある。天も源氏の味方をし、神仏も源氏を憐れにお思いになったのだ。この(神仏が源氏の味方をするという)趣旨は物語の中に繰り返し現れる。源氏を善い人として表現しているのではないだろうか。
質問して言うことには、創作物語なので、(神仏が味方をするというのも事実ではなく)このようなことは(源氏が善い人として扱われていることの)証拠にはならないのではないか。
答えて言うことには、創作物語にしても、それはともかくとして、紫式部の意図として源氏の君を善い人として書いたのだ。このような道徳に反した、みだらなことを無視して関知せず、源氏の君を善い人としたのは、(源氏が)人間の感情があってもののあはれを理解しているからである。源氏の君のみならず『源氏物語』全体を通して善い人および、善い事とするものは、すべてこのような意図がある。
【原文】
なほかやうにいへるばかりにては疑ひあるべし。ゆゑに物語を引きて証すべし。まづこの物語一部の中におきてよき人とするは、男にては第一が源氏の君なり。かの「よきさまにいふとては、よきことの限りを選り出で」といへる、すなはちこの君が第一なり。しかるにこの源氏の君の本末を考ふるに、淫乱なることあげていひがたし。空輝・朧月夜・薄雲の女院などのことは何といふべきぞ。別してはかの女院とのことなど、儒仏の教へ、尋常の了簡にていはば、無類の極悪、とかく論ずるにも及ばぬほどの事なり。しかるにその人をしもよき人のためしにいへることは、いかにぞや。 よし悪しの指すところ変れるとはこのことなり。
さりとてその淫乱をよしといふにはあらず。物の哀れを知るをよしとして、その中には淫乱にもせよ何にもせよまじれらんは、棄ててかかはらぬことなり。物の哀れをいみじういはんとては、必ず淫事はその中に多くまじるべき理りなり。 色欲はことに情の深くかかるゆゑなり(このこと、なほ奥にくはし)。 好色の事にあらざればいたりて深き物の哀れはあらはし示しがたきゆゑに、ことに好色の事は多く書けるなり。さてかの「よきことの限りを選り出で」といへる人にかやうのことあれば、物語のよしとするところは尋常と変りあることは知られたり。
さて源氏の君をよき人の手本とせることは、いふにも及ばず、この物語を開き見れば明らかなることなれど、なほいはば、須磨の巻に、かの浦へ下り給ふことを「世ゆすりて惜しみ聞え、下には朝廷をそしり奉る」といひ、蓬生の巻には、「都に帰り給ふと、天の下の喜びにて立ち騒ぐ」といへり。天の下の人の思へること、知るべし。ただし世の人は薄雲の女院に密通のことは知らねばともいふべけれど、明石の巻に云はく、「去年より后も御物のけに悩み給ひ、さまざまの物のさとししきり、騒がしきを」とあれば、天も源氏にくみし、神仏も源氏をあはれみ給ふなり。この心ばへ始終見えたり。源氏をよき人とするにあらずや。
問ひて云はく、作り物語なれば、かやうのこと証とするにたらざるか。
答へて云はく、作り物語にもせよ、それはとまれかくまれ、紫式部が心に源氏の君をよしとして書けるなり。かくのごとく不義淫乱をばうち棄ててかからず、 源氏の君をよき人にしたるは、人情にかなひて物の哀れを知る人ゆゑなり。 源氏の君に限らず、一部の中のよき人とし、よきこととする、みなこの心ばへなり。
不義を犯した柏木もまた「よき人」である
【現代語訳】
あの女三の宮との密通によって、病気になり死んでしまった柏木のことこそ、物語の中でもっとも情緒が深いものである。「柏木」の巻の終盤で、次のように言っている。
身分の高い人も低い人も、(柏木の死を)惜しみ残念がらない者がないのも、公人としての学識などの面は言うまでもないとして、不思議と人情の厚い方でいらっしゃったので、大したこともない役人、女房などの年取った者たちまでが、恋い慕い悲しみ申し上げる。それ以上に、帝におかせられては、管弦の御遊などの折ごとに、まっさきにお思い出しになって、お偲びあそばされた。「ああ、衛門督よ」と言う口癖を、何事につけても言わない人はいない。
(柏木を)善い人としていることを、理解しなければならない。ただし、世間の人はあの(女三宮との)密通のことを知らないからだとも言えるだろう。しかし、密通のことを知っている夕霧の大将も(柏木の死を)残念に思い悲しがっていらっしゃる記述が見られ、また源氏の君も(柏木の死を)惜しんで悲しがっていらっしゃる記述が、「若菜下」「柏木」「横笛」「鈴虫」などの巻に見られる。
柏木の行動も、常識的な議論をするならば、他人の妻を犯して子どもを産ませる行為は非常に人としての道に背いたことであり、どんな善い行動が他にあったとしても、褒めるに値しないことである。しかし、逆にそれ(密通)が原因で病気になって死んでしまった気持ちを可哀想に思い、世間の人に残念がられ、源氏の君さえ深く惜しんで悲しんでいらっしゃる。(柏木の死を)他の人の死より重大事として描いていることによって、(『源氏物語』が)もののあはれを優先させて、みだらな事を無視して関知していないことを理解しなければならない。また、それ(柏木の死)を悲しむ源氏の君は、(柏木は妻の不倫相手なのだから)世間一般の感覚でいえば、大馬鹿者と言わねばならない。それなのに、自分の恨みや怒りを後回しにして、もののあはれを優先なさっている。(『源氏物語』は)源氏をも柏木をも善い人としており、普通の「善い」とは指し示すところが違っている。
【原文】
かの女三の宮のことによりて病つきてはかなくなりぬる衛門の督のことよ、あるが中にも哀れなるものなり。されば柏木の巻の終りに云はく、
高きも下れるも惜しみあたらしがらぬはなきも、むべむべしき方をばさるものにて、あやしう情を立てたる人にぞものし給ひければ、さしもあるまじきおほやけ人、女房などの年古めきたるどもさへ、恋ひ悲しび聞ゆる。まして上には、御遊びなどの折ごとにまづおぼし出でてなんしのばせ給ひける。「あはれ衛門の督の」といふ言ぐさ、何ごとにつけてもいはぬ人なし。
とあり。よき人とすること、知るべし。ただし世の人はかの不義を知らぬゆゑともいふべけれど、不義のことを知りたる夕霧の大将の惜しみあはれがり給ふことも見え、また源氏の君の惜しみ哀れがり給ふこと、若菜の下・柏木・横笛・鈴虫等の巻々に見えたり。
この衛門の督も、尋常の議論にていはば、人の室家を奸して子を生ましむる不義大なれば、何ほどよきこと外にありとも、称するにたらぬことなるを、かへりてそれゆゑに死したる心をあはれみ、世の人に惜しまれ、源氏の君さへ深く惜しみあはれみ給ふこと、他に異なるさまに書けること、物の哀れを先として、淫事をば棄ててかかはらぬことを知るべし。またそれをあはれむ源氏の君は、尋常の了簡にていはば大なるしれ者といふべし。しかるに己が恨み怒りをばさしおきて、物の哀れを先とし給ふこと、これもかれもよしとすること、尋常のよきといふとは指すところ変れり。
女で「よき人」は藤壺と紫の上
【現代語訳】
ところで、女の登場人物で善い人の例としてあげられる人物は、『源氏物語』全体の中で藤壺の宮・紫の上などである。中でも藤壺の宮は(源氏との)密通があったけれど、そのことは悪い行為としてけなした箇所はなく、「薄雲」の巻には次のように書いてある。
恐れ多い身分のお方と申し上げる中でも、ご性格などが、世間の人に対して広く公平に慈悲深くいらっしゃって、権勢を笠に着て、人々の迷惑になることを自然と行ないがちなのだが、少しもそのような道に外れた事はなく、家来が奉仕することも、世間の苦しみとなるはずのことは、お止めになる。(中略)何もわきまえない山伏などまでが惜しみ申し上げる。ご葬送の時にも、世を挙げての大騷ぎで、悲しいと思わない人はいない。
このように(藤壺の宮のことを)お褒め申し上げている。その中で「世間の人に対して広く公平に慈悲深く(哀れに)いらっしゃって」と言っている、「哀れ」という言葉に注目しなければならない。この引用文でそれ以降に述べてある事がらは、どのように「哀れ」でいらっしゃったかの内容である。源氏の君にお逢いになったことも、もののあはれを感じやすい心を持っていたためなので、せんじつめれば「情け深く(哀れに)いらっしゃる」という中に含まれるはずのことなのである。藤壺の宮が善い人とされているのは、今説明した通りである。
【原文】
さて女にてよき人のためしにする人は、一部の中にて薄雲の女院・紫の上などなり。その中に女院は不義あれども、そのことはすこしも悪しきとて貶したることはなくて、薄雲の巻に云はく、
かしこき御身のほどと聞ゆる中にも、御心ばへなどの世のためにもあまねく哀れにおはしまして、豪家にことよせて、人の愁へとある事などもおのづからうちまじるを、いささかもさやうなる事の乱れなく、人のつかうまつる事をも、世の苦しびとあるべき事をばとどめ給ふ云々、何と分くまじき山伏などまで惜しみ聞ゆ。をさめ奉るにも、世の中響きて、悲しと思はぬ人なし。
かくのごとくにほめ申したり。その中に、「世のためにもあまねく哀れにおはしまして」といへる、「哀れ」といふ詞に心をつくべし。下の品々はその哀れにおはします中の事なり。源氏の君に逢ひ給へることも、物の哀れにしのびぬ御心のありしゆゑなれば、いひまはせば「哀れにおはします」といふ中にこもるべきなり。薄雲の女院をよき人とせること、かくのごとし。
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