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撫子
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30代後半の主婦。
高校生の頃から源氏物語に興味を持ち始めました。大学では源氏物語を研究し、日本語日本文学科を首席卒業しました。
30代になり、源氏物語を改めて学びなおしています。
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漫画「あさきゆめみし」で源氏物語を学ぼう!

【源氏物語】頭中将ってどんな人?光源氏との関係や女性論、性格、容姿など人物像をわかりやすく解説!

頭中将ってどんな人?光源氏との関係や女性論、性格、容姿など詳しく解説。


頭中将とうのちゅうじょうは、光源氏のライバルであり
唯一無二の親友でもあります。

脇役ではありますが、
『源氏物語』の第一部において
大きな存在感を放っており、
ストーリーの展開に欠かせない
人物です。

筆者
頭中将は、和琴の名手としても語られています。


この記事では、名脇役・頭中将について
人物像や年表など、詳しく解説していきます!

この記事でわかること


相関図、性格、容姿、年齢、身分
などを詳しく解説しています。

その他、
・頭中将と光源氏の関係性
・雨夜の品定めにおける女性論
・頭中将の人物像の変貌
・頭中将の人生年表
についても記載しています。

下記の目次をタップして、
読みたいところからお読みください😊

目次

頭中将ってどんな人?相関図・性格・容姿を解説!

ここでは、頭中将の

  • 相関図
  • 性格
  • 容姿
  • 年齢
  • 身分

について詳しく解説していきます。

まずは相関図と周辺の人間関係から説明していきますね!

頭中将の相関図と人間関係

こちらは、頭中将の周辺に
クローズアップした人物相関図です。

頭中将周辺の相関図
頭中将周辺の相関図

『源氏物語』全体の相関図は、こちらです。

『源氏物語』第一部の相関図
※タップして拡大します

第二部、第三部の相関図は、
こちらの記事で紹介しています。

頭中将に関わる主要な登場人物について
簡単に紹介します。

頭中将とうのちゅうじょう
左大臣家(藤原氏)の息子で、
葵の上の兄もしくは弟。
(一般的には兄とされている)
当代きっての貴公子。
光源氏にとってはいとこであり、
親友であり、ライバルでもある。
2人は、若い頃は、
恋愛や遊びで競い合ったが、
次第に政治面で争うようになっていく。
その競い合いは、ほとんど全て
源氏の勝利となっており、
頭中将は、終生、光源氏にかなうことはなかった。


光源氏ひかるげんじ
『源氏物語』の主人公。
桐壺帝の第二皇子であり、
源姓を賜り臣籍に下る。
頭中将とは若い頃から親しく接している。

あおいの上
頭中将の姉もしくは妹。
(一般的には妹とされている)
光源氏の正妻となるが、夫婦仲は
あまり良好ではなかった。
夕霧を出産した直後に死去。

四の君
右大臣の四番目の娘であり、
頭中将の正妻。
頭中将の愛人・夕顔に嫉妬して
脅迫をしたことがある。

夕顔
頭中将の愛人となり、
娘(玉鬘)を出産するが、
正妻(四の君)に脅されて行方を眩ます。
その後、光源氏の愛人となるが、
某の院にて急死する。

雲居雁くもいのかり
頭中将の娘。夕霧と結婚する。
母親は皇族出身の女性で
頭中将とは離婚し、現在は
按察使大納言あぜちだいなごんの妻となっている。

近江おうみの君
頭中将の娘。
光源氏が玉鬘を養女としているのを
うらやましく思い、
探し出させた落としだね
田舎の貧しい家で育ってきた。
若い頃、女遊びをしていた頃に
できた子ども。
母親は既に亡くなっている。

玉鬘たまかずら
頭中将と夕顔の娘。
成人した後に光源氏の養女となる。
頭中将は、玉鬘が我が子だと
最初は知らなかったが、
後に光源氏から事実を告げられ、
玉鬘と頭中将は再会を果たす。

弘徽殿女御こきでんのにょうご
頭中将と四の君の娘。
冷泉帝のもとに入内する。

上記の相関図の内容以外にも、
頭中将には何人もの妻妾がいて、
子どもを十数人もうけていました。

源氏物語 初心者
すごく子だくさんなんだね!


筆者
光源氏と同じく大変な好色者なので、関係を持った女性は多いです。


頭中将は、光源氏の親友かつライバルという
二面性をもったキャラクターです。

若い頃は、頭中将は光源氏の
親友として、恋や遊びのライバルとしての
役割を果たしていますが、
「澪標」巻以降、「行幸」巻までは、
政治的に対立するなど、
2人の心に深い溝ができていることに
着目しなければなりません。

管弦の遊びをする光源氏たち。
琴を奏でているのが光源氏。左で横笛を吹いているのが頭中将。
『源氏物語絵巻 若紫三』鎌倉時代 天理大学附属天理図書館蔵
管弦の遊びをする光源氏たち。
琴を奏でているのが光源氏。
左で横笛を吹いているのが頭中将。
『源氏物語絵巻 若紫三』鎌倉時代 
天理大学附属天理図書館蔵

さらに、
夕顔、玉鬘に関わる物語においては、
頭中将は玉鬘の実父(夕顔の元恋人)として
光源氏との複雑な関係性が描かれています。

性格

源氏物語 初心者
頭中将は、どんな性格なの?

頭中将の性格を簡単にいうと、

  1. 負けず嫌い
  2. 好色者
  3. 自信家
  4. 体裁を重視する
  5. 癖が強い

です。

原文中で、頭中将は
性格について触れられた箇所が非常に多いです。
ここでは、そのうちのいくつかを引用しつつ、
頭中将の性格について詳しく解説します。

1.負けず嫌いで物事にはっきり結着をつけたがる

頭中将は、
ことあるごとに光源氏と張り合っています。
たいへん負けず嫌いで勝気な性格であり、
勝ち負けや善悪など、物事にはっきりとした
結着をつけたがる傾向があります。


末摘花すえつむはなへのアピールや
源典侍げんのないしのすけとの関係において、
頭中将は光源氏に負けまいと
行動を起こしているし、
絵合えあわせでは、光源氏に対抗して多くの絵を収集しています。

筆者
以下の引用文は、頭中将の負けず嫌いな性格がよく表れています。

【原文】
権中納言
ごんちゅうなごん

きたまひて、あくまでかどかどしく
いま
めきたまへる御心
みこころ
にて、「われ
ひと

おと
りなむや」と
おぼ
しはげみて、すぐれたる上手
じゃうず
どもを

りて、いみじくいましめて、またなきさまなる
どもを、
なき
かみ
どもに

あつ
めさせたまふ。

【現代語訳】
権中納言(前の頭中将)は、お聞きになって、非常に才気があって現代風なご性分から、「自分は人に負けるものか」と心を奮い立てて、優れた名人たちを呼び集めて、厳しく注意を促して、他にないくらい素晴らしい絵の数々を、またとない立派な紙に描き集めさせなさる。

『源氏物語』「絵合」の巻より引用
冷泉帝の御前で行われた絵合。
源氏方は紫檀の箱、頭中将方は沈の箱に絵を入れて持ち寄った。
『源氏物語色紙絵 絵合』土佐派筆 江戸時代 堺市博物館
冷泉帝の御前で行われた絵合(えあわせ)の様子。
源氏方は紫檀の箱、頭中将方は沈の箱に絵を入れて持ち寄り、優劣を競った。
『源氏物語色紙絵 絵合』土佐派筆 江戸時代 堺市博物館

次の引用文は、光源氏の語った言葉です。

【原文】
たい姫君ひめぎみせたらむとき、またあなづらはしからぬかたにもてなされなむはや。
いとものきらきらしく、かひあるところつきたまへるひとにて、しきけぢめも、けざやかにもてはやし、またもてかろむることも、ひとことなる大臣おとどなれば、いかにものしとおもふらむ。

【現代語訳】
「玉鬘を見せたならば、(実父である頭中将に)軽々しく扱われるようなことはあるまい。
(頭中将は)たいそうはっきりとしていて、けじめをつけるところがある人で、善悪の区別も、はっきりと誉めたり、また貶しめ軽んじたりすることも、人よりも激しい大臣なので、どんなに腹立たしく思うだろう。

『源氏物語』「常夏」の巻より引用

2人は親友同士なので、
光源氏は頭中将の性格をよく把握していました。

2.好色者

頭中将は、
光源氏に負けず劣らずの好色者でした。
末摘花を競い合ったり、
源典侍を巡って騒動を起こしたりなど、
頭中将は随所で女好きの性格を発揮しています。

【原文】
右大臣
みぎのおとど
のいたはりかしづきたまふ

は、この
きみ
もいともの
くして、
きがましきあだ
びと
なり。

【現代語訳】
右大臣が気を配ってお世話なさる住居には、この君(頭中将)もたいへん何となく気が進まなくて、いかにも好色人らしい浮気人である。

『源氏物語』「帚木」の巻より引用

特に若い頃は
あちらこちら遊び歩いていたようで、
「常夏」の巻では、近江の君という、
品の伴っていない落とし胤を見つけ出しています。

妻と妾が何人もいて、子どもは十数人とも語られています。

3.自信家

頭中将は自分の家柄や能力に自信があり、
堂々とした態度をとる人物でした。

【原文】
みかど御子みこといふばかりにこそあれ、われも、おな大臣おとどこゆれど、おほんおぼえことなるが、皇女腹みこばらにてまたなくかしづかれたるは、なにばかりおとるべききはと、おぼえたまはぬなるべし。

【現代語訳】
(光源氏は)帝のお子というだけだ。自分だって、同じ大臣と言われる人の中でも、ご信望の格別な左大臣が、内親王を妻としてもうけた子息として大事に育てられているのだから、どれほども劣る身分とは、お思いにならないのであろう。

『源氏物語』「紅葉賀」の巻より引用

光源氏は天皇の子であり、血筋がよいから
ちやほやされているのであって、
自分だって権力のある左大臣の息子なのだから
光源氏に劣った存在ではないと

頭中将は思っていました。

「花宴」で舞を披露した際には、
光源氏の次の順番にも関わらず
落ち着いていて、とても堂々としており
立派に舞っています。

4.体裁・外見を重んじ、深い愛情はない

頭中将は、他人からどう見られるか
を過剰に気にする性格であり、
深い愛情の伴わない人間でした。

【原文】
人柄
ひとがら
あやしうはなやかに、男々
をを
しき
かた
によりて、
おや
などの御孝
おほんけう
をも、いかめしきさまをば
てて、
ひと
にも
おどろかさむの
こころ
あり、まことにしみて
ふか
きところはなき
ひと
になむ、ものせられける。

【現代語訳】
性格は妙に派手で、男らしくて、親への孝行なども、見ための立派さばかりを重視して、世間の人の目を驚かそうというところがあって、心からのしみじみとした深い情愛はない方でいらっしゃった。

『源氏物語』「野分」の巻より引用

頭中将は、母・大宮の死に際して
あまり悲しんでおらず、ただ葬儀を盛大に催しています。

「少女」の巻では、
夕霧と雲居雁の恋仲を知った際に、
夕霧が昇進して身分が高くなったならば、
改めて結婚を許可しようと考えています。

筆者
世間からの見栄えを気にして、まだ六位の夕霧と雲居雁を結婚させたくなかったのです。慕い合う2人は離れ離れになってしまいました…。


息子・柏木の死に際しては
この上ない悲嘆に暮れているので、
まったく心のない人というわけではありませんが、
少し薄情な一面がある、ということです。

5.癖が強くて面倒くさい

光源氏は、頭中将の性格を
以下のように評しています。

【原文】
さこそおいらかに、
おほ
きなる
こころ
おきてと
ゆれど、
した

こころ
ばへ男々
をを
しからず
くせ
ありて、人見
ひとみ
えにくきところつきたまへる
ひと
なり

【現代語訳】
あのようにおおらかで、寛大な性格のように見えるが、本当は男らしくなくねじけていて、付き合いにくいところがおありの方である

『源氏物語』「藤裏葉」の巻より引用

頭中将は、
穏やかなように見えるけれども、
実際のところは男らしくなくて
癖があって、面倒くさい性格だ

と言っています。

大宮邸の女房にも
わづらはしき御心(面倒くさい性格)
だと陰口を叩かれています。

一度言い出したことはなかなか
ひっこめることができなかったり、
物事を大げさに考えたりする癖があって
頭中将の頑固さや性急さに
周囲の人間は対応に苦慮することもありました。


ただ、ふさげたことを言うのが好きな一面もあって
近江の君との遣り取りでは、
周囲の女房を楽しませています。

容貌

頭中将は、背が高く、風格があって
派手で美しい男性でしたが、
光源氏や冷泉帝の美貌に比べると
物足りない容貌でした。


筆者
光源氏の容貌と頭中将の容貌を比べると、頭中将はまるで「花のかたはらの深山木」であると喩えられています。


源氏物語 初心者
光源氏が桜のような美しさだとすると、頭中将は普通の木程度の美しさってことだね!

青海波を舞う頭中将と光源氏。
紅葉の挿頭(かざし)をさしているのが頭中将(右)
『源氏物語色紙貼付屏風 紅葉賀』(部分)伝土佐光則筆 江戸時代
朱雀院行幸にて青海波を舞う頭中将と光源氏。
紅葉の挿頭(かざし)をさしているのが頭中将(右)
『源氏物語色紙貼付屏風 紅葉賀』(部分)伝土佐光則筆 江戸時代

紫の上は、頭中将の容貌について
次のように述懐しています。

【原文】

うち
大臣
おとど
の、はなやかに、あなきよげとは
えながら、なまめかしう
えたる
かた
のまじらぬに
たるなめり」

【現代語訳】
「内大臣(頭中将)が、華やかで、ああ美しいと見えながらも、優美に見えるところが混ざっていないのに(玉鬘は)似たのだろう」

『源氏物語』「玉鬘」の巻より引用

頭中将は、華やかで美しい容貌だけれど、
優雅さが欠けている
と評価されています。

中年になると、肉付きもよく
威厳のある容貌となっていましたが、
息子・柏木を亡くした際には
悲嘆のあまり痩せ細り、ひげを剃る気力も失せて、
すっかり衰えてしまいました。

モデル

源氏物語 初心者
頭中将にモデルって存在するの?


光源氏が須磨に流謫していたときに、
頭中将が訪問するエピソードについては、
唐代中期の漢詩人・白居易はくきょいとその親友・
元稹げんしんがモデルになっていると言われています。

筆者
「須磨」の巻においては、元稹げんしんが、頭中将のモデルになっているということです。


須磨で2人が一緒に歌った詩句


ひの
かな
しび
なみだ
そそく
はる

さかづき

(酔悲泪灑春杯裏)
【意味】
酒に悲しく酔って、春の盃の中に涙をこぼす

は、白居易の詩文集『白氏文集』
に見られる律詩の一部であり、
白居易が流罪になって流された先(夜夷陵)にて
同じく左遷された元稹と行き会った時に
詠んだ詩です。

作者・紫式部は、
白居易とその親友・元稹の関係性を
光源氏と頭中将に重ね合わせて、
『白氏文集』の詩句を引用したと考えられます。


さらに、白居易がその後も
不遇を重ねるのに対し、
元稹は虢州かくしゅうの長官となり半ば返り咲きします。
これは、
光源氏が須磨・明石での不遇が続くのに対して、
頭中将は都で参議(宰相中将)に
昇進している状況に似ています。

筆者
白居易と元稹の再会の季節は春、頭中将が須磨を訪れたのも春でした。季節も一致しています。

頭中将が須磨にいる光源氏を訪れたのと、
同時期に宰相中将に昇進する
エピソードは、元稹をモデルとした
設定だった可能性がある。

『源氏物語画帖』土佐光起筆 江戸時代初期
『源氏物語画帖』土佐光起筆 江戸時代初期

光源氏との年齢差

頭中将の年齢に関しては、
原文中で明確に述べられていません。


葵の上の兄であるのか、
弟であるのかも不明
です。

頭中将は、「帚木」の巻で、
葵の上のことを「わが妹の姫君」と言っています。

【原文】
わが
いもうと
姫君
ひめぎみ
は、この
さだ
めにかなひたまへり

【現代語訳】
自分のきょうだいの姫君は、この結論に当てはまっていらっしゃる

『源氏物語』「帚木」の巻より引用

平安時代において「妹」という言葉は、
年上・年下関係なく姉妹を指すため、
葵の上が頭中将の妹なのか姉なのかは、
わかりません。

源氏物語 初心者
え!?頭中将は、葵の上の弟かも知れないってこと?


ただし、一般的には
頭中将は葵の上の兄であり、
葵の上は、光源氏より4つ年上

と解釈されています。
すると、頭中将は、光源氏よりも5つ以上年上
ということになります。

身分

頭中将は、左大臣家の息子として生まれ、
太政大臣という律令官制の最高職
にまで上り詰めました。

父親は左大臣、
母親は桐壺帝の妹(一院の第三皇女)
であるから、文句なしの上流貴族です。


ちなみに頭中将は、
藤原氏の人間であると
原文中で明らかにされています。

平安時代前期~中期は
藤原氏が興隆を極め、摂関政治が盛んに
行われていました。
藤原氏である頭中将には、
藤原忠平や藤原実頼など
藤原氏北家のイメージが重ねられているのではないでしょうか。

頭中将と光源氏の関係性

源氏物語 初心者
頭中将は、光源氏の人生に深く関わった脇役、なんだよね。二人は、どのような関係性だったの?

頭中将と光源氏の関係性(青年期)

若い頃の頭中将と光源氏は、
思ったことを何でも語り合える親友でありながら
恋や遊び、学問のライバル
でもありました。

親愛と対抗心、相反する二つの感情の上に
2人の関係は成り立っていたのです。

末摘花邸で鉢合わせた光源氏と頭中将。
『源氏物語画帖 末摘花』(部分)土佐光吉筆 京都国立博物館
末摘花邸で鉢合わせた光源氏と頭中将。
『源氏物語画帖 末摘花』(部分)土佐光吉筆 京都国立博物館
筆者
頭中将はいつも光源氏に一歩及ばず、負けていましたが、蹴鞠だけは、頭中将のほうが上手でした。

「須磨」の巻では、頭中将は
配流された光源氏のもとを
「噂が立って自分が罪に問われてもかまわない」
という気持ちで訪問しています。

2人の間には、強い絆があったのです。

しかし、二人は性格のタイプが異なるため、
昔から少し感情の隔たりがありました。

【原文】
うはべはいとよき御仲
おほんなか
の、
むかし
よりさすがに
ひま
ありける。

【現代語訳】
表面はたいへん仲の良いお二人だが、昔からそれでもしっくりしないところがあるのであった。

『源氏物語』「常夏」の巻より引用

頭中将はせっかちで負けず嫌いな性格ですが、
光源氏は頭中将に比べると余裕があって
ゆったりとしていて野心がないので、
一緒に行動していてお互いに違和感を覚えることが
あったのでしょう。

頭中将と光源氏の関係性(壮年期以降)

そのような感情の隔たりが原因なのか、
光源氏の罪が許されて、
須磨・明石より都に帰還すると
2人は政治的に対立するようになっていきます。


頭中将が、夕霧と雲居雁の結婚を
許可しなかったこともあり、
長年、2人の間には心理的な距離ができてしまいます。

【原文】
中将
ちゅうじゃう
をいたくはしたなめて、わびさせたまふつらさを
おぼ
しあまりて、「なまねたしとも、

きたまへかし」と
おぼ
すなりけり。

【現代語訳】
(光源氏は、頭中将が)中将<夕霧>をひどく恥ずかしい目にあわせて、悲しませていらっしゃるつらさを抑えきれなくて、「人伝てに聞いて、悔しく思えばよい」と、お思いになるのだった。

『源氏物語』「常夏」の巻より引用

この時、光源氏は、頭中将の息子らを集めて、
頭中将の悪口を言って憂さ晴らしをしていました。

源氏物語 初心者
光源氏と頭中将は、政治の実権を争ってずっとバチバチやってたの?


筆者
いいえ、光源氏は政治的な実権を握りたいという願望はそう強くはありませんでした。


光源氏は、斎宮(養女)や明石の姫君を
入内させるなど、
外戚政治を熱心に行っていましたが、
自身は早く引退してのんびり仏道に籠りたい
という願望が強く、
「少女」の巻では早々に関白の職を頭中将に譲っています。

頭中将と光源氏は、
「行幸」の巻で対面をし、語り合ったことで
長年のわだかまりを解消し、仲直りしています。

【原文】
大臣
おとど
も、めづらしき御対面
おほんたいめん
に、
むかし
のこと
おぼ

でられて、よそよそにてこそ、はかなきことにつけて、
いど
ましき御心
みこころ

ふべかめれ、さし
かひきこえたまひては、かたみにいとあはれなることの数々思
かずかずおぼ

でつつ、
れい
の、
へだ
てなく、昔今
むかしいま
のことども、
とし
ごろの御物語
おほんものがたり
に、日暮
ひく
れゆく。

【現代語訳】
内大臣(頭中将)も、ひさしぶりの(光源氏との)ご対面に、昔のことを自然と思い出されて、離れていてこそ、ちょっとしたことにつけても、競争心も起きるようだが、対面してお話し申し上げなさると、お互いにたいへんしみじみとしたことが様々に思い出されなさって、いつものように、心の隔てなく、昔や今のことがらや、長年のお話しをしているうちに、日が暮れて行く。

『源氏物語』「行幸」の巻より引用

「澪標」巻から「行幸」巻まで
およそ8年ほど、2人の心の距離は
遠ざかっていたということです。

「行幸」巻における仲直り以降は、
2人は対立することもなくなります。
頭中将は、夕霧と雲居雁の結婚を許し、
婿として夕霧を可愛がっています。

歳をとるにつれて、
若い頃のように
頻繁に会うことはなくなりましたが、
頭中将と光源氏は、
生涯、親友として交流を続けていきます。

雨夜の品定めにおける頭中将の女性論

「雨夜の品定め」とは、
「帚木」巻において、長雨の季節に
光源氏・頭中将・左馬頭・藤式部丞ら4人が
女性論議を繰り広げている部分のことです。

『源氏物語色紙絵 帚木』伝土佐光元筆 室町時代末期 京都国立博物館
女性の品定めを談義する男たち。
左奥が光源氏、右奥が頭中将。
『源氏物語色紙絵 帚木』伝土佐光元筆 室町時代末期 京都国立博物館

ここでは、
頭中将が語った女性論についてまとめました。

女性論1:欠点のない女は滅多にいない

欠点をもっていない女性は滅多にいない。
身分相応に
うわべだけ風情がある女性は多くいるが、
自分の知っていることで得意になって、
他人を見下しているような残念な女性が多い。

親が大事にしていて、
顔が綺麗でおっとりした箱入り娘は、
一つくらい芸が上達しているものだが、
本物かと思って結婚してみたら、
がっかりすることもある。

どんな女も実際に結婚してみると
不満が出てくるだろうから
どれがよいとは結局決めることができない。
良いところだけを身につけた女は滅多にいない。
男女の仲とは、それぞれに優劣をつけるのは難しいものだ。
吉祥天女のように人間離れしているのも
面白くないだろう。

何一つ長所がない女と、
何から何まで素晴らしいと思うような
優れた女とは、同じくらい少数なのだ。

女性論2:中流の女はそれぞれの気質がわかりやすい

良い家柄の女は、親に大切に育てられて、
欠点が目立たなくて済むから、
その様子も良く見えてしまうものである。

中流の女こそ、
それぞれの気質や考え方が見えやすく、
人柄の区別がはっきりとしている。
下層の女は、どんな女であろうと興味はない。

筆者
光源氏は、頭中将の語った「中流の女」に興味を持ち、この後、空蝉・夕顔といった女性たちと恋愛遍歴を重ねていきます。

体験談:常夏の女(夕顔)の話

頭中将は、以前
こっそりとある女のもとに通っていた。
その女は親もなく、心細い身の上で、
頭中将のみを頼りにしていたが、
頭中将の妻(四の君)が浮気に気づいて、
ある者を通して女におどし文句をよこした。
女はその後、姿をくらましてしまった。

これが長続きしそうにない
頼りない女の例である。
平気なようにしていたので、
心の中では深く悩んでいたとは気づかず
あどけない女と思って愛していたのは
見当違いの片思いだった。

筆者
ここで頭中将の語る常夏の女が、後に光源氏と恋仲になる夕顔です。

頭中将の人物像の変容について

頭中将は、物語中において
その人物像が変容していると研究者達から指摘されています。

頭中将には、先述したように
性格や容貌など
固有の人物像が設定されていますが、
一方で光源氏と密接に関わっていく中で、
物語の進行に応じて人物像が変化していきます。

源氏物語 初心者
どんなふうに変化しているの?


筆者
一言でいうと、好色者から政治者変っています。以下、すこし詳しく解説します。

好色者⇒政治者 への変貌

頭中将の人物像が変容するのは、
「澪標」巻から「絵合」巻にかけてです。

頭中将は正妻四の君腹の娘を
冷泉帝に入内させますが、
同時期に、藤壺と光源氏を後援とする前斎宮も、
冷泉帝に入内することとなります。

「絵合」巻では
絵に関心を持っている冷泉帝のために
頭中将も光源氏も絵を収集し、
絵合を開催しますが、
源氏が須磨流謫時に描いた
素晴らしい絵日記によって、
前斎宮(光源氏)側の勝利となります。

この、絵合えあわせの場面では、
頭中将は異常なまでの対抗意識を現しており、
作者からも批判的・嘲笑的に描かれています。


「須磨」巻までは光源氏の親友として
好意的に書かれていた頭中将の人物像が、
一転して子供っぽく軽々しい人物として描かれているのです。


「少女」巻では、頭中将は、
雲居雁を東宮に入内させようと考えますが、
明石の姫君が対抗馬としてあがっている上に
当の雲居雁が夕霧と恋仲であることが発覚します。
またもや頭中将の政治的な野望は挫折をし、
彼の頑固な性格と、いら立ちが強調されています。


さらに「常夏」巻では、
頭中将の落とし胤である
近江の君が笑い者になっているのに対応して、
頭中将自身も批判的に描かれていきます。
光源氏も、頭中将を否定的に評しています。

近江の君と五節の君が雙六に興じている様子を内大臣(頭中将)が妻戸の隙間から覗いている場面。
『源氏物語絵巻 常夏』(部分)住吉具慶筆 江戸時代
近江の君と五節の君が雙六に興じている様子を内大臣(頭中将)が妻戸の隙間から覗いている場面。
『源氏物語絵巻 常夏』(部分)住吉具慶筆 江戸時代

このような
頭中将の人物像の変容を
端的に表現すると、
好色者から政治者への変貌です。

なぜ頭中将の人物像は変容したのか

源氏物語 初心者
どうして頭中将の描かれ方が、急に変化してしまったのだろう?


筆者
それは、好色者の本質を持つ主人公・光源氏を、政治の世界に関わらせるためです。


光源氏の本質は、好色者です。
光源氏の色好みは『源氏物語』の主題であり、
主人公が理想的かつ完全無欠であることは
古代文学の常識でもありました。

完全無欠な光源氏は、栄華を極めていくのが
自然な流れとなります。
光源氏に栄華を極めさせるためには、
どうしても政治と関わる必要があります。


しかし、これまで光源氏の恋愛遍歴を
中心としていた『源氏物語』世界において、
急に光源氏が政治者となるのは不自然でしょう。

作者・紫式部は、
好色者の光源氏を政治の世界に

関わらせるために
光源氏の親友かつライバルである頭中将に
政治者としての性質を与え、

恋愛中心だった物語世界に、なるべく自然に、
政治の要素を織り込んだと考えられます。


筆者
光源氏自身は、ただの好色者であって、あまり政治的な野心の強い人ではありません。その代わりに頭中将を野心の強い政治者として設定し、これまでのように頭中将が光源氏に負ける構図によって、光源氏は栄華の極みに押しあげられていったのです。


紫式部は宮中に仕える立場の女性だったので、
当時の政治について見聞きすることも多く、
強い批判精神を持っていたことでしょう。
頭中将という政治者を批判的に描写しているのは、
紫式部自身の当時の(一条朝の)政治への

批判意識が反映されているものと推測されます。

頭中将は、
親友・ライバルという矛盾した
性質を持ちながら、
政治者としての変貌を遂げ
光源氏が栄華を極めるための
必須要素として存在しています。

『源氏物語』が第二部に入ると、
女三の宮の登場により、
光源氏の色好みが悲劇的な方向に動き、
築き上げた六条院の世界が崩壊に向かいます。

作者の意識から
政治的な世界が薄れていくのに平行して、
頭中将も急激に存在感を弱めていきます。
頭中将は政治者としての役割を終え、
光源氏の友人として余生を送ることになります。

頭中将のエピソード年表

頭中将のエピソードを巻ごとの年表にしました。
頭中将の年齢は不明なので、
光源氏の年齢を参考に掲載
します。
※頭中将の年齢は、
光源氏の年齢+5、6歳と想定してください。

頭中将の官職は、
頭中将⇒三位中将⇒宰相中将…
と昇進していきますが、
年表中の「エピソード」解説では
頭中将の呼び名で統一しています。

スクロールできます
巻名頭中将のエピソード頭中将の官職源氏の年齢
桐壺右大臣の娘・四の君と結婚し、婿として右大臣から大切にされる。
この翌年くらいに、夕顔と恋愛関係になり、3年間通っており、玉鬘が誕生している。
蔵人少将12歳
帚木雨夜の品定めにて、光源氏ら3人と女性談義を繰り広げる。頭中将17歳
夕顔光源氏、夕顔と恋仲に。頭中将と夕顔が過去に恋仲だったことが明らかになる。
夕顔の死後、悲しみにくれる光源氏のもとを、頭中将は見舞いに訪れる。源氏は頭中将に、夕顔のことを打ち明けない。
頭中将17歳
若紫北山の寺へ光源氏を迎えに行く。寺では酒盛が始まり、横笛を演奏している。頭中将18歳
末摘花末摘花邸にて、光源氏と鉢合わせる。その後、二人は競い合うように末摘花に手紙を送るが、結局は光源氏が末摘花と男女の契りを結ぶ。頭中将ははっきりと報告しない光源氏に対して悔しく思う。頭中将18歳
紅葉賀桐壺帝御前の試楽にて、光源氏とともに青海波を舞う。
朱雀院行幸の夜、従四位上から正四位下に昇進。

光源氏が老女・源典侍と男女の仲であることを知り、源典侍に興味を持ち言い寄る。後日、密会中の源氏と源典侍を発見し、脅かす。
頭中将18~19歳
花宴紫宸殿の桜花の宴にて、漢詩を作る。その後、桐壺帝の指示で柳花苑という舞を舞い、御衣を賜る。頭中将20歳
光源氏の妻・葵の上が死去。毎日源氏のもとを訪れ、妹を追慕する。三位中将22歳
賢木桐壺院が崩御し、右大臣家が権力をふるうようになり、源氏一派は不遇を受ける。頭中将は妻の四の君と相変わらず不仲のため、右大臣から嫌われ、正月の司召で昇進できず。
夏、源氏と頭中将は韻塞ぎに興じる。二日後、頭中将は負けぶるまいとして饗応を行う。
三位中将25歳
須磨源氏、須磨へ退去。左大臣邸に挨拶をする。頭中将もその場に参上。翌日、頭中将は二条院(源氏の邸宅)にも参上。

新年を迎え、宰相(参議)に昇進。須磨にいる源氏を慰問し、語らったり、詩文を作ったりする。
三位中将
 ↓
宰相中将
26~27歳
澪標権中納言に昇進する。四の君の産んだ姫君を冷泉帝に入内させる(弘徽殿女御)。権中納言29歳
絵合源氏、六条御息所の娘・斎宮女御を冷泉帝に入内させる。頭中将、娘にライバルが出来て不安に思う。
源氏(斎宮女御)と頭中将(弘徽殿女御)、絵合で対決。源氏方が勝利し、頭中将は悔しく思う。
絵合後の宴会で、和琴を演奏する。
権中納言31歳
薄雲大納言兼右大将に昇進する。大納言兼右大将32歳
少女元服した夕霧にあざなをつける儀式に参加する。大学寮試験の模擬試験にも臨席している。
内大臣に昇進。太政大臣になった源氏は、内大臣に関白の職を譲る。
大宮邸で和琴を演奏する。
娘の雲居雁と夕霧が恋仲であると知り、立腹。雲居雁を大宮のもとから引き取り、二人を離れ離れにする。
朱雀院行幸にて和琴を演奏する。
内大臣33歳~35歳
玉鬘夕顔と頭中将の娘・玉鬘、父に会うために筑紫から上京。源氏、頭中将には知らせないまま、玉鬘を養女とする。内大臣35歳
夕顔の娘(玉鬘)のことを懐かしく思い、探し出そうとする。内大臣36歳
常夏源氏、頭中将の和琴の腕を称賛する。玉鬘、父の弾く和琴を聞いてみたいと思う。

頭中将、落としだね・近江の君を養女とする。
玉鬘を養女としている源氏の悪口を言う。
近江の君を弘徽殿女御に出仕させ、笑い者にする。
内大臣36歳
篝火近江の君、頭中将から悪い扱いをされていることで世間の噂となる。内大臣36歳
野分嵐の翌日、母大宮の邸を訪問。雲居雁と近江の君の話をする。内大臣36歳
行幸源氏、頭中将に遠慮して玉鬘を自分の妻にはしない。
頭中将、冷泉帝の行幸に供奉する。玉鬘、実父・頭中将の姿をこっそり見る。
源氏から玉鬘の裳着の腰結役を依頼されるが、大宮の病気を理由にいったん断る。
大宮邸を訪れた源氏と対面。打ち解けて語り合い、玉鬘が自分の実の娘であると知る。
玉鬘の裳着の腰結役を務め、父娘の再会を果たす。

尚侍になりたいと希望する近江の君を愚弄する。
内大臣36歳~37歳
藤袴髭黒大将から、玉鬘との結婚について相談を受け、前向きに考える。
尚侍として出仕しようとする玉鬘を賛美する。
内大臣37歳
真木柱髭黒大将と玉鬘の結婚に安心し、祝福する。
玉鬘が急に髭黒大将邸にひきとられ、不快感を示すが傍観する。
内大臣37歳~38歳
梅枝美しく成長した雲居雁がまだ未婚であることについて思い悩む。こちらから夕霧には歩み寄れない。
夕霧と中務宮の娘との縁組の噂を聞いてさらに煩悶する。
内大臣39歳
藤裏葉夕霧を自邸に招待。雲居雁との結婚を許す。
婿となった夕霧を可愛がり世話する。
内大臣から太政大臣に昇進する。
三条殿に引っ越した夕霧夫婦を訪問。
冷泉帝の六条院行幸に列席する。
内大臣⇒太政大臣39歳
若菜上女三の宮の婿選びに際して、息子・柏木が選ばれることを望む。
女三の宮の裳着の腰結役を務める。
玉鬘の祝う源氏の四十の賀にて、楽器類の準備をし、柏木とともに和琴を弾く。
勅命により夕霧が開催した源氏の四十の賀にも列席。座席や調度類を準備する。和琴を弾く。
太政大臣39歳~40歳
若菜下冷泉帝の退位にともない、太政大臣を辞職。太政大臣⇒引退(致仕の大臣)46歳
柏木柏木の死に際して、この上ない悲嘆に暮れ、憔悴する引退(致仕の大臣)48歳
夕霧一条御息所の死去に際し、弔問の使いを出す。
法事の準備を夕霧が取り仕切っていることに腹を立てる。
引退(致仕の大臣)50歳
御法紫の上の死去に際して、源氏を何度も見舞い、語り合う。引退(致仕の大臣)51歳

※赤字は重大エピソード
頭中将は、和琴の名手である。
※頭中将は、重要人物となる「夕顔」巻における官職が頭中将であったことから、読者に「頭中将」と呼ばれるようになった。物語中では、その時々の官職名で呼ばれていることに注意。

この記事では、
『源氏物語』の頭中将について
詳しく解説しました。

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様々な観点から解説する記事を作成しています。

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