女三の宮は、
朱雀院(光源氏の異母兄)の娘で、
光源氏にとっては姪であり、2番目の正妻です。
女三の宮と柏木との不倫事件は
源氏物語のストーリーで核となる部分であり、
読者に強烈な印象を残します。
この記事では、
女三の宮について詳しく解説していきます✨
【源氏物語 女三の宮について】
・家系図、性格、容姿、年齢
・あさきゆめみしの女三の宮の特徴
・柏木との物語のあらすじ
・飼っていた猫の解説
・光源氏と女三の宮の関係性
この記事を読むことで、
女三の宮のキャラクターと生き方が
よくわかります。
長い記事となりましたので、
下記の目次をタップして気になるところから
お読みください😊
女三の宮どんな人?家系図や性格、容姿を解説
女三の宮とはどんな人だったか。
人物像について深く掘り下げていきましょう。
まずはの女三の宮の相関図と
周辺の人間関係について説明していきますね。
女三の宮の家系図と人間関係
以下は、
女三の宮の周辺にクローズアップした
家系図です。
源氏物語 第二部全体の相関図は、
下記を参考にしてください。
女三の宮:朱雀院の第三皇女。
叔父である光源氏に降嫁する。
柏木と密通して、薫を出産する。
朱雀院:光源氏の異母兄。
女三の宮を格別に可愛がる。
藤壺女御:先帝と更衣の娘。
朱雀院の后であり女三の宮の母親。
既に亡くなっている。
光源氏:朱雀院の異母弟。
朱雀院から依頼され、姪の
女三の宮を正妻として迎える。
柏木:太政大臣(前の頭中将)の息子。
官職は、右衛門督。
女三の宮の婿候補であったが、結婚できず。
女三の宮と密通をする。
夕霧:光源氏と葵の上の子であり、
柏木の友人。
太政大臣:前の頭中将。
光源氏とは若い頃から友人。
柏木の父親。
四の君:柏木の母。
弘徽殿大后の妹。
女二の宮(落葉の宮):
女三の宮の異母姉。
柏木の妻になるが、愛されない。
おさえておきたいポイントは、
女三の宮が藤壺中宮の姪であることです。
藤壺中宮は、光源氏の理想の女性。
桐壺帝の后であり、光源氏にとっては
義母のような存在です。
2人は密通の罪を犯し、冷泉帝が誕生しています。
藤壺中宮は、先帝と后の娘であり、
女三の宮の母(藤壺女御)とは
異母姉妹の関係です。
下記の記事に、
光源氏と藤壺のわかりやすい相関図を
掲載しています。
藤壺中宮(桐壺帝の后)と
藤壺女御(朱雀院の后)とは
別人(腹違いの姉妹)であることに
注意してください。
光源氏は、理想の女性・藤壺中宮の
姪である女三の宮に興味を示し、
女三の宮を妻にすることを決断したのです。
しかし、実際に妻にしてみると、
女三の宮は顔も性格も藤壺中宮には似ておらず、
光源氏はガッカリすることになるのでした…。
女三の宮の性格
女三の宮の性格としては、
以下のような特徴があげられます。
- 子どもっぽく頼りない
- おっとりしている
- 人見知りしない
- 従順でおとなしい
- 思慮が浅い
「源氏物語」の原文を引用しつつ、
具体的に説明していきますね。
幼稚で頼りなく、ガードがゆるい性格
女三の宮は、とても子どもっぽく、
頼りない性格が何度も語られ、強調されています。
父である朱雀院も、
次のように女三の宮の様子を心配しているのです。
【原文】
源氏物語「若菜上」より引用
あやしくものはかなき心ざまにやと 見ゆめる御さまなるを、
【現代語訳】
(女三の宮は)妙に頼りない性格だと見えるようなご様子だから
光源氏は、女性はしっかりしていて
慎み深く、男性に対して隙がないのが
良いという理想を持っていたので、
女三の宮の幼稚さを気に入りませんでした。
注意力が欠陥していて、頼りない性格により
女三の宮は柏木との不倫事件を引き起こします…。
女三の宮は一度ならず、
何度も柏木と男女の契りを交わします。
精神的に幼く、
ガードがゆるく、隙だらけの女性でした。
人見知りせず穏やかな性格
女三の宮は、恥じらいがなく無邪気。
幼い冗談などを明るく言ったりして、
人見知りをしない子どものような
かわいらしい雰囲気でした。
【原文】
源氏物語「若菜上」より引用
ことに恥ぢなどもしたまはず、ただ稚児の面嫌ひせぬ心地して、心安くうつくしきさましたまへり。
【現代語訳】
特に恥ずかしがりもなさらず、子供が人見知りしないような感じがして、こちらも気が楽で、可愛い感じでいらっしゃった。
光源氏と結婚した後も、
お付きの童女と一緒に子どもらしい遊びをして
日常を送っていました。
ただし、柏木との不倫・出産を経て、
女三の宮の無邪気さは失われ、暗くふさぎ込んでいきます。
従順でおっとり
女三の宮は、父の朱雀院にも夫の光源氏にも
逆らうことがなく、自分の意志が薄くて、
従順な女性でした。
【原文】
源氏物語「若菜上」より引用
ただ 聞こえたまふままに、なよなよとなびきたまひて、御いらへなどをも、おぼえたまひけることは、いはけなくうち のたまひ出でて、 え見放たず見えたまふ。
【現代語訳】
ただ(源氏が)申し上げる通りに、(女三の宮は)従順にお従いになって、お返事なども、思い浮かんだことは、何でも子どもらしくお口に出されて、とうてい見捨てられないご様子にお見えになる。
不倫相手の柏木に対しても、
強い抵抗をすることもなく、受け入れ
何度も関係を持つことになります。
柏木との不倫の子を出産した後、
女三の宮は自分の運命の辛さを痛感し、
「出家したい」と初めて意志を持ちます。
思慮が浅い
女三の宮は、趣味のよい気の利いた
返事をすることは苦手でした。
女三の宮の寝殿へ渡れなくなった日、
光源氏は次のように文を贈ります。
【原文】
源氏物語「若菜上」より引用
「 今朝の雪に心地あやまりて、いと悩ましくはべれば、心安き方にためらひはべる」
【現代語訳】
「今朝の雪で気分が悪くなり、たいへん苦しんでおりますので、気楽な場所で休んでおります」
※源氏は、「紫の上のそばにいたいから今夜は女三の宮のもとに行けない」と、遠回しに伝えた。
すると、女三の宮は乳母を遣わして、
【原文】
源氏物語「若菜上」より引用
「さ聞こえさせはべりぬ」
【現代語訳】
「そのように申し上げました」
とだけ、口頭で返事を寄こしたのです。
このように、女三の宮は思慮が浅く、
他人への気配りが苦手です。
紫の上が亡くなった時も、
深く悲しむ光源氏に対して、
「尼の身の自分にとっては
人の世の悲しみも関係ない」
という気持ちを和歌の引用を用いて返答しています。
源氏は、女三の宮の気遣いのなさに
不愉快な気持ちになりました。
心に浮かんだこと
を何も考えずに口走ることが多く
まるで幼い子どものように配慮ができません。
穏やかで悪意がない
女三の宮は、紫の上と対面し、
良好な関係を築いています。
紫の上も光源氏の妻であり、
2人は正妻(女三の宮)と側室(紫の上)の
関係でした。
女三の宮は、紫の上に対して、
ライバル心のような敵意は一切なく、
紫の上と打ち解けてしまいました。
【原文】
源氏物語「若菜上」より引用
「 げに、いと若く心よげなる人かな」と、幼き御心地にはうちとけたまへり。
【現代語訳】
「なるほど、(紫の上は)とっても若々しく優しそうな人だわ」と、子供心にうちとけなさった。
女三の宮があまりに子どもっぽいので、
紫の上は母親のような態度で
優しく接していました。
まるで子どものように、頼りなく、
配慮のできない性格。
無邪気で人見知りせず、悪意もないし、
従順で穏やかなので可愛らしい印象。
周囲の女房を信じきっていて
ガードがゆるいので
柏木との密通という最悪の事態を招いた。
女三の宮の容姿
女三の宮の容姿の特徴は、
- 小柄
- 幼い
- 可愛らしい
- 高貴な美
という点です。
実際の描写をいくつか引用してみましょう。
【原文】
源氏物語「若菜上」より引用
女宮は、いとらうたげに幼きさまにて、 御しつらひなどのことことしく 、よだけくうるはしきに、みづからは何心もなく、ものはかなき御ほどにて、いと御衣がちに、身もなく、あえかなり。
【現代語訳】
女三の宮は、とても可愛らしげに子供っぽい様子です。お部屋の飾りなどは大げさで、立派に整然としているが、ご自身は何も考えておらず、頼りない雰囲気で、まったくお召し物に埋まって、体もないかのように、弱々しい。
女三の宮は着物に埋まってしまいそうなほど、
体が小さくて弱々しい雰囲気でした。
性格も子供っぽければ、見た目も子供っぽく、
非常に可愛らしい様子のお姫様でした。
次の引用は、
柏木が女三の宮を垣間見したときの容姿描写です。
【原文】
源氏物語「若菜上」より引用
御髪のすそまでけざやかに見ゆるは、糸をよりかけたるやうになびきて、裾のふさやかにそがれたる、いとうつくしげにて、 七、八寸ばかりぞ余りたまへる。御衣の裾がちに、いと細く ささやかにて、姿つき、髪のかかりたまへる側目、言ひ知らずあてにらうたげなり
【現代語訳】
お髪が裾まで鮮やかに見える。糸をよりかけたように靡いて、髪の裾がふさふさと切り揃えられているのは、とても可愛い感じで、20㎝ほど背丈より長い。お召し物の裾が余って、とても細く小柄で、姿や、髪がかかっていらっしゃる横顔は、何とも言い表せないくらい品があって可愛い。
女三の宮は髪が身長より20cmほど長く、
横顔も可愛い感じでした。
女三の宮の容姿については、
「うつくし」「らうたし」という表現が多く見られます。
ただし、女三の宮について
「をかし(美しい)」という言葉が
使われている箇所もあります。
【原文】
源氏物語「若菜上」より引用
人よりけに 小さくうつくしげにて、ただ御衣のみある心地す。 匂ひやかなる方は後れて、ただいとあてやかにをかしく、 二月の中の十日ばかりの青柳の、わづかに枝垂りはじめたらむ心地して、鴬の羽風にも乱れぬべく、あえかに見えたまふ
【現代語訳】
(女三の宮は)他の女人より体が小さく可愛らしく、ただお召し物だけがあるという感じがする。つややかな美しさは少ないが、ただとても高貴に美しく、二月の二十日頃の青柳が、ようやく枝を垂れ始めたような雰囲気で、鴬の羽風にも乱れてしまいそうなほど、弱々しい感じにお見えになる。
女三の宮は、
花のような華やかな美しさではなく、
もう少し品のある高貴さを持った美しさだと
語られています。
女三の宮の年齢(光源氏、柏木との年齢差)
女三の宮は、「若菜上」の巻で
初めて登場したときに、13、14歳であると
書かれています。
【原文】
源氏物語「若菜上」より引用
その御腹の女三の宮を、あまたの御中に、すぐれてかなしきものに思ひかしづききこえたまふ。そのほど、御年、 十三、四ばかりおはす。
【現代語訳】
(朱雀院は)藤壺女御が産んだ女三の宮を、多くの子どもたちの中で、格別に可愛がって大切になさっている。その当時、(女三の宮の)御年齢は十三、四歳ほどでいらっしゃる。
このとき、光源氏は39歳だったので、
女三の宮と光源氏は25歳差、もしくは26歳差
ということになりますね。
出来事 | 女三の宮の年齢 | 光源氏の年齢 | 柏木の年齢 |
---|---|---|---|
女三の宮の降嫁 | 14、15歳 | 40歳 | 23、24歳 |
柏木に姿を見られる | 15、16歳 | 41歳 | 24、25歳 |
女三の宮と柏木の密通・妊娠 | 21、22歳 | 47歳 | 30、31歳 |
女三の宮、薫を出産して出家 | 22、23歳 | 48歳 | 31、32歳 |
女三の宮は意外と頭がいい?
女三の宮は、幼く配慮がない性格として
描かれるので、あまり頭のいい人ではないと
思う人もいます。
しかし、女三の宮は古今和歌集などに
採録されている和歌をいくつも覚えており、
記憶力は人並に優れていたと言えます。
例えば、柏木は、
女三の宮の姿を覗き見た後、
次のような文を贈っています。
【原文】
源氏物語「若菜上」より引用
「 一日、風に誘はれて、御垣の原を わけ入りてはべしに、いとど いかに見落としたまひけむ。その 夕べより、乱り心地かきくらし、 あやなく今日は眺め暮らしはべる」
【現代語訳】
「先日、風に誘われて、六条院に参上しましたが、ますます私を蔑みなさったことでしょう。その夕方から、気分が乱れてしまって、理由もなく今日は物思いに沈んで過ごしています。」
「あやなく今日は眺め暮らしはべる」は、
古今和歌集に採録されている在原業平の和歌
見ずもあらず
見もせぬ人の
恋しくて
ひねもす今日
はながめ暮らしつ
【意味】
見てないというわけではないが、
はっきりと見たわけでもない人が恋しくて、
今日は一日中物思いをして過ごしました。
を引用しています。
柏木の文を見た女三の宮は、古歌の引用に気づき、
「姿を見られたのだ」と
恥ずかしい気持ちになりました。
また、女三の宮は物語中にいくつもの
自作の和歌を詠んでおり、
言語能力はかなり高いのです。
女三の宮は幼く配慮の足りない性格だったが、
知的レベルは人並に高い女性だった。
あさきゆめみしの女三の宮は人気キャラ?
女三の宮は、配慮ができない性格である上に、
柏木と不倫をするという点で
女性から反感を買った結果、
あまり人気キャラではありません。
源氏物語を漫画化した #大和和紀 さん作『#あさきゆめみし』の登場人物で、一番好きな人は誰ですか?
— 講談社 (@KODANSHA_JP) March 10, 2024
講談社内で人気投票を行ってみたところ、次のような結果になりました。
みなさんの好きな人も、ぜひ教えてください!#紫式部 #源氏物語 pic.twitter.com/HG9yYFn1VX
女三の宮の顔の特徴
あさきゆめみしの女三の宮は、
顔にわかりやすい特徴があります。
瞳に光が宿っておらず、
黒く塗りつぶされているのです。
あさきゆめみしに登場する
美人の女君は、顔の見分けがつきづらいですが、
女三の宮は、見分けがつきやすいです。
黒猫を可愛がっている
あさきゆめみしの中では
女三の宮は黒猫を飼っていて、可愛がっています。
初めて登場するシーンでも、
女三の宮は黒猫を抱えており、
あさきゆめみしの中では、
黒猫は女三の宮のアイコンのような役割を
果たしています。
「源氏物語」原文の中では、
女三の宮の飼っている猫の外見については
言及されていません。
女三の宮の物語は、
新装版あさきゆめみしの4巻と5巻に
掲載されています。
柏木と女三の宮の物語 あらすじ解説
ここでは、
女三の宮と柏木の出会いから別れまでの
あらすじをまとめています。
①女三の宮の婿選び
病気がちになっていた朱雀院は、
后の一人・故藤壺女御との間に生まれた娘
当時13、14歳の女三の宮の将来について
たいへん心配していました。
朱雀院は女三の宮を、
光源氏の息子・夕霧のもとに
降嫁させたいと思っていましたが、
夕霧は既に太政大臣家の雲居の雁と
結婚していたので
その計画は叶いませんでした。
夕霧も女三の宮に興味はありましたが、
妻の雲居の雁の心情を思い、
立候補できなかったのです。
女三の宮がとても子どもっぽく
頼りない様子なので、
朱雀院は、女三の宮を年の離れた光源氏のもとに
降嫁させ、父親代わりの夫としたいと
思うようになります。
光源氏の妻は身分の中途半端な人が多く、
正妻の座が空いていました。
②女三の宮の婿候補者
女三の宮には何人かの婿候補者(求婚者)
がいました。
しかし、いずれも、身分や性格が物足りず、
朱雀院はやはり女三の宮を
光源氏と結婚させたいと考えます。
光源氏は女三の宮の結婚の話を聞き、
藤壺の中宮の姪にあたる女三の宮に
興味を示します。
女三の宮の裳着の儀式(成人式)
が終わり、朱雀院が出家すると、
光源氏は朱雀院のもとを見舞いに訪れます。
朱雀院が女三の宮との縁談を光源氏に
直接相談すると、
光源氏はついに結婚を承諾するのでした。
③女三宮の降嫁
14、15歳の女三の宮は
光源氏の邸・六条院に降嫁しました。
内親王であり、父朱雀院から
格別に愛されている娘なので、
降嫁の儀式はたいへん華やかなものでした。
女三の宮は見た目も性格もたいへん幼く、
和歌の筆跡も下手くそ。
光源氏は張り合いのなさにガッカリしました。
光源氏は紫の上という完璧な妻がいながら
女三の宮と結婚したことを後悔します。
とはいえ、相手は内親王であるから、
体面上、丁重に扱い、
女三の宮との結婚生活を続けます。
④女三の宮と紫の上の対面
紫の上は、女三の宮との対面を希望します。
光源氏は女三の宮に
対面の際の返答の仕方などをこまごまと
教育をしました。
実際に対面をしてみると、
女三の宮はただただ子どもっぽく
気楽に話せる雰囲気でした。
紫の上は絵やお人形遊びの話などをして
母親のような態度で話をしたのです。
⑤柏木、女三の宮を垣間見る
光源氏の息子・夕霧は、
自分の妻となる可能性のあった
女三の宮を気にしていました。
夕霧の友人であり、女三の宮に求婚していた
柏木も相変わらず女三の宮に
強い興味を持ち続けていました。
柏木は、光源氏が女三の宮をさほど
愛していないと噂に聞いて、自分の妻
にできなかったことを後悔します。
ある日、光源氏は六条院の庭にて
夕霧や柏木など男たちに、蹴鞠をさせます。
ちょうどその時、女三の宮の飼っていた
猫同士が追いかけっこをして、
御簾を引き上げてしまいます。
部屋の中がよく見える状態になってしまい、
夕霧、柏木は女三の宮の姿を見ます。
そして柏木は、女三の宮の美しさに
衝撃を受け、よりいっそう熱い恋心を
持つようになるのです。
後日、柏木は、女三の宮に手紙を送ります。
女三の宮は柏木、夕霧に姿を見られたことを
知り、光源氏から怒られてしまうと憂慮します。
⑥柏木、女三の宮の猫を入手する
女三の宮への恋に悩む柏木は、
他人の妻に片思いをする罪悪感から
光源氏の顔を見るのさえ
恐ろしいと感じるようになります。
柏木は、せめて女三の宮の飼っている
猫を自分のものにしたいと考えます。
柏木は内裏の、東宮のもとに参上した際に、
「六条院の姫宮のところ可愛い猫がいた」と
吹き込みます。
猫好きの東宮は六条院の猫に興味を持ち、
女三の宮から譲りうけます。
柏木は東宮が得たその猫を
自宅に連れ帰ってしまいます。
そして、猫を女三の宮に見立てて溺愛したのです。
⑦柏木、女二の宮と結婚
柏木は、衛門督から中納言に昇進し、
帝からも信任を得ていました。
女三の宮と結婚できない代わりに、
女二の宮と結婚します。
女二の宮は人柄も容貌も申し分なかったけれど、
女御腹として生まれた女三の宮の
高貴さにひかれていた柏木は
あまり気にいらず、女二の宮を「落葉の宮」
と呼んで蔑んでいました。
⑧柏木、女三の宮と密通
柏木は、あくまでも女三の宮に執着を
しており、女三の宮に仕えている小侍従に
手引きを依頼します。
柏木は思いを告げるだけのつもりでしたが、
女三の宮がやわらかく可憐な様子なので
抑えきれず、男女の関係を結んでしまうのです。
女三の宮は自分の運命を悲しみ、
子どものように泣き、柏木はその涙を袖で
拭って慰めるのでした。
密通の罪を犯した後、
2人はそれぞれ罪の意識に苦しみます。
柏木は邸に引きこもって
物思いを続け、妻の女二の宮には
夫としての愛情をかけられずにいました。
⑨女三の宮の妊娠と密通の発覚
柏木は、時折、女三の宮のもとを訪れ、
夢のように逢瀬を重ねました。
やがて、女三の宮は妊娠してしまいます。
光源氏は、紫の上など他の
長年連れ添った妻たちが妊娠しないのに、
いまさら女三の宮だけが妊娠したことに
いささか疑問を持ちますが、女三の宮の体調を案じます。
ところが、光源氏は、
女三の宮の寝殿に泊まった日の朝、
柏木から送られた恋文を発見してしまい、
不倫の事実を知るのでした。
光源氏は女三の宮を放置して、
病気になった紫の上の看病ばかりをするようになります。
⑩柏木と女三の宮の苦しみ
柏木も、光源氏に密通の事実がバレたと知り、
罪の意識に苦しみ、内裏にも参内できません。
今になってようやく、
子どもっぽく軽率な女三の宮の性格の欠点が
わかるようにもなりますが、
それでも女三の宮への愛情を
捨てきることがきません。
光源氏は自分を裏切った女三の宮に対して
心がまったく離れてしまいました。
しかし、内親王ゆえに体面を保たねばならないので、
光源氏は仕方なく同じ部屋で寝ていました。
夫、源氏の冷たい態度を受け、
女三の宮も苦しい日々を送っていたのです。
⑪朱雀院の心配
女三の宮の父・朱雀院は、
娘が妊娠後も光源氏から冷淡に扱われている
ことを心配していました。
光源氏は朱雀院の気持ちを知り、
泣いてばかりの女三の宮に
「朱雀院の生きている間は、
つらいと思っても今の夫婦関係を我慢しなさい」
とたしなめます。
朱雀院から女三の宮にあてられた
文の返事も、光源氏が言葉を考えて書かせます。
女三の宮は手も震えて、泣きながら
文を書かされるのでした。
⑫柏木、光源氏ににらまれる
柏木は罪の意識から、
病気がちな状態が続いていました。
光源氏は柏木を六条院に呼び、
朱雀院の五十の御賀の試楽の打ち合わせをします。
そして試楽の当日、
光源氏は柏木をちらっと睨みながら、
「柏木が年を取って酔い泣きしている
私を見て笑っている。
あなただっていつかは年を取るのだよ」
と皮肉を言います。
柏木は、光源氏に睨まれたことで
ますます体調が悪くなります。
ついには両親のいる実家に戻って寝込んでしまいました。
⑬女三の宮の出産
柏木は重病となりながらも、
女三の宮に文を送ります。
女三の宮は光源氏を恐れ
気が向かないながらも、
女房の小侍従にすすめられ、
しぶしぶ返歌を書くのでした。
そして、ついに女三の宮は男子を出産。
⑭女三の宮、出家を決意
光源氏は、生まれたばかりの子が
本当は自分の子ではないので、
見ようともしません。
産後で体調が悪い上に、
光源氏の冷たい態度を受けた
女三の宮は出家を望むようになります。
しかし、光源氏は、
若く美しい女三の宮が尼姿になるのを
「勿体ない、可哀想だ」と思い、許可しません。
⑮女三の宮の出家と六条御息所の死霊
朱雀院は、娘が出産したと聞いて、
六条院を訪れます。
女三の宮は父・朱雀院に
出家させてほしいと希望を告げます。
光源氏は出家に反対しますが、
女三の宮が愛されていないと
知っている朱雀院は、娘を可哀想に思い
その場で髪を切り出家させます。
出家後、後夜の加持の際に、
六条御息所の死霊が現れます。
⑯柏木の死
女三の宮が出産後に出家したと聞き、
柏木の病はますます重くなります。
夕霧は柏木の見舞いにかけつけます。
柏木は遺言として自分の犯した罪について話し、
妻である女二の宮の世話を夕霧に頼みます。
そしてついに、柏木は
泡が消えるようにして亡くなりました。
両親や妻の女二の宮は深く悲しみ、
女三の宮も訃報を聞き、さすがに可哀想だと感じたのでした。
女三の宮の飼っていた猫の名前は何?
女三の宮は猫を飼っていましたが、
猫の名前は物語中にはでてきません。
【原文】
源氏物語「若菜上」より引用
唐猫のいと小さくをかしげなるを、すこし大きなる猫 追ひ続きて、にはかに御簾のつまより走り出づるに、
【現代語訳】
唐猫でとても小さくて可愛いのを、少し大きい猫が追いかけて、急に御簾の端から走り出すと
のように、「唐猫」「猫」という
一般名称で呼ばれています。
ちなみに平安時代に一条天皇が
飼っていた猫は、
命婦の御許(みょうぶのおとど、みょうぶのおもと)
と名前がつけられていました。
唐猫とは何か?
唐とは中国のこと。
唐猫は、中国から渡来した猫のことです。
平安時代においても、
経典などとともに中国から定期的に
猫が輸入されていたのでしょう。
新しく輸入されてきた猫は、
従来(弥生時代)から日本にいる猫とは
外見が異なっており、
「唐猫」と区別して呼ばれていたと推測されます。
【原文】
源氏物語「若菜下」より引用
唐猫の、ここのに違へるさましてなむはべりし。同じやうなるものなれど、心をかしく人馴れたるは、あやしくなつかしきものになむはべる
【現代語訳】
(女三の宮の飼っている猫は)唐猫で、こちら(東宮)の猫とは違った外見をしておりました。同じようなものですが、性格が可愛らしく人に慣れているのは、妙に愛おしいものでございます。
東宮のところにいたのは従来の「猫」ですが
女三の宮は「唐猫」を飼っていたのです。
猫と唐猫がどう違っていたかは不明ですが、
唐猫は、顔がまるく額が広く、
現在の家猫と近い容貌をしていたようです。
女三の宮のモデルが彰子って本当?
女三の宮のモデルが中宮彰子であったと
いう説があります。
藤原道長の長女、藤原彰子のこと。
一条天皇に入内し、中宮となった。
\中宮彰子の解説記事はこちら/
彰子が一条天皇の后になると、
先に后になっていた従姉の定子は
影の薄い存在になってしまい、
やがて定子は亡くなってしまいました。
紫式部は、「源氏物語」のストーリーに
現実の世界の出来事を投影していた。
彰子=女三の宮
定子=紫の上
ただし、彰子は藤原道長の娘であり、
内親王ではありません。
彰子の性格についても、
「紫式部日記」の中で
内向的で真面目だったと言われており、
女三の宮の性格とは似ていません。
人柄についてはモデルとは言い難いですが、
女三の宮と紫の上の関係性としては、
彰子と定子が意識されていたのでしょう。
女三の宮のモデルは昌子内親王かも
それは、昌子内親王(950年生-1000年没)です。
朱雀天皇の皇女でした。
昌子内親王は猫好きな女性だったようで、
花山天皇は昌子内親王のために
唐猫を探し出して献上したという
逸話が残っています。
さらに仏教への信仰心が強かったと伝わっています。
女三の宮も、朱雀天皇の皇女である上に
唐猫を飼っており、
出産後は出家して仏道に専念します。
女三の宮のモデルは一人ではない
紫式部は、彰子や昌子内親王など
複数の人物を参考にしながら女三の宮という
キャラクターを生み出したのでしょう。
光源氏も、モデルとされている人物は
一人ではないのです。
源氏物語はあくまでフィクションであり、
女三の宮のモデルとしても
複数人の要素が絡み合っていると推測されます。
彰子、昌子内親王の他にも
女三の宮に似た要素を持つ人が
紫式部の周りにいたのかも知れませんね。
光源氏と女三の宮の関係について
親子のような夫婦
光源氏と女三の宮の関係は、
夫婦ではありましたが、
年齢が25もしくは26歳も離れていたため、
まるで親と子のような関係でした。
男女の愛情としては薄く、
光源氏は子どもっぽい性格の三の宮を
可愛いとは思いつつも
深い愛情を抱くことができませんでした。
光源氏は、奥ゆかしく趣味がよく、
頭のいい美人が好きだったので、
子どもっぽい女はタイプではなかったのです。
女三の宮は光源氏のことを嫌いではないけれど、
男・夫への愛というより
父親に対する畏怖のような感情を抱いており
普通の夫婦関係ではありませんでした。
光源氏が女三の宮を誘惑するシーンも
女三の宮が柏木との密通、出産後に
出家をして「鈴虫」の巻になると、
光源氏が尼になった女三の宮に言い寄る
シーンがあります。
この時、光源氏50歳で、
女三の宮は24歳もしくは25歳。
出会った当時は14、15歳だった女三の宮も
大人の落ち着きや色気が出てきたのか
光源氏は女三の宮を女性として少しは
評価し始めていたようです。
間もなくして紫の上が亡くなり、
光源氏も出家し、亡くなってしまいます。
女三の宮は第三部において
「入道の宮」として仏道に専念する様子が
語られています。
まとめ
この記事では、女三の宮の人生や人柄について
詳しく解説しました。
女三の宮は「若菜」の巻の
核ともいうべき登場人物です。
「若菜」の巻は紫式部が最も力を入れて書いた
最長の巻であり、人生の絶頂を迎えた光源氏が
運を失い衰えていく、重要な展開となっています。
女三の宮という人物をしっかり理解することで
「源氏物語」全体の理解を深めることに通じるのです。
この記事が、読者さまにお役にたちますことを願っています。
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