


源典侍は、「紅葉賀」「葵」「朝顔」
3つの巻のみに登場する老女です。
みずからの年齢や老いた容姿をわきまえず
光源氏や頭中将といった貴公子との
恋愛を好む源典侍の挿話はたいへん滑稽であり、
シリアスなストーリー展開の中での
ちょっとした息抜きのような役割を果たしています。
光源氏と源典侍の挿話は、
『伊勢物語』六十三段「つくも髪」
で語られる在原業平と老女との話を
ふまえていると言われています。
この記事では、源典侍がどのような女性なのか
詳しくわかりやすく解説します。
性格、容姿、年齢、身分などを
詳しく解説しています。
その他、
・源典侍のモデル
・源典侍と光源氏の関係性
・源典侍の和歌の特徴
・エピソード一覧
についても記載しています。
下記の目次をタップして、
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源典侍ってどんな人?性格、容姿、年齢を解説。
ここでは、源典侍の
- 人間関係
- 性格
- 容姿
- 年齢
- 身分
について解説していきます。
人間関係



源典侍は、誰の子、誰の姉妹などと、
血縁関係は全く語られていません。
桐壺帝に仕える典侍であり、
光源氏に言い寄る老女として
単体で登場するキャラクターです。



ただし、源姓であることから、
先祖が皇族であると推察できます。
本文中からは他にもいくつかの人間関係が読み取れます。
まず、源典侍は、
修理の大夫という官職の男性と
恋人関係にあるということです。
源典侍は、女ざかりの頃には、
女御や更衣たちと帝の寵愛を
競っていたらしいのですが、
年をとってからは修理の大夫などのような
適当な男たちと情を交わしていたのでしょう。
そして、「朝顔」巻では尼になり
女五の宮の弟子として仏に仕えていると
語られています。
女五の宮とは、桐壺帝の妹です。





『源氏物語画帖 紅葉賀』(部分)土佐光起筆 江戸時代
性格



源典侍の性格を端的に言い表すと、
- 好色
- 派手好き
- 厚かましい
という3点があげられます。
一つずつ詳しく解説していきますね。
好色者である
源典侍は、「紅葉賀」巻で初めて登場してすぐに
次のような風評が紹介されています。
【原文】
年
いたう老
いたる典侍
、人
もやむごとなく、心
ばせあり、あてに、おぼえ高
くはありながら、いみじうあだめいたる心
ざまにて、そなたには重
からぬあるを、
【現代語訳】
たいへん年をとっている典侍で、家柄がよく、才気があり、高貴で、人から尊敬されてはいるけれど、とても好色な性格で、その点では腰の軽いのを、
高貴な家の出身で、才女であり、
周囲の人々からの評判はいいけれど、
非常に男好きで、浮気っぽくて
軽々しい態度をとる性格でした。
好色(男好き)であるという性格は、
源典侍を語る上で最も重要な要素です。
ただ、光源氏にハマっている間に関しては、
本当に会いたいと思う相手は
光源氏ただ一人だったとも語られており、
そうとう光源氏の魅力にのめりこんでいたようです。
派手好き
源典侍は、たいへん華やかで若作りをした
外見を好む人でした。
【原文】
『源氏物語』「紅葉賀」より引用
装束
、ありさま、いとはなやかに好
ましげに見
ゆるを、「さも古
りがたうも」と、心
づきなく見
たまふものから
【現代語訳】
衣装や、着こなしも、たいへん派手に洒落て見えるのを、「何とも若づくりな」と、苦々しく御覧になる一方で
同じく「紅葉賀」の巻で、源典侍が、
派手な絵が描いてある夏扇に顔を隠して
流し目で振り返る描写はひじょうに印象的です。






「葵」の巻でも、源典侍は
派手に袖口を出した女車に乗って登場しています。
厚かましい
源典侍は、
年老いて容貌が衰えているにもかかわらず、
自分から積極的に光源氏に言い寄る
厚かましさを見せています。
「紅葉賀」「葵」「朝顔」
それぞれの登場巻にて、源典侍は
光源氏に和歌を詠みかけ、
風流たっぷりに言い寄っており、
その好色ぶりと厚かましさが面白みとなっているのです。
気の強い女ではない
これまで紹介してきた通り、
癖のある性格の源典侍ですが、
そんなに気の強い女ではなさそうです。
源典侍が光源氏と温明殿で密会している時に、
脅かそうと思って頭中将が忍び入ります。
源典侍は、恋人の修理の大夫が入って来て
浮気を怒っているのだと勘違いし、
手を擦り合わせて拝んで乱暴をやめさせようとしています。



光源氏と頭中将の間で怖がっている描写から、
源典侍は多情な性格である一方で、
強気・勝気な性格ではないとわかります。



容姿



源典侍の容姿は、以下のように描写されています。
【原文】
『源氏物語』「紅葉賀」より引用
この内侍常
よりもきよげに、様体
、頭
つきなまめきて、装束
、ありさま、いとはなやかに好
ましげに見
ゆるを、「さも古
りがたうも」と、心
づきなく見
たまふものから、「いかが思
ふらむ」と、さすがに過
ぐしがたくて、裳
の裾
を引
きおどろかしたまへれば、かはぼりのえならず画
きたるを、さし隠
して見返
りたるまみ、いたう見延
べたれど、目皮
らいたく黒
み落
ち入
りて、いみじうはつれそそけたり。
【現代語訳】
この典侍が、いつもよりさっぱりと小綺麗で、姿形、髪型が優美であり、衣装や、着こなしも、とても派手に洒落て見えるのを、(光源氏は)「まったく若づくりをするものだ」と、苦々しく御覧になる。いっぽうで、(光源氏は典侍が)「どう思っているのだろう」と、そうは言っても無視できなくて、裳の裾を引っ張って注意をお引きになる。(典侍は)派手な絵が描いてある夏扇で、顔を隠して振り返った目は、ひどく流し目であるが、目の皮がげっそりと黒く落ち窪んでいて、肉が落ちて皺だらけだ。
※「つれそそけたり」は、ほつれた毛髪が、扇で隠しきれずに、はみ出でている様子であるという解釈もある。
源典侍は、
身だしなみはこざっぱりとしていて、
衣裳は派手で華やかだけれど、
とにかく年をとっているから
目の周囲の肉が落ちて黒っぽく
皺だらけになってしまっており、
とても美しいとは言えない容貌です。
「朝顔」の巻では、10年以上たって
さらに年を重ねており、
「いたうすげみにたる口
つき、思
ひやらるる声
づかひ」
(非常にすぼんだ口の形が想像される声)
と描写されてています。
老いて口回りの筋肉が衰えた結果、
口をすぼめて話すようになっていたということです。
「朝顔」巻の
「この盛
りに挑
みたまひし女御
、更衣」
という叙述から、
源典侍は遠い昔には、
女御、更衣と帝の寵愛を争っていた
と読み取れるため、若い頃の源典侍は
かなりの美貌を持っていたのでしょう。
しかし、老化はすべての輝きを
奪っていってしまいました。



ちなみに、源典侍は
催馬楽を歌う声がたいへん美しく、
さらに琵琶の名人であるとも語られています。





『源氏物語図屏風 紅葉賀』狩野氏信筆 江戸時代
年齢



「紅葉賀」の巻で、
源典侍は57、58歳であると語られています。
【原文】
『源氏物語』「紅葉賀」より引用
好
ましう若
やぎてもてなしたるうはべこそ、さてもありけれ、五十七
、八
の人
の、うちとけてもの言
ひ騒
げるけはひ、
【現代語訳】
(源典侍は)好ましく若づくりして振る舞っている外見だけは、まあ悪くはないけれど、五十七、八歳の女が、着物を乱して慌てふためいている様子は、
源典侍は同じ「紅葉賀」の巻で
「年
いたう老
いたる典侍」
(とても年老いた典侍)
と紹介されていますが、実はまだ50代だったのです。



高齢者の定義はさまざまですが、現代では
一般的に50代後半というと、まだ中年のイメージですね。
でも平安時代は今より平均寿命が短かったため、
50代後半で老女扱いされていたようです。



その3年後、「葵」の巻では、源典侍は
「祖母殿」というあだ名で呼ばれており、
そうとうなおばあさん扱いです。
その頃、源典侍は60歳もしくは61歳。
まあおばあさん扱いも仕方ないかも知れません。
さらに10年後「朝顔」の巻では
源典侍は70歳もしくは71歳になっています。
いまだに好色心を忘れていない様子でした。
| 巻名 | 源典侍の年齢 | 光源氏の年齢 |
|---|---|---|
| 紅葉賀 | 57もしくは58 | 19 |
| 葵 | 60もしくは61 | 22 |
| 朝顔 | 70もしくは71 | 32 |
この時代の貴族たちの平均寿命は
あまり長くありませんでした。
藤原道長は62歳で没していますし、
藤原定子は24歳で、
一条天皇は32歳で崩御しています。
『源氏物語』中でも紫の上は43歳で、
藤壺の宮は37歳で亡くなっています。
そのような時代に源典侍のように
70代でも元気というのは驚異的なことであり、
現代の感覚だと90代のおばあさんが
毎日ウォーキングをしているようなものですね。
ちなみに道長の娘の彰子は、87歳、
道長の妻であり彰子の母である源倫子は、
90歳まで長生きしていますが、
珍しいケースでした。
身分



源典侍という呼び名は、
典侍という官職を務めている
源姓の人物という意味です。
典侍は良い家柄の娘がつける官職であり、
上臈の女房の位置づけでした。
※上臈:身分の高い女官のこと
以下、もう少し詳しく説明します。
典侍とはどのような身分なのか?
典侍とは、
天皇の秘書としての職務を担う内侍司の
次官であり、
(長官は后になることが多かったので
実質的な長官)
学問などに通じた、優秀で
家柄の良い女性が任命されていました。
三種の神器の一つである神鏡を守ったり、
政治に関する取り次ぎをしたり、
天皇の身の回りのお世話をしたりする仕事です。
紫式部が『源氏物語』を書いた一条朝においては
橘氏や藤原氏、源氏が典侍を務めており
従三位に叙せられる者もいました。
典侍は上流貴族に属するといえます。



| 位 | 家柄 | 官名 | 『源氏物語』の登場人物 |
|---|---|---|---|
| 大上臈 | 摂関家の娘、孫娘など | 尚蔵、尚侍など | 朧月夜、玉鬘など |
| 上臈 | 大臣や大納言の娘など | 典侍など | 源典侍 |
| 小上臈 | 公卿や殿上人、僧侶の娘など | 掌侍など | |
| 中臈 | 四、五位の者や医師、陰陽師の娘など | 命婦など | 少納言、王命婦、靫負命婦、大輔命婦など |
| 下臈 | 社司(神職)、受領、六位の娘など | 女蔵人など | 侍従の君、伊予、播磨、丹後など |
※典侍は上臈の女房
源典侍は、源氏の一員?
さらに源典侍は文字通り、源氏姓であり、
皇族の血をひいている尊い身分の女性でした。
みなさん御存じの通り『源氏物語』の主人公・
光源氏も源氏姓であり、
天皇を父親に持っていますね。
源典侍も皇族の血をひいているので
父方の祖先は光源氏と同じ
ということになりますが、
詳しい家系が述べられていないので、
どの程度近い親類関係なのかは不明です。
平安時代には、村上源氏、宇多源氏
など多くの皇族が臣籍降下をして
源氏姓を賜っており
源典侍もその子孫ということなのでしょう。
先帝の御代に典侍に任命されている?
「桐壺」巻で
「先帝の四の宮が
亡くなった桐壺更衣にそっくりである」
と桐壺帝に伝えた典侍と
「紅葉賀」巻で登場する源典侍は
同一人物ではないかと
推測されることがあります。
そして、その際の(「桐壺」巻の)
典侍についての説明として
①「先帝の御時の人」
(先帝の御代に任命された)とあります。
さらに典侍の発言として、
②「三代
の宮仕
へに伝
はりぬるに」
(三代の帝にわたって仕えてきましたが)
とあります。
「桐壺」巻の典侍と源典侍が同一人物だとして、
上記①と②を考え合わせると、
源典侍は二代前の帝(=先帝)の御代から
仕えているということになります。
源典侍が
女御、更衣と帝の寵愛を争っていたというのは、
任命されたばかりの先帝の時代のことなのでしょう。
【補足】
ちなみに、
『源氏物語』では一の院という
上皇も登場します。
先帝、一の院、桐壺帝の即位順は
以下であると推測できます。
先帝 ⇒ 一の院 ⇒ 桐壺帝



源典侍のモデル・源明子ってどんな人?



歴史学者・角田文衛氏は、
「源典侍とは、源明子のこと」であると
論じています。
源明子とは、
右大弁藤原説孝(紫式部の夫の兄)の
妻であり、典侍を務めていました。



源明子は典侍を務めており、
実際に当時「源典侍」と呼ばれていました。
『源氏物語』が書かれただろう
長保・寛弘年間において
「源典侍」と呼ばれていた女官は、
源明子ただ一人だったのです。



源明子は、『権記』によると
寛弘4年5月に辞表を出しています。
辞表を出した理由は明らかになっていませんが、
この時には既に
『源氏物語』が宮中で話題になっていて、
物語中の「源典侍」=源明子と重ね合わせるような
噂話が盛んにおこなわれていたとなると、
源明子が不名誉なイメージダウンに
居たたまれなくなって
辞表を提出した、という見方ができるのです。









なぜ紫式部は、色好みの老女を
「源典侍」という設定にしたのでしょうか?
それも記録に残っていない以上は
想像するしかありませんが、
紫式部が宮仕え中に、
典侍として勤める兄嫁・源明子と
何かトラブルが起きたのかも知れません。
つまり、兄嫁が気に入らないから、『源氏物語』に
兄嫁のイメージダウンになるようなことを
書いてやったということです。






源典侍と光源氏の関係



光源氏は源典侍に対して恋愛感情が無い
光源氏は一時的な火遊びとして、
源典侍と男女の関係を持ったと
読み取ることができます。
「齢
のほどいとほしければ、慰
めむ」
(歳をとっていてかわいそうなので、慰めてやろう)
「これもめづらしき心地
ぞしたまふ。」
(これも珍しい経験だとお思いになる)
など、光源氏は源典侍に対して
恋愛感情は一切なく、
ただ同情と興味から男女の関係を
持っていることになります。
神と巫女の関係性
また、鈴木日出男氏は、
光源氏と源典侍の関係性からは、
神と巫女の関係性を読み取ることができる
と論じています。
源典侍の挿話は、内侍所で行われていた
御神楽の進行に添って展開しているというのです。
御神楽とは、神聖な道具を持ち、神を招き、
もてなす儀式のことです。
神(王者) = 光源氏
巫女 = 源典侍
という役割がほのめかされています。
光源氏と源典侍が男女関係を結ぶことは、
神と巫女との結合であり、神婚です。
源典侍の挿話は、
光源氏の王者性を示唆しているというのです。
また、光源氏と源典侍が共寝をしたのが、
温明殿であったことも看過できません。
温明殿というのは、三種の神器の一つである
神鏡が祀られているところです。
つまり天照大御神を祀っている神聖な場所であり、
穢れが許されない場所でもあります。
そのような温明殿で、巫女的存在である典侍を、
光源氏が犯すということは、
禁忌を犯しているということになります。
父帝の后・藤壺の宮との密通、
朱雀帝の后・朧月夜との密通に並ぶ
王権の禁忌に対する
<犯し>の物語という解釈もできます。
源典侍の詠んだ和歌の解説
一般的に指摘されないことですが、
実は源典侍の詠んだ和歌には、
すごくエロティックな
意味を持つものがあるのです。
「紅葉賀」の巻で詠まれている以下の和歌です。
君し来ば 手なれの駒に 刈り飼はむ
盛り過ぎたる 下葉なりとも
【現代語訳】
あなたがいらっしゃったなら
人馴れした馬に
わらを刈って与えましょう
盛りの過ぎた下草であっても
下葉を自分(源典侍)に喩えて、
あなたが来たら、その飼いなされた馬に
食べさせようというこの表現は、
性愛の露骨な表現を思わせます。
この和歌を詠む源典侍の様子が、
「こよなく色
めきたり」
(非常に色気たっぷりだ)
と形容されているのも、
露骨な比喩表現を受けてのものなのでしょう。



当該和歌の直前で、源典侍が口ずさんだ
「森の下草老いぬれば」
(古今和歌集の歌の引用)
も、肉体の衰えを露骨に表現したと考えられます。
温明殿で源典侍と光源氏が逢った時も、
光源氏が口ずさんでいた
催馬楽「東屋」の続きを
「押し開いて来ませ」と源典侍が歌っています。
相手の求愛を積極的に
受け入れる内容の歌詞であり、
性的内容をほのめかしたものなので、
光源氏は
「例に違ひたる心地」(普通の女とは違った感じ)
を覚えています。



以上のように、
「紅葉賀」の巻における源典侍の表現には
かなり露骨な内容を含んでいるのです。
現代人にとっては、これらの表現の露骨さが
わかりづらいですが、
源典侍の性質や、
困惑した光源氏の反応を理解するために
大事なポイントなので
しっかり押さえておきたいところです。



源典侍のエピソード表
| 巻名 | できごと | 源典侍の年齢 | 光源氏の年齢 |
|---|---|---|---|
| 紅葉賀 | 源氏と源典侍、清涼殿の御湯殿で和歌を詠み交わす。源氏、源典侍に冷たく接する。 後日、2人は温明殿にて男女の関係を結ぶ。 頭中将に発見され、脅される。 翌日、源氏と頭中将、和歌を遣り取りし、互いに秘密にしようと約束する。 | 57、58歳 | 19歳 |
| 葵 | 源氏、若紫と賀茂祭の見物に出かける。現地で女車に乗った源典侍と遭遇。和歌を詠み交わす。 葵の上の死後、頭中将が源氏を訪問し慰める。二人で源典侍の話をして笑う。 | 60歳、61歳 | 22歳 |
| 朝顔 | 源氏、朝顔に求婚するために桃園式部卿邸を訪問。 そこで、尼となり、五の宮の弟子となった源典侍と遭遇。和歌を詠み交わす。 源氏、源典侍の寿命の長さと、藤壺の宮の短命を比べ、定めなき世を嘆く。 | 70歳、71歳 | 32歳 |
「紅葉賀」巻の源典侍と、
「花宴」巻の朧月夜は
シンメトリック(対照的)に描かれていると
三谷邦明氏により指摘されています。
| 源典侍 | 朧月夜 | |
|---|---|---|
| 氏 | 源氏 | 藤原氏 |
| 年齢 | 年老いている | 若い |
| 恋愛経験 | 経験豊富 | 未経験 |
| 源氏と交換した扇(種類) | 檜扇 | 蝙蝠扇 |
| 源氏と交換した扇(絵柄) | 桜襲の色で、色の濃い片面に霞んでいる月を描いて、水に映している | 赤い紙に木高い森の絵を金泥で塗りつぶしてある。 |
藤壺の宮に拒絶されて、
紫の上は未熟である状況の中での
光源氏の好色エピソードとして、
源典侍と朧月夜は同列に位置付けられており、
2つのエピソードを対照的に構成したのだろうと
考えられています。
あさきゆめみしの源典侍
漫画「あさきゆめみし」では、
源典侍は「其の六」「其の九」「其の二十二」
で登場します。
光源氏に恋い焦がれる源典侍の心情描写が
しっかりと描かれており、
原作よりも一段と「色好み」が強調されています。
鏡で自分の顔を見て「きれいねえ」とつぶやく
シーンは『あさきゆめみし』のオリジナルです。
源典侍はナルシストで、老いたにもかかわらず
自分の容姿に自身がある人物として描かれています。








光源氏と頭中将がもみあった翌日に、
源典侍の恋人である修理の大夫が
二人の貴公子の前に登場し、
「典侍がかずかずの恋をみがき、
若々しくしているのを見るのも
積年の恋人としての楽しみです」
と語るシーンも、『あさきゆめみし』のオリジナルです。



「朝顔」の巻にあたるシーンでは、
源典侍はより老け込んだ容姿で登場します。
口回りがすぼんでいるのは、
原文の「いたうすげみにたる口
つき」を
とりいれたものなのでしょう。


『あさきゆめみし』の源典侍は、
見事にイラスト化された上に、
その個性がよりいっそう強調され、
憎らしいようで憎めないチャーミングさを内包した
不思議なキャラクターとして読者を魅了しています。
※新装版(1) 其の六(紅葉賀)収録
※新装版(2)其の九(葵)収録
※新装版(3)其の二十二(朝顔)収録


この記事では、
『源氏物語』の源典侍について
詳しく解説しました。
当ブログでは、『源氏物語』について
様々な観点から解説する記事を作成しています。
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