MENU
撫子
このサイトの管理人
30代後半の主婦。
高校生の頃から源氏物語に興味を持ち始めました。大学では源氏物語を研究し、日本語日本文学科を首席卒業しました。
30代になり、源氏物語を改めて学びなおしています。
お問い合わせ

大河ドラマ「光る君へ」放送中! 漫画「あさきゆめみし」で源氏物語を学ぼう!

石山寺は源氏物語が書かれた場所?紫式部との関係を解説。大河ドラマ館の紹介も!

このサイトのリンクには、プロモーション広告が含まれています。
石山寺は源氏物語が書かれた場所?紫式部との関係を解説。大河ドラマ館の紹介も!

源氏物語 初心者
「源氏物語」が石山寺で書かれたって本当なの?


滋賀県大津市にある石山寺は、
紫式部が「源氏物語」を書き始めた場所として
知られていますね。

2024年大河ドラマ「光る君へ」の
大河ドラマ館も開催されています。

この記事では、石山寺と源氏物語の関係を
中心に詳しく解説しています。

この記事でわかること

・石山寺と紫式部の関係
・石山寺の源氏の間と紫式部像の紹介
・「光る君へ」大河ドラマ館の情報と
 実際に見てきた感想
・源氏物語で石山寺が登場する箇所

この記事を読むことで、
石山寺と「源氏物語」および紫式部との関係が
しっかりわかります😊

筆者
これから大河ドラマ館に行く方の参考にもなりますので、ぜひ最後までお読みください。

目次

石山寺は源氏物語が誕生した場所?紫式部との関係

滋賀県の石山寺は、
紫式部が「源氏物語」の着想を得た
という伝説で有名です。

石山寺に伝わる紫式部の伝説

寛弘元年(1004年)、中宮彰子による
「新しい物語を読みたい」という要望を受け、
紫式部は石山寺に7日間参篭し、
物語の構想を練っていました。

その際に、紫式部は
琵琶湖の湖面に映る十五夜の月を見て
須磨に流された貴公子が月を眺め
都を恋しく思うシーンを思いついたのです。

これが「源氏物語」の誕生であり、
紫式部は「須磨」「明石」の巻から
「源氏物語」を書き始めました。

しかし、その伝説はあくまで伝説であり
歴史的事実として確認できるものではありません。


伝説がウソである可能性が高いのです。

石山寺と紫式部・「源氏物語」との関係について、
以下に詳しく説明します。
伝承の真偽について考えていきましょう。

紫式部は実際に「石山詣」を行った?

石山寺は奈良時代に創建された観音霊場です。

平安時代において、
京都の清水寺や奈良の長谷寺と並んで
三観音の一つとされていました。

石山寺 東大門
石山寺 東大門

平安時代には、石山寺参詣が
貴族の女性たちにたいへん人気でした。

なぜ石山寺参詣が人気だったの?

当時は観音信仰が盛んであり、
現世利益と来世の幸福と
両方を祈願できる仏様として多くの
信仰を集めていたのです。

さらに琵琶湖の美しい景色を眺め
られるため、観光的要素もあった
かも知れません。

「蜻蛉日記」の作者・藤原道綱母や
「更級日記」の作者・菅原孝標女などが
石山寺に参詣したことが記録されています。

源氏物語 初心者
じゃあ、紫式部も石山寺に行ったことがあったんだね?


筆者
いいえ、紫式部が石山寺を詣でたという記録はありません。


しかし「源氏物語」には
石山寺に関する記述がいくつか見られますし、
当時の貴族女性で流行していたことから、
紫式部も石山寺に参詣したことが
あったかも知れませんね。


ちなみに紫式部の邸宅があったとされる
京都の蘆山寺から滋賀の石山寺までは
徒歩4時間半かかります。


距離にすると19.2km。
ハーフマラソンと同じくらいですね。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次