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撫子
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30代後半の主婦。
高校生の頃から源氏物語に興味を持ち始めました。大学では源氏物語を研究し、日本語日本文学科を首席卒業しました。
30代になり、源氏物語を改めて学びなおしています。
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催馬楽の歌詞一覧【現代語訳と解説つき】

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催馬楽の歌詞一覧。わかりやすい現代語訳と簡単な解説つき。

このページでは、催馬楽の歌詞一覧を掲載しています。
現代語訳と簡単な解説もつけました。

歌詞は、『新編日本古典文学全集42』に準拠しています。
底本:鍋島家本『催馬楽』
校合:天治本『催馬楽抄』『仁智要録』『三五要録』

現代語訳や解説は、私の解釈が含まれていたり、
わかりやすいように改変したりしています。

『源氏物語』に登場している
曲については、その旨を記載しました。

現代語訳の中のカタカナ表記は囃子詞はやしことばです。

目次

律歌

律歌・呂歌とは?

律は日本固有の俗楽に基づく旋法。
これに対する呂は
中国から伝来した雅楽の旋法である。
律は秋の調べであり、
呂は春の調べとされる。
催馬楽では呂が重視されている。

『源氏物語』の「若菜下」では、
春秋優越論の中で
「律が呂よりも下に置かれている」
と語られている。

我駒あがこま

いでが駒 早く行きこせ 真土山まつちやま あはれ 真土山 はれ
真土山 待つらむ人を 行きて早 あはれ 行きてはや見む

【現代語訳】
さあ私の愛馬よ、早く行っておくれ。真土山、アハレ、真土山、ハレ。
真土山のむこうで待っているに違いない人の許に、行って早く、アハレ、行って早く逢おう。

【解説】
真土山:は奈良と和歌山の県境にある山。
愛馬に乗って恋人に逢いにいくという内容の歌。
大和の男が山を越えて
紀伊国の女に逢いに行く歌である。
『万葉集』に、
「いで我が駒早く行きこそ真土山待つらむ妹を行きてはや見む」
という類似した和歌が見られる。
「松の山」のつもりで「真土山」と歌っていたか。
この歌は、『催馬楽』のタイトルの由来と考えられている。

沢田川さはだがは

沢田河さはだがは 袖つくばかりや 浅けれど はれ
浅けれど 恭仁くに宮人みやびとや 高橋たかはしわたす
あはれ そこよしや 高橋わたす

【現代語訳】
沢田川は、着物の袖がひたるほどに浅いけれども、ハレ、
浅いけれども、恭仁の宮に仕える人々が、高い橋をかけわたす。
アハレ、ソコヨシヤ、高い橋をかけわたす。

【解説】
沢田川:三重県および京都府を流れる木津川のことか。
天平12年(740年)12月15日
聖武天皇の勅命により、
平城京から恭仁京に遷都されたが、
天平15年(743年)の末には
この恭仁京の造営は中止され、
聖武天皇は近江紫香楽宮に移った。
何の甲斐もない工事に駆り出された人達が
歌った恨みの歌か。
はたまた、単純に恭仁京を賛美する歌か。

高砂たかさご

高砂の さいささごの 高砂の
尾上をのへに立てる 白玉玉椿しらたまたまつばき 玉柳たまやなぎ
それもがと さむ ましもがと 汝もがと
練緒染緒ねりをさみをの 御衣架みぞかけにせむ 玉柳
何しかも さ 何しかも 何しかも
心もまたいけむ 百合花ゆりばなの さ 百合花の
今朝けさ咲いたる 初花はつはなに 逢はましものを さ 百合花の

【現代語訳】
高砂の、さいささごの、高砂の
山の上に立っている美しい椿よ、美しい柳よ。
そなたがほしい、サム、あなたがほしくて、あなたがほしくて仕方がない。
練り糸で作った緒や色糸で作った緒をかける御衣架にしよう。美しい柳を。
何だってまあ、サ、何だってまあ、何だってまあ、
心急いだのだろう。百合の花の、サ、百合の花の
今朝咲いた初花のような娘に逢えたのになあ、サ、百合の花のような娘に。


【解説】
高砂:兵庫県高砂市
「さいささご」:接頭語「さ」+「いさご(砂)」
「いささご」:「いさご」を囃子言葉風に整えたものか。
白玉椿と玉柳は、
身分の高い家に2人の姉妹がいることを
喩えているか。
しかし、結局は玉柳と親密な間柄となっている。
後半では、百合花という玉柳とは
別の女性が登場して、
「心急がなければ百合の花のような娘に逢えたのになあ」
という反実仮想の展開となっている。
前半と後半とで同じ男を主体としているのか、
後半は第三者による視点となっているかは
意見が分かれている。
全体的には「恋歌」であるが、
歌い出しは「家ぼめ」であるという見方もある。

【源氏物語】
<「賢木」巻>
頭中将が光源氏に対して催した
負け饗応にて、
頭中将の次男(後の紅梅大納言)が
催馬楽「高砂」を歌っている。

夏引なつひき

夏引きの 白糸しらいと 七量ななはかりあり さごろもに 織りても着せむ 汝妻ましめ離れよ
かたくなに もの言ふ女かな な 汝麻衣ましあさぎぬも 我がの如く たもとよく 着よくかあたよく 小領こくび安らに まし着せめかも

【現代語訳】
「夏につむいだ白い生糸は七量もあるよ。着物に織って(あなたに)着せましょう。あなた、奥さんと別れてよ」
「頑固に、あれこれ言う女だな、ナ、おまえよ、麻衣も、俺の妻のように、袂の具合が良く、着やすくて、肩の具合もよく、襟の具合も良い。おまえが、着せられようか」

【解説】
女が、
「絹の着物を織ってあなたに着せてあげるから、奥さんと別れて」
と男にアピールしたけれども、
男は妻と別れる気はなく、
「俺は麻の着物でじゅうぶんだよ」
と突き放している。

貫河ぬきかわ 

貫河ぬきかわの 瀬々せぜやは手枕たまくら 柔らかに はなくて 親放おやさくるつま
親放くる つまは ましてるはし しかさらば 矢矧やはぎいちに くつ買ひにかむ
沓買はば 線鞋せんがいの 細底ほそしきを買へ さしきて 上裳うはもとり着て 宮路みやぢ通はむ

【現代語訳】
「貫河のあちらこちらにある瀬の、柔らかな菅ではないが、やわらかな腕を枕にして、あなたと気持ちよく共寝する夜はない。母親が逢わせてくれない夫よ」
「母親が逢わせてくれない妻は、よりいっそう愛おしい。そんなに思ってくれるのなら、矢矧の市へ靴を買いにいこう」
「靴を買うのなら、紐で締める靴を買ってよ。その靴をはいて、衣の上に裳をつけて、あなたの住む宮地に通いましょう」

【解説】
貫河:所在不明だが、矢矧と宮地が
愛知県の地名と思われるため、愛知県の川か。
親に反対されている恋を
成就させようとする若者の恋歌。
満たされない女の心を、
男は物を買ってあげることで満たそうとして提案している。
最終行では、女が男のもとに通おうと
提案しているが、この時代は男が女のもとに通うのが普通だった。

【源氏物語】
<「花宴」巻>
葵の上の態度がいつものように
そっけないので光源氏は退屈に思って、
「やはらかにる夜はなくて」と歌っている。

<「常夏」巻>
玉鬘と和琴について
語る場面で、光源氏が歌っている。

東屋あづまや

東屋の 真屋まやのあまりの そのあまそそき われ立ち濡れぬ 殿戸とのど開かせ
かすがひも とざしもあらばこそ その殿戸 我鎖われささめ 押し開いてきませ 我や人妻

【現代語訳】
「東屋の軒先の、真屋の軒先の、その雨だれで、立って待っている私の体は濡れてしまいました。さあ、家の戸を開けてください」
「掛け金も錠も、あるのであれば、私はその家の戸にさしましょう。戸を押し開けて入っていらっしゃい。私が他人の妻だとでもいうのですか」

【解説】
東屋:四方に軒を下ろした家のこと。
真屋:軒を前後二方に下ろした家のこと。
男が女の家を訪れる通い婚の習俗から
生まれた問答形式の歌謡。

【源氏物語】
<「紅葉賀」巻>
光源氏が催馬楽「東屋」の前半を
口ずさみながら源典侍に近づいている。
源典侍が「押し開いてきませ」と続けて歌い、
光源氏を誘惑している。
その後に遣り取りされている和歌も、
「東屋」を踏まえた内容である。

<「蓬生」巻>
光源氏が末摘花の邸を
久々に訪れる場面で、
「雨そそきも、なほ秋の時雨めきて」
と描写している。
雨の日に粗末な女の家を訪問する類型として
催馬楽「東屋」が引用されている。

<「東屋」巻>
三条の隠れ家を訪れた薫が、
催馬楽「東屋」の歌詞を踏まえた
内容の和歌を詠んでいる。

さしとむるむぐらやしげき東屋の 
あまりほど降るあまそそきかな

「東屋」を踏まえることで、
浮舟に逢わせてくれという意味を含んでいる。

走井はしりゐ

走り井の 小萱こかや刈り収め かけ それにこそ まゆ作らせて 糸引きなさめ

【現代語訳】
勢いよく出る泉の水くみ場のあたりに生えたかやを刈りとって、カケ、それにかいこを放して繭を作らせて、糸引きをしよう。

【解説】
田舎の女の生活から発生した歌謡。
「カケ」は意味のない囃子言葉。
本来は短歌であったのだろう。

飛鳥井あすかゐ

飛鳥井に 宿りはすべし や おけ かげもよし 御水みもひも寒し 御秣みまくさもよし

【現代語訳】
飛鳥井で休憩しましょう。ヤ、オケ、木陰も涼しくて良い。お水も冷たい。お馬の飼い葉も良い。

【解説】
飛鳥井:井戸のある飛鳥という地。
「みもひ」:「み」は敬意を表す接頭語。
「もひ」は椀形の器のこと。
転じて、飲み水そのものを指す。

飛鳥井の水の清らかさを称える歌謡。
『常陸国風土記』で倭武天皇やまとたけるのすめらみこと
清水で手を清め、井戸を褒めたたえた
エピソードが思い出される。

【源氏物語】
<「帚木」巻>
左馬頭が「ここに泊まりたい」の意味で
「影もなし」と口ずさんでいる。

<「須磨」巻>
須磨流謫中の光源氏を
頭中将が訪問した際に
催馬楽「飛鳥井」を歌っている。
「つないだ馬に稲を食べさせている」という
実景から連想して歌ったもの。

青柳あをやぎ

青柳を 片糸かたいとりて や おけや うぐひすの おけや
鶯の 縫ふといふ笠は おけや 梅の花笠はながさ

【現代語訳】
青柳を片糸としてよって、ヤ、オケヤ、鶯が、オケヤ、
鶯があちらこちら飛び回って縫うという笠は、オケヤ、梅の花笠よ。

【解説】
青柳:青々とした柳のこと。
片糸:より合わせていない糸のこと。

鶯が飛び回る様子を裁縫に見立て、
梅の花を笠に見立てている。
鶯が青柳を糸として、縫いあげたものが
梅の花笠だという意味である。
『古今和歌集』には、短歌の形式で採録されている。
「青柳を片糸に縒りて鶯の縫うてふ笠は梅の花笠」

【源氏物語】
<「胡蝶」巻>
春の町の船楽の際に
「安名尊」「青柳」が歌われている。

<「若菜上」巻>
玉鬘の催した源氏の四十の賀において
「青柳」が歌われている。

伊勢海いせのうみ

伊勢の海の きよなぎさに 潮間しほがひに なのりそやまむ 貝や拾はむや 玉や拾はむや

【現代語訳】
伊勢の海の、汚れのない美しい海辺で、潮が引いている間に、海藻を摘もう。貝を拾おうよ。玉を拾おうよ。

【解説】
なのりそ(莫告藻):ホンダワラという海藻の古い呼び名。
伊勢国(今の三重県)で歌われた地方民謡であろう。

【源氏物語】
<「明石」巻>
「『伊勢の海』ならねど、『清き渚に貝や拾はむ』など、声よき人に歌はせて」
(ここは伊勢の海ではなく明石の海だが、「清き渚に貝や拾はむ」など催馬楽を、声のきれいな人に歌わせて)

<「宿木」巻>
中君の弾く琴にあわせて
匂宮が「伊勢の海」を歌っている。

庭生にはにおふる

庭に生ふる 唐薺からなづなは よき菜なり はれ 宮人みやびとの さぐる袋を おのれけたり

【現代語訳】
庭に生えているペンペン草は、良い草だ。ハレ、宮廷に仕える人たちが、さげている袋を、おまえは掛けている。

【解説】
唐薺:ナズナ(ペンペン草)のこと。
春の七草のひとつ。
春から夏にかけて
白い花と三角形の果実をつける。
この歌では、
ナズナが三角形の果実をつけている様子を、
宮人が袋を身に着けている姿に擬人化している。

我門わがかどに

かどに 我が門に 上裳うはもすそ濡れ 下裳したもの裾濡れ 朝菜あさな摘み 夕菜ゆふな摘み 朝菜摘み
朝菜摘み 夕菜摘み 我が名を 知らまく欲しからば 御園生みそのふの 御園生の
御園生の 御園生の 菖蒲あやめこほりの 大領だいりゃうの 愛娘まなむすめと言へ 弟嫁おとむすめと言へ


【現代語訳】
「私の家の門のあたりで、私の家の門のあたりで、衣の上に着ける裳の裾を露に濡らし、肌着として着ける裳の裾を露に濡らし、朝食の菜を摘み、夕食の菜を摘み、朝食の菜を摘んでいる娘よ」
「朝食の菜を摘み、夕食の菜を摘んでいる私の名前を知りたいのならば、御園生の、御園生の」
「御園生の、御園生の、菖蒲の郡の長官が可愛がっている娘と言うのですね、末っ子の娘さんと言うのですね」

【解説】
園生:野菜などが生えている庭のことで、「菖蒲」を導く詞。
菖蒲の郡:所在不明。漢部あやべ菖蒲あやめに転じたものか。

一段目は男、二段目は女、
三段目は男の問答形式の歌謡。
男が女に求婚をし、
女が名前を明かすという内容である。
上代(飛鳥・奈良時代まで)の
日本においては、
名前を明かすことは
男の求婚を受け入れることであった。
『万葉集』冒頭の雄略天皇の歌も、
若菜を摘む娘に名前を明かすよう求める内容である。

大芹おほせり

大芹は 国の禁物さたもの 小芹こぜりこそ 茹でてもむまし これやこの 前盤三多せんばんさんたの木 ゆしの木の盤 むしかめのどう 犀角さいかくさい をさいとさい 両面かすめ浮けたる切りとほし かなはめ盤木ばんぎ 五六ごろくがへし 一六いちろくの賽や 四三賽しさうさい

【現代語訳】
大芹は国で禁止されているが、小芹こそはゆでて食べても美味しい。その「せり」といったら、これがまあ、勝負を争う双六の前盤三多の木の盤、柞の木の盤、虫食いの筒、犀角の賽、双六すごろくの盤の両面にうっすらと浮いている切り目、金具をはめている木の盤、五六がえしの一二の賽よ、四と三の賽よ。

【解説】
大芹を、禁止されていた博打の樗蒲ちょぼの比喩とし、小芹を双六すごろくの比喩としている。
「せり」=「競り」で勝負を争う意味に通じる。
「をさいとさい」は語義未詳。

浅水あさむず

浅水あさむずの橋の とどろとどろと 降りし雨の りにし我を たれぞこの 仲人なかびと立てて 御許みもとのかたち 消息せうそこし とぶらひにるや さきむだちや

【現代語訳】
浅水川にかかった橋が、渡る時にトドロトドロと音を立てる。そのような音でる雨ではないけれど、年老いてふるくなった私を、いったい誰が、わざわざ仲人を立てて、お相手の容貌を手紙で教えたり、私の気持ちを伺いに訪れてくるのだろう。サキムダチヤ。


【解説】
浅水川:福井県福井市・鯖江市・越前市を流れる川。
「さきむだちや」:囃子詞。
「降り(フリ)し雨の」は、
同音の「古り(フリ)にし我」を起こすための
序詞となっている。
年老いた女の嘆きの歌。

大路おほぢ

大路おほほぢに 沿ひてのぼれる 青柳あをやぎが花や 青柳が花や
青柳が しなひを見れば 今さかりなりや 今盛りなりや

【現代語訳】
朱雀大路に沿って、下京から上京へ立ち並んでいる青々とした柳の美しさよ、青々とした柳の美しさよ。
青柳の枝が風にふかれてなびいている様子を見ると、都は今が春まっさかりだなあ、都が今が春まっさかりだなあ。

【解説】
平安京を賛美した歌謡である。
もともとは「大路に沿ひて上れる青柳が撓ひを見れば今盛りなり」という短歌であったか。

我門乎わがかどを

我が門を とさんかうさん ねるをのこ よしこさるらしや 由こさるらしや
由なしに とさんかうさん ねる男 由こさるらしや 由こさるらしや

【現代語訳】
私の家の門のあたりを、あちらこちらと、練り歩く男。何か理由があるらしいよ、何か理由があるらしいよ。
理由がないのに、あちらこちらと、練り歩く男。何か理由があるらしいよ、何か理由があるらしいよ。

【解説】
若い男が、求婚しようとして
娘の家の近くをうろつく様子を歌謡にしたもの。
「とさんかうさん」とは、「とさまかくさま」が転じた表現。

鶏鳴とりはなきぬ

鶏は鳴きぬ てふかさ さくら麿まろが がものを押しはし きたりゐてすれ が子すまで

【現代語訳】
鶏は鳴いてしまった。テフカサ、さくら麿が男根を勢いづかせて、やってきて行為に及んだものだ、自分の子ができるまでと言って何度も。

【解説】
さくら麿:人名。
「てふかさ」:囃子詞。

男が夜這いにやって来た際の様子を
女の側から歌っている。
鶏が鳴いて、夜が明けきる前に
男は帰らなければならなかった。
赤裸々に性的な表現を盛り込んだ歌謡。
農村部の神事や労働の場で歌われたのだろうか。

刺櫛さしぐし

刺櫛さしぐしは たうまりななつ ありしかど たけくのぞうの あしたに取り ようさり取り 取りしかば 刺櫛もなしや さきむだちや

【現代語訳】
刺櫛を十七個も持っていたけれど、たけくの掾が、朝に取って、夜に取って、持ち去っていったから、刺櫛はないのよ。サキムダチヤ。

【解説】
刺櫛:髪飾りとして指す櫛のこと。
「たけくの掾」:「武生たけふの掾」。国司の三等官である。
刺櫛を十七個も持っていた女は、
武生のじょうの愛人になったけれど、
刺櫛も何もかも掾に持って行かれてしまった。
嘆きの歌。

逢路あふみぢ

近江路あふみぢの しの小蕗をふぶき 早引はやひかず 子持こもち 待ちせぬらむ 篠の小蕗や さきむだちや

【現代語訳】
近江に続く道の、篠に生えている、可愛い蕗よ。早く引き取ってやらずそのままにしてあるから、子持ち女は待ちくたびれて痩せてしまっただろう。篠に生えている可愛い蕗よ。サキムダチヤ。

【解説】
篠:地名。所在不明。
ふぶき:フキの古称。小蕗をふぶきはふきのとうのこと。
ふきのとうの小さくて可愛い姿から、
女もしくは子どもを連想したのだろうか。

更衣ころもがへ

更衣ころもがへせむや さきむだちや きぬは 野原篠原のはらしのはら はぎ花摺はなずりや さきむだちや

【現代語訳】
衣替えをしましょう。サキムダチヤ。私の着物は、野原や篠原に生えている萩の花をすりつけて色をつけたものだよ。サキムダチヤ。

【解説】
更衣:季節によって着る服を
変えることであるが、他人と衣を
取り替える意味に解釈する説もある。
篠原:篠竹の生えている原っぱのこと。

【源氏物語】
<「少女」巻>
夕霧との対面の場面で
内大臣が「萩が花摺り」と歌っている。

何為いかにせむ

いかにせむ せむや しの鴨鳥かもどりや でてかば 親はありくとさいなべど 夜妻よづまは定めつや さきむだちや

【現代語訳】
どうしようか、どうしよう、可愛い鴨よ、その鴨が飛び立つように、私が家から出て行くと、親は夜遊びするなと責めるけれど、私はまだ夜に逢う隠し妻を持っていないのだ。さきむだちや。


【解説】
「夜這いをして妻を得ようとしているのに、
親は夜遊びをするなと説教をしてくる」
という若い男の不満の気持ちを歌っている。

陰名くぼのな

くぼの名をば 何とか言ふ 陰の名をば 何とか言ふ つらたり けふくなう たもろ つらたり けふくなう たもろ

【現代語訳】
女の陰部の名は、何というのか。女の陰部の名は、何というのか。つらたり、けふくなう、たもろ、つらたり、けふくなう、たもろ。

【解説】
つらたり、けふくなう、たもろは女性器の俗称か。
語義未詳のようである。
農村部では生殖器崇拝の痕跡を
多く見ることができる。
石棒や女陰石を祀ることで、
多産・豊穣を祈願するのである。
このような猥雑な歌謡も、
そのような信仰の中で歌われたのだろうか。

鷹子たかのこ

たかの子は まろばらむ 手にゑて 粟津あはづの原の 御栗栖みくるすのめぐりの うずら狩らせむや さきむだちや

【現代語訳】
鷹の子は、私にください。鷹の子を手にとまらせて、粟津の原の、栗の御苑の周辺の、鶉を狩らせてください。サキムダチヤ。

【解説】
粟津の原:滋賀県大津市粟津町。
秋の宴の場で歌われた歌謡であろう。

道口みちのくち

道の口 武生たけふ国府こふに われはありと 親に申したべ こころあひの風や さきむだちや

【現代語訳】
都を離れ、越前の武生の国府で、私は無事に生きていると、親に伝えてください。気の合う風よ。サキムダチヤ。

【解説】
国司の愛人となって越前へ下った、
都の女の境涯を詠んだ歌であろうと推察されている。

【源氏物語】
<「浮舟」巻>
浮舟母が
「武生の国府に移ろいたまふとも」
と発言している。
浮舟が薫の愛人として新築に移ることを
催馬楽「道口」を踏まえてこのように表現した。

<「手習」巻>
母尼君が以下のように歌っている。
「たけふ、ちちりちちり、たりたんな」
解釈の難しい箇所で、諸説あるが、
「たけふ」は催馬楽「道口」の歌詞で、
「ちちりちちり、たりたんな」は
唱歌(口承譜)ではないかという
山田孝雄氏の説がわかりやすい。

老鼠おいねずみ

西寺にしでらの 老鼠おいねずみ 若鼠わかねずみ 御裳喰おむしゃうつむつ 袈裟喰けさつむつ 袈裟喰むつ 法師ほふしまうさむ 師に申せ 法師に申さむ 師に申せ

【現代語訳】
西寺の、年老いた鼠や若い鼠が、法師のお衣装をかじった。袈裟をかじった。袈裟をかじった。法師に申し上げよう。師に申し上げよう。法師に申し上げよう。師に申し上げよう。

【解説】
親子の泥棒が出没したから、
早く公に申し付けて捕らえよ
というような意味を含んだ童謡わざうたであろう
と推察されている。

呂歌りょのうた

安名尊あなたふと

あなたふと 今日けふの尊さや いにしへも はれ
古も かくやありけむや 今日の尊さ
あはれ そこよしや 今日の尊さ

【現代語訳】
ああ、尊いことよ。昔も、ハレ、
昔もこうであっただろうよ。今日という日の尊いことよ。
アハレ、ソコヨシヤ、今日という日の尊いことよ。

【解説】
催馬楽の中でも特に長い間歌われた宮廷賛歌。
単純に、今日という日を賛美する内容の歌詞は、
祝宴で好まれたであろう。

【源氏物語】
<「少女」巻>
朱雀院への行幸の際に、
殿上人たちが催馬楽「安名尊」および「桜人」
を歌っている。

<「胡蝶」巻>
春の町の船楽の際に
「安名尊」「青柳」が歌われている。

<「宿木」巻>
女二の宮が降嫁して三条宮に
移った日に、薫が「安名尊」を歌っている。

新年あらたしきとし

あらたしき としの始めにや かくしこそ はれ
かくしこそ つかへまつらめや 万代よろづよまでに
あはれ そこよしや 万代までに

【現代語訳】
新しい年の始めによ、このように、ハレ、
このように、我が大君にお仕え申し上げましょう。万年のちまでも、永遠に。
アハレ、ソコヨシヤ、万年のちまでも、永遠に。

【解説】
新年に、天皇の長寿を祈った歌。
『続日本紀』
聖武天皇天平14年(742年)正月16日の条に
「新しき年の始めにかくしこそ仕え奉らめ万代までに」
という類似した歌が記されている。

梅枝むめがえ

むめに ゐるうぐひすや 春かけて はれ
春かけて 鳴けどもいまだや 雪は降りつつ
あはれ そこよしや 雪は降りつつ

【現代語訳】
梅の花の咲く枝に来てとまっている鶯よ、春を待ち望んで、ハレ、
春を待ち望んで鳴いているけれども、いまだに雪は降り続いていて、
アハレ、ソコヨシヤ、雪は降り続いていて(春はまだ遠い)。

【解説】
『古今和歌集』春上に
「梅が枝に来ゐるうぐひす春かけて鳴けどもいまだ雪は降りつつ」
がある。元となった歌であろう。
「春かけて」は「冬から春にわたって」と解する説もある。

【源氏物語】
<「梅枝」巻>
薫物合せ後の饗宴で
弁少将が催馬楽「梅枝」を歌っている。
弁少将は、「賢木」巻で「高砂」を歌った人物。
(後の紅梅大納言)
直後で蛍兵部卿宮が詠んだ和歌の「鶯」は、
「梅枝」の歌詞を受けて詠み込んだもの。

鴬の声にやいとどあくがれむ
心しめつる花のあたりに

<「竹河」巻>
薫が、玉鬘邸を訪問した際に
女房の琴にあわせて歌っている。

桜人さくらびと

桜人さくらびと その舟ちぢめ しまを 十町とまちつくれる 見て帰りむや そよや 明日あす帰り来む そよや
ことをこそ 明日あすとも言はめ 彼方をちかたに つま去るせなは 明日もさねじや そよや さ明日もさね来じや そよや

【現代語訳】
「桜の人よ、その舟を止めて下さい。私は島の田を十町作っています。その田を見てから帰ってこようよ。ソヨヤ。明日帰ってこよう。ソヨヤ」
「あなたは口先だけでは明日と言うのでしょうけど、本当は遠方に妻を放置しておいて遠くへ行こうとする夫は、明日も決して帰って来ないでしょうよ。ソヨヤ。明日も決して帰って来ないでしょうよ。ソヨヤ」

【解説】
桜:地名。現在の愛知県名古屋市南区桜台・桜本町のあたりか。(旧桜村)
愛が冷めてしまって危機状態にある夫婦の問答形式の歌謡。

【源氏物語】
<「薄雲」巻>
光源氏が大堰おおいに出かけようとする時に、
まとわりつく明石の姫君に対して、
「明日帰り来む」と催馬楽「桜人」の
一節を口ずさんでいる。

その直後の光源氏と紫の上の和歌も
「桜人」の歌詞を踏まえている。

舟とむる遠方人をちかたびとのなくはこそ
明日帰り来むせなと待ち見め
(紫の上)

行きて見て明日もさね来むなかなかに
遠方人は心置くとも
(光源氏)

<「少女」巻>
朱雀院への行幸の際に、
殿上人たちが催馬楽「安名尊」および「桜人」
を歌っている。

葦垣あしがき

葦垣真垣あしがきまがき 真垣かき分け てふ越すと 負ひ越すと たれ
てふ越すと たれか誰か このことを 親にまうよこし申しし
とどろける この家 この家の 弟嫁おとよめ 親に申よこしけらしも
天地あめつちの 神も神も そうしたべ われは申よこし申さず
すがの根の すがな すがなきことを 我は聞く 我は聞くかな

【現代語訳】
「あの娘の家の葦垣、真垣。その真垣をかき分けて、飛び越すと、娘を背負って越すと、タレ。
飛び越すと、だれが、一体だれがこのことを、親に告げ口したのだ。
うるさいと有名の、この家の、この家の弟嫁が、親に告げ口したらしいよ」
「天地の神々よ、私が無実であることの証明をしてください。私は告げ口などしていません。
嫌な、嫌なことを私は聞く、私は聞くものですよ」

【解説】
「菅の根の」:「すがなし」にかかる枕詞。
「たれ」:囃子詞か。
夜這いの事実を親に告げ口されたことを
不満に思う男と、
告げ口の濡れ衣をきせられた
弟嫁との問答形式の歌謡。

【源氏物語】
<「藤裏葉」巻>
内大臣家の藤花の宴において
夕霧と雲居雁の結婚が許される場面で、
弁少将(後の紅梅大納言)が
催馬楽「葦垣」を歌っている。
内大臣は、この直後に
「年経にけるこの家の」と
「葦垣」の歌詞を変えて(替え歌にして)
歌っている。

真金吹まがねふく

真金吹まがねふく 吉備きび中山なかやま おびにせる なよや らいしなや さいしなや 帯にせる 帯にせる はれ
帯にせる 細谷川ほそたにがはの 音のさやけさや らいしなや さいしなや 音のさや 音のさやけさ

【現代語訳】
吉備の中山の帯のように取り巻いている、ナヨヤ、ライシナヤ、サイシナヤ、帯のように取り巻いている、帯のように取り巻いている、ハレ。
帯のように取り巻いている、細い谷川のせせらぎの音のすがすがしさよ、ライシナヤ、サイシナヤ、音のすがすがしさよ、音のすがすがしさよ。

【解説】
「真金吹く」:「吉備」にかかる枕詞。
吉備:現在の岡山県と広島県の一部。

「帯にせる」とは
川が山の周囲を巡って帯のように
流れているという意味。
『万葉集』に
「大君の三笠の山の帯にせる細谷川の音のさやけさ」
という類似歌が見られる。
この和歌が吉備の地で変形して
民謡となったものであろうか。
『古今和歌集』神遊びの歌には、
備中の風俗歌として
「まかねふく吉備の中山帯にせる細谷川の音のさやけさ」
がおさめられており、
仁明天皇の大嘗祭で奏上されている。

山城やましろ

山城の こまのわたりの うりつくり なよや らいしなや さいしなや 瓜つくり 瓜つくり はれ
瓜つくり われしと言ふ いかにせむ なよや らいしなや さいしなや いかにせむ いかにせむ はれ
いかにせむ なりやしなまし 瓜たつまでにや らいしなや さいしなや 瓜たつま 瓜たつまでに

【現代語訳】
山城の、狛の里のあたりで瓜を作っている男が、ナヨヤ、ライシナヤ、サイシナヤ、瓜つくり、瓜つくり、ハレ。
瓜を作っている男が、私を妻にしたいと言う。どうしましょう。ナヨヤ、ライシナヤ、サイシナヤ、どうしましょう。どうしましょう。ハレ。
どうしましょう。縁談は成立するでしょうか。瓜が熟するまでによ。ライシナヤ、サイシナヤ、瓜が熟するまで、瓜が熟するまでに。

【解説】
山城:現在の京都府南部。
狛:地名。朝鮮半島からの渡来人が居住した地域か。
瓜を栽培する農民から求婚されたことを、
女の視点から歌った歌謡。

【源氏物語】
<「紅葉賀」巻>
源典侍が「瓜作りになりやしなまし」
と歌っているのは
この「山城」の歌詞と思われるが、
そのものの句はない。

竹河たけかは

竹河の 橋のつめなるや 橋のつめなるや 花園はなぞのに はれ
花園に われをば放てや 我をば放てや 少女めざしたぐへて

【現代語訳】
竹河の、橋のたもとの、橋のたもとの、花園に、ハレ、
花園に、私を追い放ってくれよ、私を追い放ってくれよ。少女と一緒に。

【解説】
竹河:伊勢国多気郡斎宮村(現在の三重県明和町)の地名。
伊勢の斎王の御所である斎宮があった場所。
花園:地名。竹河の橋の前に花園があった。

伊勢の斎宮に仕えている少女と
恋愛関係に陥った男が、
少女とともに追放されることを望む歌謡か。

【源氏物語】
<「初音」巻>および
<「真木柱」巻>

正月の男踏歌で
「竹河」が歌われている。

<「竹河」巻>
薫と蔵人少将、藤侍従が
一緒に催馬楽「竹河」を歌っている。

その後に詠んだ以下の和歌は、
「竹河」の歌詞を踏まえている。

竹河の橋うちいでし一節に
深き心の底は知りきや

河口かはぐち

河口かはぐちの せき荒垣あらがきや 関の荒垣や まもれども はれ
まもれども 出でて我寝われねぬや 出でて我寝ぬや 関の荒垣

【現代語訳】
河口の関の荒垣よ、関の荒垣よ、娘を母親が守っているけれど、ハレ、
守っているけれど、関を通り抜けて私は娘と寝てしまったよ。通り抜けて私は娘と寝てしまったよ。関の荒垣。

【解説】
母親が監視を目を光らせているけれども、
夜這いをして娘と寝てしまったという内容の歌謡。
もしくは、親の目をぬすんで
娘が家を飛び出して男と寝た、という内容か。

【源氏物語】
<「藤裏葉」巻>
雲居雁と結ばれた
夕霧のセリフ中に「河口」が登場する。

「少将の進み出だしつる『葦垣』のおもむきは、
耳とどめたまひつや。いたきぬしかな。
『河口』とこそ、さしいらへまほしかりつれ」

弁少将(後の紅梅大納言)は、
夕霧が夜這いをしたという意味で
「葦垣」を歌ってあてこすったけれど、
事実としては「河口」の歌詞ように
雲居雁が自分から親の目をぬすんで
自分に逢ってくれたのだと、
夕霧は雲居雁に対して戯れかかっている。
続く2人の贈答歌も、「河口」の歌詞を踏まえたもの。

浅き名を言ひ流しける河口は
いかが漏らしし関の荒垣

漏りにける岫田の関を河口の 
浅きにのみはおほせざらなむ

美作みまさか

美作みまさかや 久米くめの 久米の佐良山さらやま さらさらに なよや さらさらに なよや
さらさらに  我が名は立てじ 万代よろづよまでにや 万代までにや

【現代語訳】
美作よ、その久米の郡の、久米の郡の佐良山ではないけが、さらさらに、ナヨヤ、さらさらに、ナヨヤ、
決して私の恋の評判を、私の恋の評判を世間に広めまい。万年の後までもよ、万年の後までもよ。

【解説】
美作:現在の岡山県北部。
「佐良山」までは「さらさら」を起こすための
序詞となっている。
「さらさら」は打消しの言葉を伴って
「決して~しない」という意味。

男が女に対して、2人の関係を決して世間に
広めないと約束している歌謡。
大嘗会で奏された美作国の風俗歌が
催馬楽に取り込まれたもの。

藤生野ふぢふの

藤生野ふぢふのの かたち かたちがはらを めはやし なよや 標めはやし なよや
標めはやし いつき いはひししるく ときにあへるかもや 時にあへるかもや

【現代語訳】
藤生野の、かたち、かたちが原に、侵入してはならない標識をたくさんつけて、ナヨヤ、標識をたくさんつけて、ナヨヤ、
標識をたくさんつけて、身を清めて仕え、大切に守った効果がはっきり現れて、時運にあって繁栄したものよ、時運にあって繁栄したものよ。

【解説】
歌の意味はハッキリしないが、
「かたち」から容貌を連想して、
藤原氏が美しい娘を大事に育てて后とし、
外戚として栄華を極めたという内容の
歌謡であろうと言われている。
む」は、神や人の領地であることを
示す目印をつけること。

婦与我いもとあれ

いもあれと いるさの山の 山蘭やまあららぎ 手な取り触れそや かほまさるがにや くまさるがにや

【現代語訳】
愛する女と私とが分け入った、いるさの山の山蘭よ。その山蘭に手を触れるなよ。花がよりいっそう美しく咲くようによ、早くもっと美しく咲くようによ。

【解説】
「妹と我と」が「入る」(分け入る)と
歌枕「いるさの山」をかけている。
山蘭とはコブシの古称。

【源氏物語】
<「横笛」巻>
落葉の宮に執心する夕霧が
「妹と我といるさの山の」と口ずさんでいる。

奥山おくやま

奥山に 木るやをぢ 木やはけづる 真木まきやは削る 木削るをぢ

【現代語訳】
奥山で、木を切るのか、おじいさん。木を削るのか。立派な木を削るのか。木を削るおじいさん。

【解説】
裏にどのような意味があるのかはハッキリわかっていない。

奥山おくやま

奥山に 木流す さかきがをぢ 木やと木やと 真木まきやは削る 木やは削る 木削るをぢ

【現代語訳】
奥山で、川に木を流すさかきのおじいさん、木よ木よと言っている。立派な木を削るのか。木を削るのか。木を削るおじいさん。

鷹山たかやま

鷹山に 鷹を 鷹をはなちあげ ぐをなみ あはれ 招ぐをなみ はれ
招ぐをなみ 我がす 我がする時に 逢へるせなかもや 逢へる夫かもや 

【現代語訳】
鷹狩をする山に、鷹を、鷹を放って飛ばして、呼び戻せないので、アハレ、呼び戻せないので、ハレ、
呼び戻せないので、私が、私が鷹を招き戻すおまじないをする時に、逢った夫よ。逢った夫よ。

【解説】
「又説、『あへる白かも』」とある。
「白」とは白鷹のことであり、
鷹の中でも特に尊重された。
本来は大切にしていた白鷹が無事に帰ってきた
喜びを歌う歌だったのが、
女の恋歌(あへる夫かも)に転じたものと言われている。

紀伊国きのくに

紀伊国きのくにの しららの浜に ま白らの浜に りゐるかもめ はれ そのたま持て
風しも吹けば 余波なごりしも立てれば 水底霧みなぞこきりて はれ その珠見えず

【現代語訳】
「紀伊国の、白らの浜に、真っ白な白らの浜に、降り立って休んでいる鷗よ、ハレ、その真珠を持ってこい」
「風が吹くので、波が残っているから、水の底がかすんでいて、ハレ、その真珠が見えない」

【解説】
人と鷗との問答形式の歌謡。

石川いしかは

石川の 高麗人こまうどに 帯を取られて からきくいする
いかなる いかなる帯ぞ はなだの帯の なかはたいれなるか
かやるか あやるか 中はたいれたるか 

【現代語訳】
「石川の高麗人に、無理に帯をとられてひどい目にあったと後悔しているよ」
「どのような、どのような帯なんだ。浅葱色の帯で、中が切れているものか、中が切れているものか」
「こうしようも、ああしようも、中は切れていたよ(男との関係はもう切れているよ)」


【解説】
石川:大阪府富田林市を流れる石川流域。
石川に住んでいた渡来人の男と日本人の女が
関係を持ったところ、
男に帯をとられてしまったという内容。
男と女との問答形式の歌謡となっている。
「中はたいれなる」は帯が「切れている」と
男女の関係が「切れている」と二重の意味を
持っているか。
「かやるか、あやるか」は語義未詳。

【源氏物語】
<「紅葉賀」巻>
光源氏が詠んだ以下の和歌は、
催馬楽「石川」の歌詞を踏まえたものである。

なか絶たえばかことや負ふと危ふさに
はなだの帯を取りてだに見ず

<「花宴」巻>
光源氏が石川の歌詞の
「帯」を「扇」に言い換えて言っている。
「扇を取られて、からき目を見る」
それを聞いた右大臣家の女房は
「あやしくも、さま変へける高麗人かな」
(変わった高麗人ですね)と応じている。

葛城かづらき

葛城の 寺の前なるや 豊浦とよらの寺の 西なるや
葉井はゐに 白璧沈しらたましづくや 真白璧沈ましらたましづくや おしとと とおしとと
しかしてば 国ぞさかえむや 我家わいえらぞ とみせむや おおしとと としとんと おおしとんと としとんと

【現代語訳】
葛城の寺の前のよ、豊浦の寺の西のよ、
その榎の根元の井戸に、真珠が沈んでいるよ、真っ白な真珠が沈んでいるよ。オシトト、トオシトト。
そうであったら、国が栄えるだろうよ。私の家は裕福になるだろうよ、オオシトト、トシトント、オオシトント、トシトント。

【解説】
葛城:大和国葛城郡。現在の奈良県。金剛山の東側あたり。
『続日本紀』にはこれに似た童謡わざうたが収録されている。
光仁天皇の即位の兆候として歌われたとのこと。

【源氏物語】
<「若紫」巻>
北山から京へ帰る日に、
迎えに来た弁の君という公達が、
光源氏の資質を賛美する目的で
催馬楽「葛城」を歌っている。

<「若菜下」巻>
六条院の女楽において、
催馬楽「葛城」が演奏され、歌われている。

此殿このとの

この殿は むべも むべも富みけり 三枝さきくさの あはれ 三枝の はれ
三枝の つばつばの中に 殿とのづくりせりや 殿づくりせりや

【現代語訳】
この殿は、なるほど、なるほど栄えているなあ。三枝の、アハレ、三枝の、ハレ。
三棟も四棟も立派に立ち並んでいる中に、御殿を作ったことだ。御殿を作ったことだ。

【解説】
三枝さきくさ:「三つ」の枕詞。
三枝が何なのかは未詳。
幸草とも記し、幸福の象徴とされる。

御殿を称賛する内容の歌謡。
元は短歌形式か。
「この殿はむべも富けり三枝の三つば四つばに殿づくりせり」

【源氏物語】
<「初音」巻>
正月二日、新築の六条院の饗宴にて
催馬楽「此殿」が歌われていて、
光源氏も声を添えている。
正月の祝宴にふさわしい歌謡である。

<「竹河」巻>
玉鬘邸を訪問した蔵人少将(夕霧の子)が
歌っている。

<「早蕨」巻>
中君が京の二条院に移った際に、
「此殿」を踏まえた表現が見られる。
「殿造の、三つば四つばなる中に」

此殿西このとののにし

この殿の 西の 西の倉垣くらがき 春日はるひすら あはれ 春日すら はれ
春日すら 行けど 行けども尽きず 西の倉垣や 西の倉垣 

【現代語訳】
この御殿の、西の、西のほうに立ち並んでいる倉よ。長い春の日でさえ、アハレ、長い春の日でさえ、ハレ、
長い春の日でさえ、いくら歩いても歩いても終わることがない、西の倉の連なりよ。西の倉の連なり。

【解説】
倉垣:垣根のように
ずらりと立ち並んだ倉のこと。
昼間の時間が長くなった春の日でさえ、
暮れるまでに倉の終端まで
たどり着くことができない。
それほど倉が多くて、
御殿が富み栄えているという意味である。

此殿奥このとののおく

この殿の 奥の 奥の酒屋さかやの うばたまり あはれ うばたまり はれ
うばたまり われを 我を恋ふらし こさかごゑなるや ごゑなるや

【現代語訳】
この御殿の、奥の、奥にある酒造屋のお婆さん、アハレ、お婆さん、ハレ、
お婆さんが、私を、私を恋い慕っているらしい。少し酒焼けの声であるよ、声であるよ。

【解説】
老女の恋という意味では
『伊勢物語』六十三段「つくも髪」を連想してしまう。
「こさかごゑ」には諸説あって
「小酒肥え」「小賢肥え」「濃酒乞」などの解釈がある。

我家わいへ

我家わいへは 帷帳とばりちゃうも れたるを 大君おほきみ来ませ むこにせむ 御肴みさかなに 何よけむ 鮑栄螺あはびさだをか 石陰子かせよけむ 鮑栄螺か 石陰子よけむ

【現代語訳】
私の家は、帷も帳も垂れているので、皇族さまよ、いらっしゃい。婿として迎えましょう。酒のさかなは何がよろしいですか。アワビか、サザエか、ウニがよろしいでしょう。

【解説】
帷:部屋の鴨居などから垂らした布。
帳:几帳など隔てのために垂らした布。
石陰子かせ:ウニの古称。

アワビ、サザエ、ウニは
女陰の喩えとして挙げられている
ととらえる見方もある。
「酒のさかなとして女性はいかがでしょうか」
という意味になる。

【源氏物語】
<「帚木」巻>
光源氏が「とばり帳も、いかにぞは」
(帷帳の準備は、どうなっているか)と
紀伊守に問うている。
これは、催馬楽「我家」の句を
引用した会話であり、
「女性の準備はできているか?」という意味である。

<「常夏」巻>
光源氏と玉鬘の会話で
「我家」が踏まえられている。

<「若菜」巻>
女三の宮の降嫁の際に、
「婿の大君といはむにもこと違ひて」
とある。
催馬楽「我家」の歌詞を思わせる表現である。

青馬あをのま

あを放れば 取りつなげ さ青の馬放れば 取り繋げ しのいさの しのいさ矢の させ曾孫ひこなる さ郎子いろんご またはたろんごの子なる さ郎子いろんご


【現代語訳】
黒馬が手綱を振り切って放たれたならば、手綱をとってつなげ。真っ黒な馬が手綱を振り切って放たれたならば、手綱をとってつなげ。しのぎ羽のついた矢羽根の、しのぎ羽のついた矢羽根の、させ子の曾孫である息子よ、またあるいは、ろんごの子である息子よ。

【解説】
青の馬:古代では青光りする黒馬を指す。
醍醐天皇の頃に白馬を指すようになった。
させ子:人の名か。
いろんご:息子のこと。
ろんご:「いろんご」の略か。
「しのいさ矢の」:「さ」につく枕詞。
放蕩息子を馬に喩え、好き勝手させないぞ
という意味であろうか。

浅緑あさみどり

浅緑あさみどり はなだ めかけたりとも 見るまでに 玉光たまひかる 下光したひかる 新京朱雀しんきゃうすざかの しだりやなぎ またはたとなる 前栽秋萩せんざいあきはぎ 撫子蜀葵なでしこからほひ しだり柳

【現代語訳】
淡い緑色や藍色の色の糸を、染めてかけているように見えるくらいに、真珠の光る、下の方まで光る新しい都の、朱雀大路に立っている枝垂柳よ。またあるいは湧き水がたまっている植え込みの、秋萩、撫子、立葵、枝垂柳よ。

【解説】
平安京は、左京と右京で高低差があり、
低地の右京は洪水被害を受けやすく、
湿地帯であった。
貴族たちは右京には住みたがらず、
10世紀頃には右京は荒廃していく。
「井となる前栽」というのは右京の有様を
皮肉ったものであろう。
前半は、新しく造都された平安京の美しさを
賛美する内容となっている。

妹之門いもがかど

いもかど せなが門 行き過ぎかねてや が行かば 肱笠ひぢかさの 肱笠の 雨もや降らなむ しで田長たをさ あまやどり 笠やどり やどりてまからむ しで田長

【現代語訳】
愛する女の家の門、愛する男の家の門、その門の前を通り過ぎることができなくて、私が行くならば、肘を笠にする、肘を笠にする雨が降ってほしいよ。ほととぎすよ、雨宿りだ。笠の代わりだ。雨宿りしてから行こう。ほととぎすよ。

【解説】
『万葉集』に類似の歌が見られる。
「妹が門行き過ぎかねつひさかたの雨も降らぬかそをよしにせむ」
雨宿りを口実に、好きな女の家を訪問したい
という内容の歌謡である。

『万葉集』と催馬楽「妹之門」には
共通の原歌(農耕歌)が存在し、
その原歌が宮廷の内部に受容される過程で、
恋歌に変っていったと推測されている。

「しで田長」という語が見られるのは、
農耕歌の名残であろう。

しで田長:「しづの田長」の変化したもので
田植えの時期を知らせる鳥のこと。
ほととぎすの異称。
「田長」とは農事の統率者のこと。
田植歌として歌われていた可能性がある。

夫が門:この語はないほうが意味が通りやすい。
地方で歌われているうちに挿入されたのだろうか。

【源氏物語】
<「若紫」巻>
光源氏が詠んだ以下の和歌
は催馬楽「妹之門」を踏まえている。

「朝ぼらけ霧立つ空のまよひにも
行き過ぎがたき妹が門かな」

あなた(女)の家に
ちょっと寄らせてくださいよ
という意味で詠まれている。

<「末摘花」巻>
「源氏が立ち寄る場所」という意味で
御笠宿おほんかさやどり」という表現が見える。
雨が降っている時に女の家に行くことを
「笠宿り」と言っている箇所もある。

<「須磨」巻>
御禊みそぎの最中に降って来た
雨のことを「肱笠雨ひじかさあめ」と言っている。
にわか雨という意味か。

席田むしろだ

席田むしろだの 席田の 伊津貫川いつぬきがはにや 住む鶴の 伊津貫川にや 住む鶴の
住む鶴の 住む鶴の 千歳ちとせをかねてぞ 遊びあへる 千歳をかねてぞ 遊びあへる

【現代語訳】
席田の、席田の、伊津貫川によ、住む鶴が、伊津貫川によ、住む鶴が、
住む鶴が、住む鶴が、大君の千年もの長寿を予祝して舞い踊っています。千年までもと予祝して舞い踊っています。

【解説】
席田:現在の岐阜県本巣市。
伊津貫川:現在の糸貫川。
天皇の長寿を願う内容の歌謡。
大嘗会で奏上された歌である。

【源氏物語】
<「若菜上」巻>
紫の上が源氏四十の賀のために
主催した薬私物供養の精進落としの宴にて、
「千歳をかねて遊ぶ鶴の毛衣に思ひまがへらる」
という表現が見られる。
これは催馬楽「席田」を連想させる表現であり、
下男たちが心づけとしてもらった白い衣服を
肩にかけている様子が、
まるで源氏の長寿を予祝して舞っている鶴のようだ
と喩えているものである。

鈴之川すずかがは

鈴鹿川すずかがは 八十瀬やそせの滝を 皆人みなひとの づるもしるく ときにあへる 時にあへるかも

【現代語訳】
鈴鹿川の、多くの瀬の滝を、みんなが褒める効果が現れて、栄えている時に巡り合った。栄えている時に巡り合ったことよ。

【解説】
鈴鹿川:三重県北部を流れる川。
現在の亀山市、鈴鹿市を流れる。
八十瀬:瀬(川の浅い場所)が
多くあるという意味。
鈴鹿川はその浅瀬で斎宮が禊を行う
神聖な地。
禊をする瀬が八十もあるような
聖なる川という認識であった。

【源氏物語】
<「賢木」巻>
六条御息所が娘とともに、
野の宮から伊勢へ出発する際に、
以下のような和歌が詠まれている。

振り捨てて今日は行くとも鈴鹿川
八十瀬の波に袖は濡れじや
(光源氏)

鈴鹿川八十瀬の波に濡れ濡れず
伊勢まで誰れか思ひおこせむ
(六条御息所)

酒飲さけをたうべて

酒をたうべて たべうて たふとこりそ まうでぞ よろぼひぞ まうで来る まうで来る まうで来る

【現代語訳】
酒を飲んで、飲んで酔っ払って、べろべろになって参上しましょう。よろめいて転ぶなよ。参上します。参上します。参上します。

【解説】
宴会で好んで歌われたであろう歌謡。

田中たなか

田中の井戸ゐどに 光れる田水葱たなぎ め摘め吾子女あこめ 小吾子女こあこめ たたりらり 田中の小吾子女

【現代語訳】
田んぼの中の水たまりに、きらきら光っている水葵を、摘め摘め少女よ、かわいい少女よ。タタリラリ、田んぼの中のかわいい少女よ。

【解説】
田水葱:水葵もしくは小水葱こなぎの古称。
水田などに自生し、青紫色の花を咲かせる。
「たたりらり」:
笛譜の唱歌が囃子詞となったもの。
唱歌とは笛の旋律を声で表したもので、
笛の楽譜にカタカナで記載してある。

美濃山みのやま

美濃山に しじひたる 玉柏たまがしは 豊明とよのあかりに 会ふが楽しさや 会ふが楽しさや

【現代語訳】
美濃山にぎっしり生えている玉柏。玉柏が宮廷の饗宴に巡り合えたことを楽しいと思っているよ。巡り会えたことを楽しいと思っているよ。

【解説】
美濃山:美濃国(現在の岐阜県)の山。
玉柏:「玉」は接頭語で、
「美しく尊い柏」というような意味。

大嘗祭において、
新穀を奉る地方を悠紀国・主基国というが、
米以外にも色々なものが献上される。
この歌謡では、
美濃が柏の葉を献上したのだろう。
柏の葉を擬人化して、
「柏が、素晴らしい饗宴に会えて喜んでいる」と歌っている。

大宮おほみや

大宮の 西の小路こむぢに 漢女子産あやめこむだり さ漢女子産やめこむだり たらりやりんたな

【現代語訳】
大宮大路の西の小路で、渡来人の女が子どもを産んだ。渡来人の女が子どもを産んだ。タラリヤリンタナ。

【解説】
漢女:中国系の渡来人である
漢人(女)のこと。
「たらりやりんたな」:
笛譜の唱歌が囃子詞となったもの。

角総あげまき

総角あげまきや とうとう ひろばかりや とうとう さかりてたれども まろびあひけり とうとう かりあひけり とうとう

【現代語訳】
総角あげまきの髪型に髪を結った子どもよ、トウトウ、一尋ひとひろぐらいよ、トウトウ、離れて寝たけれども、お互い転がり合っていたことよ、トウトウ、くっつき合っていたことよ、トウトウ。

【解説】
「角総」という題名がついているが、「総角」が正しい。

総角あげまき:古代の子どもの髪型で、角髪みづらに似たもの。
その髪型をした子どもを指す場合もある。
尋:一尋。大人が両手を左右に広げたくらいの距離。
約1.8m。
「とうとう」:囃子詞。

この歌謡は、
「男女の子どもが一緒の部屋で寝ていたら
2人とも転がり合って
いつの間にかくっついて寝てしまったよ」
という意味であり、子ども同士の恋を表現している。

【源氏物語】
<「総角」巻>
薫が大君に対して催馬楽「総角」の歌詞を
踏まえた和歌を詠んでアプローチしている。

あげまきに長き契りを結びこめ
同じ所に縒りも会はなむ

本滋もとしげき

本滋もとしげき 本滋き 吉備きび中山なかやま 昔より 昔から
昔から 昔より 名のぬは いまのため 今日けふの日のため

【現代語訳】
木々がたくさん茂っている、木々がたくさん茂っている、吉備の中山が、昔から、昔から、
昔から、昔から、その名が古臭くならないのは、今の天皇の御代のためです。今日の祝いの日のためです。

【解説】
吉備:現在の岡山県と広島県の一部。
大嘗会で奏上された歌であろう。

眉止之女まゆとじめ

御秣みまくさ取り飼へ 眉刀自女まゆとじめ 眉刀自女 眉刀自女 眉刀自女 眉刀自女 眉刀自女 眉刀自女

【現代語訳】
飼料を手にとって、馬に食べさせなさい。眉刀自女 眉刀自女 眉刀自女 眉刀自女 眉刀自女 眉刀自女 眉刀自女。

【解説】
眉刀自女:成人になっても
眉を抜かないでいる女性のこと。
貴族たちは眉を抜いて化粧をしたが、
低い身分の女性は眉を抜かなかった。
馬に飼料を与えたり、
饗宴で酒の準備をしたりする女性の召使いのことか。

無力蝦ちからないかへる

力なきかへる 力なき蝦 骨なき蚯蚓みみず 骨なき蚯蚓

【現代語訳】
力のない蛙、力のない蛙、骨のないみみず、骨のないみみず。

【解説】
『梁塵後抄』によると
神楽歌の中の早歌のたぐいが混ざりこんだと推測している。
早歌とは、ユーモラスな早口問答の歌のこと。

難波海

難波の海 難波の海 漕ぎもて上る 小舟大船 筑紫津までに 今少い上れ 山崎までに

【現代語訳】
難波の海、難波の海、艪をこいで、そして京へ上る、小舟大船。筑紫津まであと少し漕ぎ上れ、そして山崎まで。

【解説】
難波:大阪市付近の海。
筑紫津:九州へ行く船が出る港のこと。山崎のやや下流にあった。
大阪府高槻市に筑紫津神社がある。
山崎:京都府乙訓郡大山崎町
西のほうから船でやってきて、京の都を目指す内容の歌謡。

『新編 日本古典文学全集42』には、
催馬楽だけでなく
神楽歌、梁塵秘抄、閑吟集も収録されています。

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