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撫子
このサイトの管理人
30代後半の主婦。
高校生の頃から源氏物語に興味を持ち始めました。大学では源氏物語を研究し、日本語日本文学科を首席卒業しました。
30代になり、源氏物語を改めて学びなおしています。
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源氏物語の内容がやばい!ドロドロすぎて「大不敬の書」と批判された過去を解説。

源氏物語の内容がやばい!ドロドロすぎて「大不敬の書」と批判された過去を解説

源氏物語 初心者
『源氏物語』ってドロドロしているよね~。古典文学っていうと高尚なイメージだけど、内容は非常にやばい…。


筆者
『源氏物語』はドロドロすぎるがゆえに、「大不敬」と批判された時代もあるんですよ。

この記事の内容

・『源氏物語』ドロドロな内容の紹介
・『源氏物語』大批判された過去の紹介

この記事を読むことで、
『源氏物語』がどのような「やばさ」を
持っていて、どういう時代に大批判されたかが
よくわかります。

目次

源氏物語がやばい!ドロドロの内容を紹介

『源氏物語』のストーリーは、
非常にドロドロしていて、
かなりヤバい内容となっています。

筆者
ここでは、『源氏物語』がどうヤバいのか、ドロドロエピソードをざっくりと紹介します。

無理やり男女の契りを結ぶシーンが多い

『源氏物語』では、
男性が、女性の同意を得ずに
無理やり男女の関係を
結ぶシーンが多く登場します。


そのようなシーンは10回もあります。
一覧表にまとめてみました。

スクロールできます
巻名男性女性状況
帚木光源氏空蝉うつせみ寝静まった頃にこっそり空蝉の寝所に忍び込み強引に契る。
若紫光源氏藤壺ふじつぼの宮病気で里下がりしている藤壺の邸に忍び込み強引に契る。
末摘花光源氏末摘花すえつむはな障子しょうじごしに口説いていたが、相手(末摘花)が応答しないので我慢ができず押し入って契る。
光源氏紫の上美しく成長した紫の上に我慢できなくなってある日強引に契る。
明石光源氏明石の君父入道の手引きで明石の君の家を訪問。戸締まりして拒否されていたが、無理に押し言って契る。
真木柱髭黒大将ひげぐろのたいしょう玉鬘たまかずら女房に手引きを依頼し、出仕を控えた玉鬘の寝所に忍び込み強引に契る。
若菜下柏木かしわぎ女三の宮小侍従の手引きで寝所に忍び込み、恋心を打ち明け強引に契る。
夕霧夕霧ゆうぎり落葉の宮塗籠ぬりごめにこもって拒否されていたが、押し入って落葉の宮を宥める。結局は強引に契る。
総角匂宮におうのみや中君なかのきみ薫のお膳立てにより、中君の寝所に忍び込み契る。
浮舟匂宮浮舟うきふね薫の声真似をして浮舟の寝所に忍び込み強引に契る。
二度目の逢瀬を遂げようと忍び込んだ源氏。
気配に気づいた空蝉は、衣を脱ぎ捨てて急場を逃れる。「源氏物語手鑑 空蝉」

源氏物語 初心者
改めて一覧表で見ると、強引な契りの場面、多いね。


契りのシーンは
抽象的な表現でぼやかした箇所ばかりで
具体的な表現はほとんど見られませんが、
想像力をかき立てられる内容となっています。

筆者
髭黒大将が玉鬘と契る部分は、男女が逢ったという記述が全くなく、前後の文脈により強引な契りがあったのだと推測して理解できます。


『源氏物語』全体を通して
強引に男女の関係になるシーンが
ちりばめられていますが、
特に第一部の前半における
光源氏の振る舞いは非常に奔放です。


源氏物語 初心者
確かに一覧表を見ると、光源氏が最も行動的(?)な感じだね…。


その中でも、光源氏が
10歳の紫の上を自邸に連れ去り
自分の好みの女性に教育して、
14歳になったときに性的関係を持つ

ストーリーは読者に強い衝撃を与えています。

また、
そのように自由奔放に振る舞っていた
光源氏が40歳を過ぎて中年になった頃、
正室・女三の宮が柏木と密通する
シーンは、
『源氏物語』の真骨頂でもありますが、
ドロドロの極みであり、読者の心にも言い知れぬ緊張感が走ります。

源氏物語 初心者
相手の合意なしに男女の関係を持つことは、現代では性犯罪だよね。相当やばい内容だよな。

光源氏が父天皇の妻と密通し皇統を乱す

光源氏の恋愛遍歴の中で、
もっとも深い恋でありながら
もっともヤバい恋なのが、
藤壺の宮との禁断の恋
です。

藤壺の宮は、光源氏の父(桐壺帝)の妃です。

光源氏は、藤壺の宮の顔が
亡くなった実母(桐壺の更衣)に
似ていると知り、
藤壺の宮に執着にも近い
恋愛感情を抱くようになるのです。

筆者
義母に恋をしてしまった、というわけです。


源氏物語 初心者
義母に恋!しかもお父さんは天皇陛下!禁断の恋だね。


「若紫」の巻で強引な形で2人は結ばれ、
「紅葉賀」の巻で2人の間には
なんと子どもが生まれてしまいます。

筆者
「不義の子」という言い方をしたりします。

光源氏と藤壺の宮が密通して、冷泉帝が誕生
相関図
光源氏と藤壺の宮が密通して、冷泉帝が誕生

この子どもは、
実際は光源氏と藤壺の宮の子ですが、
桐壺帝と藤壺の宮の子(東宮)として育てられていくのです。
やがて、東宮は冷泉帝として即位してしまいます。

実際には天皇の子ではない人物が、
天皇の皇子として即位してしまうのというのは
万世一系の天皇制にとって重大事件です。

この皇統の乱れは、
江戸時代から「もののまぎれ」と呼ばれ議論されてきました。

源氏物語 初心者
桐壺帝の皇子として即位したけど、本当は臣下である光源氏の子ってことだよね。それ、めちゃくちゃヤバいよね!?


もちろん光源氏自身も天皇の皇子であるから、
冷泉帝は男系男子であり、
即位の資格がない者が
即位しているわけではありません。
ですが、天皇を蔑ろにしており、
世間をあざむいているという点では、
大きな罪には違いありません。

源氏物語 初心者
『源氏物語』の内容のヤバさが改めてよく分かったよ!


筆者
次の章では、戦時中において『源氏物語』のドロドロな内容が大批判された過去を紹介します。


こちらの記事では、光源氏のクズエピソードを
もう少し詳しく解説しているので参考にしてください!

戦時下において源氏物語は「大不敬の書」と呼ばれていた

これまでざっくり解説しましたが、
『源氏物語』がかなりヤバい内容であることは
おわかりいただけたでしょう。

実は戦時中において
『源氏物語』はその内容のヤバさから
「大不敬の書」と呼ばれ
猛批判されていたのです。

橘純一による『源氏物語』批判

橘純一たちばなじゅんいちという国文学者は、
1938年(昭和13年)
『源氏物語』への批判を繰り返しています。

最初は小学校の教科書に掲載されていた
『源氏物語』を素材とした教材についての
批判でしたが、すぐに『源氏物語』そのものの
批判しようとする態度を明確にしています。

橘純一は『源氏物語』の内容の
以下の4点について、
「大不敬の構想である」と論じています。

  • 光源氏と藤壺の宮の関係
  • 冷泉帝の即位
  • 光源氏が准太上天皇になったこと
  • 光源氏と朧月夜との関係

これらの要素はすべて
天皇を蔑ろにすることになるため、
「大不敬である」と橘氏に断罪されたのです。

不敬とは?

不敬ふけいとは、皇室に対して敬意を示さないことをいいます。

①は、光源氏が桐壺帝の后を
寝取ったエピソードです。
これは、桐壺帝を軽んじていることになります。

②は、密通によってできた光源氏の子が
桐壺帝の皇子として即位したわけだから、
これも桐壺帝を軽んじています。

③は臣下である光源氏が上皇(引退した天皇)
と同じ待遇を受けるわけだから、
皇統の唯一性が曖昧になって
天皇を軽んじていることになります。

④は、光源氏が朱雀帝の后を
寝取ったエピソードです。
朱雀帝を軽んじています。

さらに、橘氏は
『源氏物語』は「淫靡」であり
「不健全」であり、
平安貴族が滅亡したのも
そういう風潮のせいだと全否定しています。

源氏物語 初心者
ふーん、確かに『源氏物語』の内容は色々とヤバいけど、単なる古典文学だよ?フィクションだよ?なんでそんなに批判する必要があったの?


筆者
『源氏物語』を批判しなければならなかったのは、この時期が戦時中だったからです。


この頃は日中戦争が長期化していることを背景に、
国家総動員法が公布・施行され
戦争体制が強化されていた時期です。
昭和天皇は日本軍の最高責任者であると同時に
現人神であり、神聖な存在として
国民から崇拝されなければならなかった
のです。

即位初期の昭和天皇(1928年撮影、陸軍正装姿)
即位初期の昭和天皇(1928年撮影、陸軍正装姿)



そのような時勢の中で、
「大不敬の構想」が含まれる『源氏物語』は
けしからん…
という主張がなされたというわけです。

源氏物語 初心者
神である天皇を冒涜するような内容が書かれている『源氏物語』は許さない!ってことだね。


筆者
橘氏の『源氏物語』批判には賛否があったようです。『源氏物語』を小学校の教科書から削除せよという主張に対して、国家の非常時だからこそ人心を乱すような行為は許せないというような反論も出ていました。

『源氏物語』が小学校の教科書に載っていた時期と
理由については、こちらの記事で解説しました。

演劇「源氏物語」の上演禁止

数年さかのぼりますが、
1933年(昭和8年)には
劇化された『源氏物語』が
当局により上演中止
となっています。

この劇は、11月27日から四日間、
新歌舞伎座において
劇団新劇場(坂東蓑助主催)により
紫式部学会の後援で
上演される予定となっていました。
脚色・番匠英一、演出・青柳信雄、
顧問には坪内逍遥と藤村作が名を連ね、
国文学者である久松潜一や池田亀鑑の指導も受けていました。
配役は光源氏が歌舞伎役者の坂東蓑助、
夕顔が伊藤智子で、
前売り券一万枚が売りつくされていたとのことです。

11月18日に警視庁保安部からの
上演不許可の通達が
内々に知らされ、22日に公式発表されました。

上演禁止の理由としては、
高貴な人が主要登場人物であることと、
連続的な恋愛生活を取り扱っていることが
当時の社会情勢の下では悪影響を及ぼす
というのが主なものでした。

1933年といえば、
2年前に起きた満州事変をきっかけとして
日本が国際連盟からの脱退を通告した年です。
日本は国際社会から孤立し、
戦争の機運が醸成されていきました。
プロレタリア作家・小林多喜二が
虐殺されたりなど、
思想や言論の自由が圧迫
されていく中、演劇『源氏物語』の上演も禁止されたのです。

小林多喜二は『蟹工船』の内容で、不敬罪の追起訴を受けている。
小林多喜二は『蟹工船』の内容で、不敬罪の追起訴を受けている。



筆者
昭和天皇の神格化が推し進められていたため、不敬の構想以外にも、皇室の人間的な描写そのものが好まれなかったのです。さらに恋愛に明け暮れるような光源氏の生活は、風紀を乱すとして嫌われました。


源氏物語 初心者
SNS等でみんな言いたい放題の現代を生きていると、そんな思想・言論の弾圧は信じられない。想像するだけで息苦しいよ。


明治時代の『源氏物語』批判

さらに時代は遡って、
明治時代にも『源氏物語』嫌いはいました。
キリスト教思想家の内村鑑三うちむらかんぞうです。

筆者
クラークの創った札幌農学校でキリスト教の道徳教育を学んだ人です。


内村は、日清戦争が開戦した
1894年(明治27年)に、
講演「後世への最大遺物」の中で、

「『源氏物語』が日本の士気を
鼓舞することのために何をしたか。
何もしないばかりでなくわれわれを

女らしき意気地なしになした。
あのような文学はわれわれのなかから

根コソギに絶やしたい」

と叫んで、大喝采を受けたといいます。

源氏物語 初心者
内村さん、相当『源氏物語』が嫌いだったんだね。


明治時代は、明治維新に伴う
富国強兵思想の確立により
『源氏物語』批判が多かったのです。
評価した文学者はといえば、
尾崎紅葉・樋口一葉・与謝野晶子
くらいだそうです。

『源氏物語』の内容は
「大不敬」のエピソードを含んでいる上に、
連続した恋愛譚であり
主人公はうじうじなよなよと
悩んでいるシーンが多いです。
幾度も戦争に関与・参戦している近代日本とは、
相性が悪かったのでしょう。

江戸時代の『源氏物語』批判

後光明天皇は『源氏物語』嫌いだった

江戸時代にも
『源氏物語』を強く憎んだ
多くの知識人がいました。

たとえば、1633年(寛永10年)に生まれ、
22歳で崩御した後光明天皇ごこうみょうてんのうは、
そのような知識人の筆頭格でした。

源氏物語 初心者
皇室って『源氏物語』に親しんでいるものだと思ってた!


当時の宮中では、後光明天皇の父・
後水尾天皇の命により『源氏物語』の講義が
さかんに行われていました。
にもかかわらず、後光明天皇は、
『源氏物語』嫌いを公言していたのです。

常の聖話に、皇朝のおとろへし其本は、和歌を吾国の第一のやうに覚へ、源氏・伊勢物語等の書専ら行はるるによりして、衰のおこりとはなりぬ、古の聖学に志あるものは、いかで和歌を専とせむや、まして源氏物語の類は究而浮華淫乱の書なるぞとて、御前ちかくばかりにも置かせ給はざりしとなん、

『後光明天皇実録』所引『正保遺事』

ようするに、
「和歌などを尊重するから、
また『源氏物語』や『伊勢物語』などが
流布するから、朝廷が衰えたのだ」と
後光明天皇は常々語っていた、
ということです。

特に『源氏物語』は
「究めて浮華淫乱ふかいんらんの書」であるとして、
近くに置きもしなかったということです。

源氏物語 初心者
昭和の時代のような「大不敬」の内容を嫌っていたわけではなく、性愛が露骨に描かれていて浮わついているところを嫌っていたんだね。

朱子学と『源氏物語』は相性が悪い

このような『源氏物語』嫌いは、
個人的な趣味の問題ではなく、
後光明天皇が、当時の多くの若者と同じく
朱子学に傾倒していたためであると考えられます。

朱子学とは?

儒教の新しい学問体系。
宇宙のルール(理)に従って、
欲望を抑え、勉強と修養によって
立派な人間(聖人)を目指すための、
真面目な学問。

江戸幕府によって
幕府の教学(官学)とされ、
徳川家の支配体制を支える
思想的柱となった。

江戸時代初期、学問を志す多くの若者は、
この朱子学という新しい儒学に出会い、
心を奪われていました。

後光明天皇も内裏に
儒者朝山意林庵あさやまいりんあんを招いて講義を受け、
朱子学を学んでいたのです。

朱子学で重んじる経典、
いわゆる四書の一つの『大学』の最初の
「治国平天下」の章には、
古代の明徳を天下に対して明らかにして
太平を実現するためには、
まず国を治め、家族をととのえ、
そして我が身の徳を修め、心を正し、
意志を誠実にし、本質を理解し、
六芸を習得しなければなければならない
と説かれています。

古の明徳を天下に明らかにせんと欲する者は、ずその国を治む。その国を治めんと欲する者は、先ずその家をととのう。その家をととのえんと欲する者は、先ずその身をおさむ。その身を修めんと欲する者は、先ずその心を正しくす。その心を正しくせんと欲する者は、先ずその意を誠にす。その意を誠にせんと欲する者は、先ずその知を致す。知を致すは物にいたるに在り。

「身を修む」「心を正す」とは
朱子学的な考え方によれば、
己の欲望を少なくし、
ついには無欲になることを目指す
ことになります。

無欲になって、天から与えられた
完全な善を行える人は聖人となることができて、
天下の太平を実現することができる

というわけです。

そのような朱子学の理想に共鳴した
後光明天皇は、欲望のおもむくままに
強引な恋愛を展開していく光源氏に強い嫌悪を感じたのです。

源氏物語 初心者
確かに道徳を重んじる人たちからすれば、光源氏の行動は受け入れられないだろうね。


和歌を詠み、源氏物語の講義を行い、
文化の伝統を守るのが皇室の仕事ですが、
後光明天皇は家業を放棄し、
『源氏物語』を忌避し、
朱子学に染まっていったのです。

まとめ

この記事では、『源氏物語』のストーリーが
どのようにヤバいかを解説し、
そのヤバさゆえに知識人たちの一部から
強い批判を受けた歴史を解説しました。

筆者
『源氏物語』はそのドロドロした内容から、戦争や道徳、宗教などとすこぶる相性が悪いですね。

そもそも『源氏物語』というものは、
(本居宣長の言葉を借りて言うと)
教訓のための書ではなく、
ただただ「もののあはれ」を感じるための物語なのです。

現代日本でも浮気や不倫には
世間的に厳しい目が向けられ
芸能人や政治家たちが
大バッシングされたりもしていますが、
『源氏物語』を楽しむ人々は
そういう批判的な視点では読んでいないでしょう。
ただただ、面白い、興味深い、情緒深い
といって古典文学の最高峰である『源氏物語』
から感じ取れる平安貴族の感性を求めているのです。

源氏物語 初心者
光源氏や柏木がサイテーだな、とは思うけど、それも含めて面白いんだよね。


現在、私たちは『源氏物語』を自由に読み、
研究することができます。
それどころか公共放送であるNHKが解説したり
紫式部の人生を大河ドラマにしたりもしました。
『源氏物語』好きを公言したとて、
「けしからん」「不敬である」と言う人などいないでしょう。
それは、現在の日本が平和であり
言論弾圧がなされていないがゆえの
自由なのだと思います。

自由に『源氏物語』を読み、発信できる
時代に感謝をし、
幸福を感じながら生きていきたいですね。

当ブログでは、『源氏物語』について
様々な観点から解説する記事を作成しています。

もし興味があれば、他の記事も
読んでみてください😊

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