MENU
撫子
このサイトの管理人
30代後半の主婦。
高校生の頃から源氏物語に興味を持ち始めました。大学では源氏物語を研究し、日本語日本文学科を首席卒業しました。
30代になり、源氏物語を改めて学びなおしています。
お問い合わせ

漫画「あさきゆめみし」で源氏物語を学ぼう!

伊勢物語が源氏物語に与えた影響と共通点を解説!

伊勢物語が源氏物語に与えた影響と共通点を解説!

源氏物語 初心者
『源氏物語』は、『伊勢物語』の影響を受けて成立したって聞いたよ。具体的にどんな共通点があるの?


『伊勢物語』は、在原業平(西暦825年~880年)
が詠んだ和歌や逸話を元にして作られた歌物語です。
在原業平の没後の9世紀から10世紀中頃にかけて
成立したと想定されており、『竹取物語』と並んで、
『源氏物語』以前の文学作品として知られています。

筆者
『源氏物語』は、さまざまな文学の影響を受けて成立しましたが、この『伊勢物語』からも、大きな影響を受けています。物語のあちらこちらに、『伊勢物語』の影響が見られます。


この記事では、『源氏物語』が『伊勢物語』に
どのような影響を受けているか、主要なものを解説します。

『竹取物語』が『源氏物語』に与えた影響に
ついには、こちらで解説しています。

目次

「絵合」巻で批評されている『伊勢物語』

まず、「絵合」巻で、『伊勢物語』が
批評されている部分を紹介します。

藤壺中宮の御前の物語絵合わせで、
『伊勢物語』VS『正三位しょうさんみ』の対決が行われているのです。


『伊勢物語』の絵は源氏が用意したもの。
『正三位』の絵は中納言(頭中将)が用意したものです。
『正三位』は散逸してしまった物語なので、
現在ではその詳しい内容はわかりません。

その対決の中で、『伊勢物語』に関しては、
以下のような和歌が詠まれています。

伊勢の海の 深き心を たどらずて
ふりにしあとと 波やつべき

【現代語訳】
『伊勢物語』の深い心を訪ねず
古い物語だからといって
価値を落としてよいものでしょうか

「絵合」巻 平典侍の和歌 

源氏方についている平典侍へいないしのすけが詠んだ和歌です。

『正三位』は最近の宮中を描いた物語で、
華やかところが良いけれども、
『伊勢物語』は深い心が描かれているから、
評価をするべきだと、『伊勢物語』を擁護しています。

みるめこそ うらふりぬらめ 年経にし
伊勢をの海人の 名をや沈めむ


【現代語訳】
見た目には古くさく見えるでしょうが
昔から有名な『伊勢物語』の名を
落とすことができましょうか

「絵合」巻 藤壺中宮の和歌 

これは、藤壺の中宮が詠んだ和歌です。
藤壺としては、源氏方の持ち寄った
『伊勢物語』を支持したというわけです。

このように、「絵合」巻では、
登場人物による討論という形で、
『伊勢物語』が明らかに支持されています。

「源氏物語図色紙」絵合
「源氏物語図色紙」絵合

主要な登場人物である藤壺に
このような和歌を詠ませたということは、
紫式部としても、『伊勢物語』に強い思い入れが
あったのだろうと想像できます。


以下に紹介するように、『源氏物語』では、
頻繁に『伊勢物語』の影響と思われる箇所が見られます。
紫式部が『伊勢物語』を愛好し、
その世界観や要素を自分の物語に
とりいれているということがわかります。

『伊勢物語』が「若紫」巻に与えた影響

「若紫」の巻は、『源氏物語』にとって
重要なストーリーが語られています。

・光源氏と紫の上の出会い
・光源氏と藤壺の宮の密通と懐妊
・光源氏、紫の上を盗み出す

この「若紫」巻は、
実は『伊勢物語』の影響が非常に大きい巻なのです。

「若紫」という巻名の由来

そもそも、「若紫」という巻名は、
『伊勢物語』初段の和歌の言葉の引用です。

春日野かすがのおの 若むらさきの すりごろも
しのぶの乱れ かぎりしられず

【現代語訳】
春日野の、若々しい紫草のような、美しいあなたに逢ったものだから、私の心は、この狩衣かりぎぬ信夫摺しのぶずりの模様のように、限りなく乱れています。

『伊勢物語』初段

「若紫」という歌語の用例としては、
『伊勢物語』以外にも、
「亭子院歌合」や「京極御息所歌合」、
『後撰和歌集』(一一七八、一二七八番歌)などに
武蔵野とかかわっての用例が見られます。

しかし、以下に解説するように、
「若紫」巻は、『伊勢物語』との関連が深いため、
巻名も『伊勢物語』からの引用と見るのが自然です。

「若紫」冒頭と『伊勢物語』初段の類似点

「若紫」巻が『伊勢物語』初段から
影響を受けているのは巻名だけではありません。

冒頭の、光源氏が若紫を垣間見する場面と、
『伊勢物語』初段を比較してみましょう。

★『源氏物語』★
瘧病わらわやみにかかった光源氏が、祈祷を受けるために北山に赴く。そこで、垣間見によって美しい少女を発見し、興味を持つ。

★『伊勢物語』★
元服した男が、奈良の京の春日の里に鷹狩に赴く。そこで、垣間見によって美しい姉妹を発見し、興味を持つ。

「若紫」巻の冒頭部分は、
『伊勢物語』初段をプロット(筋書き)の
レベルで引用しているのです。


また、在原業平が都から見て南である
「奈良の京の春日の里」に行っているのに対し、
源氏は「北山の某寺」に行っているのは、
あえて真逆の設定にすることで、
パロディ感を出しているのでしょう。

「初草」「若草」の和歌の由来

「若紫」巻で詠まれている和歌で、
『伊勢物語』の影響を受けていると言われているものがあります。

それは、以下の贈答歌です。
光源氏が垣間見する場面において
若紫の将来を心配する祖母尼君と
女房との間でやり取りされたものです。

ひ立たむ ありかも知らぬ 若草わかくさ
おくらす露ぞ 消えむそらなき

【現代語訳】
今後どこでどう育って行くのかも
分からない若草のような少女を残して消えてゆく
露のように儚い私は死ぬに死ねないのです

「若紫」巻 祖母尼君 ⇒ 女房 (贈歌)

初草はつくさの すゑも 知らぬまに 
いかでか露の 消えむとすらむ

【現代語訳】
初草のように幼い姫君のご成長も見ないうちに
どうして尼君様は先立たれることを
お考えになるのでしょう

「若紫」巻 女房 ⇒ 祖母尼君 (返歌)

このように、
贈答歌中に「初草」「若草」がセットで出てくるのは、
『伊勢物語』四十九段と同じなのです。

『伊勢物語』四十九段は、男が妹を愛しく思って、
色めいた和歌を贈るという、
近親相姦の匂いの漂うお話です。
以下のような和歌が贈答されています。

うらわかみ ねよげに見ゆる 若草
人のむすばむ ことをしぞ思ふ

【現代語訳】
若々しいから、
添い寝したく見える若草のような可愛いなたを、
他人が妻とすることを悔しく思います。

『伊勢物語』 <男 ⇒ 女>

初草の などめづらしき 言の葉ぞ
うらなくものを 思ひけるかな

【現代語訳】
なんて思いもよらぬ素晴らしい言葉でしょうか。
きょうだいだから、私はあなたを
無邪気な気持ちで思っていたのですよ。

『伊勢物語』 <女 ⇒ 男>

特に「初草」という歌語は、
『伊勢物語』が初出であることから、
先に引用した『源氏物語』の和歌は、

四十九段の影響を受けて
「若草」「初草」という言葉を詠み込んだ
可能性が高いです。


源氏物語 初心者
紫式部は、『伊勢物語』四十九段の和歌を気に入ったのかな?


『源氏物語』の作者・紫式部は
四十九段の「若草」「初草」という言葉に対して、
小説家としての感性が刺激されたのでしょう。
そして、それらの言葉にふさわしい、
幼くて可憐なヒロインを登場させました。

後に、光源氏と若紫は、
兄妹のような父娘のような奇妙な関係として、
二条院で生活することになります。
そして「葵」の巻で突如、二人は男女の契りを結ぶのです…。

筆者
このあたりの展開は、近親相姦の匂いの漂う『伊勢物語』四十九段の影響があったのかも知れません。

ちなみに「総角」巻でも、
匂宮が姉の女一の宮に言い寄る場面で、
この四十九段が引用されています。

光源氏と藤壺の密通と『伊勢物語』の類似点

「若紫」巻における光源氏と藤壺の密通場面は、
『伊勢物語』六十五段および六十九段の影響を受けています。


六十五段は在原業平と二条后高子との恋が
描かれている章段です。
『源氏物語』と『伊勢物語』六十五段は、
以下のようにプロット(筋書き)のレベルで類似しています。

★『源氏物語』★
光源氏は、幼い頃に父帝について后たちの御殿に頻繁に入っていた。そこで、藤壺の宮に恋をする。後に、藤壺の宮が里下がりをしたタイミングで光源氏は里邸に忍び込み、密通を遂げる。それ以降も執拗に藤壺の宮に近づこうとする。

★『伊勢物語』★
男は、まだ年少だったため、女房の控え所に出入りを許されていた。男は帝の妻である女性に恋をし、執拗につきまとう。女性の里下がりのタイミングで、かえって都合が良いことと思い、通い続ける。

源氏物語 初心者
両方とも主人公の男が帝の后と密通しているんだね!


また、「賢木」巻で
藤壺の宮が光源氏の執心が終わるようにと
祈祷をさせる場面は、
六十五段で、男が后に対する恋慕の思いが
なくなるようにと、仏神に祈り、
祓えをしたというエピソードを
念頭に置いたものと思われます。

さらに『伊勢物語』六十九段にも
「若紫」巻との類似点が見られます。
双方ともに「夢」をキーワードとする
和歌が詠まれているのです。

以下の贈答歌は、源氏と藤壺が
密通を遂げた後に詠まれたものです。

見てもまた 逢ふ夜まれなる のうちに
やがて紛るる 我が身ともがな

【現代語訳】
お逢いしても、また再び逢うことの難しい
夢のようなこの世なので
夢の中にそのまま紛れて消えてしまいたい我が身です

「若紫」巻 光源氏 ⇒ 藤壺の宮(贈歌)

世語りに 人や伝へむ たぐひなく
憂き身を覚めぬ になしても

【現代語訳】
世の中の語り草として
人が伝えるのではないでしょうか、
この上ないくらい辛い身を、
覚めることのない夢の中のこととしても

「若紫」巻 藤壺の宮 ⇒ 光源氏(返歌)

以下は、『伊勢物語』の和歌です。
斎宮が男のアプローチに応じて
男の寝所までやってきて
禁断の逢瀬を果たした翌朝に、贈答したものです。
こちらも夢がキーワードとなっています。

君や来し われやゆきけむ おもほえず
かうつつか 寝てかさめてか

【現代語訳】
あなたがいらっしゃたのか、私がうかがったのか、はっきりしません。いったい今回の逢瀬は夢なのか現実なのか、寝ていたのか目覚めていたのか。

『伊勢物語』 斎宮 ⇒ 男 (贈歌)

かきくらす 心のやみに まどひきに
うつつとは 今宵さだめよ

【現代語訳】
悲しみに暮れて真っ暗になった私の心は、思い乱れていました。
夢か現実かは、今夜の逢瀬で判断してください。

『伊勢物語』  男 ⇒ 斎宮(返歌)

紫式部は『伊勢物語』六十九段において、
禁忌を破った逢瀬を「夢」として
捉えていることに心を惹かれ、
『源氏物語』に取り入れたのでしょう。

ただし、藤壺の宮の和歌は、
『伊勢物語』の斎宮の和歌ような
逢瀬に陶酔する様子は見られず、
「世間からの評判」を気にしていて、
その意識は現実に向かっています。

源氏物語 初心者
「若紫」の巻ってすごく『伊勢物語』からの影響を受けているんだね!知らなかった!


筆者
「若紫」巻の源泉は、『伊勢物語』にあるのです。


一説によると、
『源氏物語』は、「若紫」の巻から
書き始められたのでは、とも言われています。
もし、それが事実だとしたら、
『源氏物語』そのものの源泉が『伊勢物語』にある
といっても過言ではないのかも知れませんね!

『伊勢物語』が「橋姫」巻に与えた影響

「橋姫」巻において、
薫が宇治の姉妹を垣間見する場面も、
『伊勢物語』初段の影響を受けていると言われています。

源氏物語 初心者
えっ、初段の影響を受けているのは、「若紫」巻だけではないんだね。


「若紫」巻の冒頭の垣間見の場面も、
初段の影響を受けていますが、
「若紫」巻の垣間見の対象が
若紫と祖母の尼君だったのに対し、
「橋姫」巻では大君と中君の姉妹となっています。

『伊勢物語』初段では、主人公は
「いとなまめいたる女はらから」(とても優美な姉妹)
を垣間見しているから、「橋姫」巻のほうが、
『伊勢物語』初段のプロットを
より忠実にとりいれている
こということになります。

それにしても、二回も引用とするということは、
紫式部は相当に『伊勢物語』初段の
垣間見のシーンに強い印象を抱いていたのでしょう。
「女はらから」を垣間見するシーンを
描くということにこだわりを持っていたようにも感じられます。

『伊勢物語』が「夕顔」巻に与えた影響

「夕顔」の巻で、光源氏が夕顔を連れ去り、
夕顔が某の院で亡くなるストーリーは、
『伊勢物語』六段を踏まえています。

両者のプロットを比較して見ましょう。

★『源氏物語』★
光源氏は、忍び通っていた女(夕顔)を、八月十五日の夜にこっそり連れ出して、荒廃した某の院に移る。院の奥の方が暗いので、夕顔は怖がっている。夜、光源氏は悪夢によって目が覚める。部屋の外に出て、管理人の息子や随身を呼んで戻ると、夕顔は亡くなっていた。翌朝、光源氏は悲しんで泣く。

★『伊勢物語』★
男が、求婚相手の女を盗み出して芥河というところの、途中にあった倉に到着する。男は、女を倉の奥の方に押し入れて戸口で守っていたが、その間に鬼が女を一口で食ってしまう。男は悲しみ怒って泣く。

男が女を盗み出し、
荒廃した邸に連れて行って、
女が頓死するという
プロット(筋書き)が共通しています。

業平は高子を連れて駆け落ちするが、高子の叔父に見つかってしまう。
高子は何事もなかったかのように清和天皇のもとに入内した。
「伊勢物語図色絵 六段芥川」俵屋宗達 

このような類型の昔話は他にもあったようです。
昔、河原院に宇多法皇が京極御息所を
連れて行った際に、その院の元の主、
源融の霊が現れて、
御息所が気絶したという話です。

紫式部の念頭には、この宇多法皇のエピソードと
『伊勢物語』六段の両方が置かれていたのでしょう。

筆者
源氏が夕顔を連れ込んだ某の院は、宇多法皇の昔話に出てくる河原院がモデルとなっていると言われています。

『伊勢物語』六段の話でも(六十五段と同様に)
「女」は二条の后とされています。
本来『源氏物語』では、
二条の后=藤壺の宮として語られているのに、
ここでは夕顔が二条后にあたる人物とされています。

作者は『伊勢物語』と同じ展開
(源氏が藤壺の宮を盗み出す)にはしたくなかったのでしょう。
ところどころで読者に『伊勢物語』を想起させつつも、
独自の展開をたどるところが、
紫式部の小説家としての手腕だったのです。

源氏物語 初心者
たしかに、主なストーリーが全部『伊勢物語』と同じだったら、つまらないもんね!


筆者
夕顔は、藤壺の身代わりだったという捉え方もできます。光源氏が、本当にいちばん連れ去りたい相手は、藤壺の宮だったからです。

『伊勢物語』が「賢木」巻に与えた影響

「賢木」の巻も、『伊勢物語』から受けた影響が色濃く見られます。

・光源氏の野々宮(六条御息所)訪問
・光源氏と朧月夜の密通

の2点です。
朧月夜のストーリーは、「花宴」巻から「澪標」巻まで
続きますが、「賢木」巻が山場となっているので、
「賢木」巻に与えた影響として紹介しています。

光源氏の野々宮訪問

光源氏が、伊勢下向前の潔斎所である
野々宮を訪問し、
六条御息所に対面する場面において、
以下のようなセリフが見られます。

かはらぬ色をしるべにてこそ、斎垣いがきも越えはべりにけれ。さも心く」

【現代語訳】
「変わらない心に導かれて、禁制の垣根も越えて参ったのですよ。何と薄情な」

「賢木」巻

これは、光源氏が六条御息所に語りかけた言葉です。

「斎垣を越える」という表現は、
『伊勢物語』七十一段の和歌などを踏まえていると言われています。

ちはやぶる 神の斎垣も 越えぬべし
大宮人の見まくほしさに

【現代語訳】
越えてはいけないこの神垣も越えてしまいそうです。
宮廷人のあなたに逢いたくて。

『伊勢物語』 女 ⇒ 男 (贈歌)

七十一段は、六十九段と同様、
男が伊勢の斎宮を訪問するエピソードです。

源氏が野々宮を訪問するエピソードは、
『伊勢物語』七十一段や六十九段に
触発されて書かれたものである可能性があります。

源氏物語 初心者
男が、本来は男子禁制の場所を訪れて、女に会うという点で影響を受けているんだね。


筆者
六十九段のように、禁忌の逢瀬が果たされるのか?と思いきや、源氏は六条御息所と会話を交わすだけで夜を明かし、何事もなく帰るという、『伊勢物語』読者にとっては肩透かしの展開です。

光源氏と朧月夜の密通

光源氏と朧月夜の密会のエピソードは、
『伊勢物語』六十五段の影響を受けています。

両者を比較してみましょう。

★『源氏物語』★
源氏は、花宴の夜に弘徽殿の細殿に入り込み、偶然出会った朧月夜をとらえて抱く。朧月夜は人を呼ぼうとするが、源氏は「私は誰からも許されている」と言って居直る。
源氏は、朱雀帝の寵愛を受けていた朧月夜との逢瀬を継続し、ついに二人の密通のことは朱雀帝をはじめ周囲の知るところとなる。朱雀帝の母・弘徽殿大后と祖父・右大臣の計略により、源氏は罪をきせられて須磨へ流される。朧月夜は宮中から退出し沈み込んでいたが、許されて参内する。朧月夜は、容貌が美しく心優しい朱雀帝を裏切ったことを後悔しているが、なお源氏に気持ちが残っている。

★『伊勢物語』★
男は、帝の后であった女(二条后)と恋仲になる。男は女房のいるところに立ち入ることを許されているので、女のいるところに来て、向かい合って動こうとしない。
女は、容貌もよく仏教への信仰心も立派な帝を裏切って、男の情に惹かれてしまったことを嘆く。ついに二人の密通は帝の知るところとなり、男は流罪となる。従姉妹にあたる大御息所は女を宮中から退出させ、蔵に閉じ込めて折檻する。

以上のように、
プロットレベルで類似していることがわかります。

「若菜上」巻にて、朧月夜が
里邸である二条宮に住んでいると明かされるのも、
モデルが『伊勢物語』の二条后だという
種明かしの意味があるのかも知れません。

源氏物語 初心者
へー!朧月夜の君が二条に住んでいるイメージないけど、そうなんだね!

光源氏と藤壺の宮との密通話も、
六十五段に由来していますが、
藤壺の宮の場合は、
周囲に密通の事実が知れ渡ることは
ありませんでした。

本来であれば
(『伊勢物語』にならって展開させるのであれば)
藤壺の宮との密通がばれて流罪となるのが
最も安直なストーリーだと思いますが、
作者は光源氏を栄華の極みにおしあげるために、
藤壺の宮の産んだ子=源氏の子だということを
周囲に悟らせたくなかったのです。


しかし、
作者は『伊勢物語』の東下り(貴種流離譚)
にあたる部分を、
どうしても『源氏物語』で書きたかった。
そこで、朧月夜を藤壺の身代わりとして、
光源氏と密通させ、
周囲に知られる状況にもっていき、
須磨流謫につなげていったのでしょう。

源氏物語 初心者
源氏と朧月夜の密会がバレる ⇒ 須磨流謫 の流れは、『伊勢物語』の影響が大きいってことだね。

『伊勢物語』が「紅葉賀」巻に与えた影響

「紅葉賀」の巻には、読者に強烈な印象を与える
女性が登場します。
この人物も、『伊勢物語』の影響下に
あると考えられています。

源典侍=つくも髪

その女性とは、源典侍です。
色好みの老女として描かれていますが、
その人物造形は、『伊勢物語』六十三段の
影響を受けていると言われています。

★『伊勢物語』六十三段★
男好きな老女が、なんとかして情愛の深い男に逢いたいと思い、息子に作り話を夢語りする。三男は、「よい男が現れるでしょう」と夢解きをし、風流男の在五中将を母に逢わせてやりたいと思う。三男が在五中将に依頼すると、男は同情して女の家に来て寝た。

という内容の章段です。

源氏物語 初心者
なんで源氏はおばあさんを相手にしているのだろうと思っていたけど、『伊勢物語』にそういうお話があるんだね。


この章段の最後には、
「男女の仲のならいとして、自分が恋しく思う人を思い、恋しく思わない相手には心を動かさないものなのに、この男は恋しく思う女にも、思わない女に対しても差別心を持っていない」
と書かれています。

色好みの老女である源典侍の
アプローチに応える光源氏は、
決して老女好きの変人として
描かれているわけではありません。

『伊勢物語』六十三段に書かれているように、
情が深く、差別心をもっていない
「もののあはれの深い男」として描かれているのです。

筆者
『伊勢物語』六十三段を踏まえた、この源典侍のエピソードは、光源氏の情の深さをよく表しています。

ちなみに光源氏が、
容貌の醜い女・末摘花を
見捨てることなく生活支援をしているのも、
情が深い男であるからです。

『伊勢物語』の東下りと『源氏物語』の須磨流謫

『源氏物語』で、光源氏が須磨に流謫するのは、
『伊勢物語』の東下りの影響を受けていると言われています。

光源氏と朧月夜の密通で解説したように、
朧月夜との密会の発覚から須磨流謫の展開は、
『伊勢物語』六十五段のストーリーに
類似しているのです。

実際に、「須磨」巻には、
『伊勢物語』の引用と思われる表現が散見されます。


ひと
よりはこよなう
しの

おぼ
中納言
ちゅうなごん

きみ
言へばえに
かな
しう
おも
へるさまを、人知
ひとし
れずあはれと
おぼ
す。

【現代語訳】
誰よりも特にこっそりと情けをかけていらっしゃる中納言の君が、言葉に言い表せないほど悲しく思っている様子を、(源氏は)人知れずいじらしくお思いになる。

『源氏物語』「須磨」巻

源氏物語 初心者
「言へばえに」ってどういう意味!?


「言へばえに」の「えに」は、
動詞「得」の未然形「え」に、
打消しの助動詞「ず」の
古形の連用形「に」がついたもので、
「言おうとしても言えない」という意味です。
平安時代よりむしろ、もっと古い
万葉集の時代の語法に近いと言われています。

この「言へばえに」という表現は、
『伊勢物語』三十四段の和歌で用いられています。

いへばえに いはねば胸に さわがれて
心ひとつに 嘆くころかな

【現代語訳】
言おうとすれば言えなくて、言わなければ胸の中で思い乱れて、私の心の中だけで、嘆いている今日この頃だなあ。 

『伊勢物語』三十四段

筆者
紫式部は、この三十四段の和歌の「言へばえに」を引用したのでしょう。


さらに、離京した光源氏が、
渚に打ち寄せる波を見て、口ずさんだ
「うらやましくも」という言葉は、
『伊勢物語』七段の引用です。

七段は、まさに東国へ漂泊した男が詠んだものです。

いとどしく 過ぎ行く方の 恋しきに
うらやましくも 返る波かな

【現代語訳】
東国へと離れていくにつれ、過ぎ去っていく都の方がますます恋しく思われるのに、うらやましいことよ、波は返っていくのだな。

『伊勢物語』七段

この時、京を離れて須磨へ赴く光源氏は、
東下りした在原業平と、
全く同じ心境だったということですね。

また、
その直後の「
かい
」という表現も、
『伊勢物語』五十九段からの引用です。



かた

やま

かすみ
はるかにて、まことに「三千里
さんぜんり

ほか
」の心地
ここち
するに、
かい

しづ

へがたし。

【現代語訳】
来た方角の山には、霞が遠くにかかって、じつに、「三千里の外」という心地がすると、櫂の滴にも耐えられない。

『伊勢物語』五十九段

この五十九段も、東下りと同様の発想で、
京の生活を捨てて東山に移った男の話です。

わが上に つゆぞ置くなる あまかは
門渡とわたる舟の かひしづく

【現代語訳】
私の上に露が置くようだ。これは天の川を渡る舟の櫂の雫だろうか。

『伊勢物語』五十九段

源氏物語 初心者
「須磨」巻には、『伊勢物語』からの語句の引用が複数あるんだね。


さらに「明石」の巻では、
明石の君と関係を結んだ光源氏が、
紫の上に手紙で浮気を打ち上げるシーンは、
都の女と旅先の女との三角関係で苦しむ
『伊勢物語』十三段
と類似しています。

以上のように、光源氏の須磨流謫の執筆に際して、
明らかに『伊勢物語』が意識されているとわかります。

『風流錦絵伊勢物語』第9段「東下り」 勝川春章著 江戸時代

夕霧と雲居雁の恋も『伊勢物語』がモデル

夕霧と雲居雁というと、幼い頃からの純愛が
読者の心を惹き付けています。
実はこの純愛ストーリーも、
『伊勢物語』の影響を受けたものなのです。

『伊勢物語』二十三段(筒井筒)の前半部が、
夕霧と雲居雁の純愛ストーリーに影響を与えています。
そして、後半部の男と大和の女、
高安の女の三角関係は、
夕霧と雲井雁、落葉宮の関係の
モデルであると考えられています。


まずは、夕霧と雲居雁の純愛と
二十三段(前半)のプロットを比較してみましょう。

★『源氏物語』★
夕霧と雲居雁は幼い頃から同じ邸に住んでいた。10歳を過ぎた頃から別々の部屋で離れて住むようになったが、お互いに恋心を抱き、深い情愛を交わす。その関係が雲居雁の父・内大臣の知るところとなり、二人は引き離されて会うことが出来なくなってしまう。その後、二人は会えないながらもずっとお互いを思い合っており、夕霧18歳、雲居の雁20歳の頃にようやく内大臣に結婚が許され、幼い頃からの恋が結実する。

★『伊勢物語』★
男と女は幼い頃から井戸のところで遊んでいた。大人になって、お互いに恥ずかしくなったけれど、双方ともに結婚したいという気持ちがあった。女は、親が他の男と結婚させようとしても承知しなかった。最終的には、二人は願い通りに結婚した。

源氏物語 初心者
大まかなストーリーが似ているね!


二十三段の後半部分では、
結婚してから何年かたって、
男が妻(大和の女)への愛情を見失い、
高安の女に浮気をするようになります。
この関係性は、『源氏物語』の
夕霧、雲居雁、落葉宮の関係に似ています。

源氏物語 初心者
夕霧が浮気する展開も、『伊勢物語』と同じなんだね。


筆者
はい。でも、「横笛」巻の雲居雁は、むしろ浮気相手である高安の女がモデルになっています。


「横笛」巻で、
乳母がいるのに子に乳を含ませる雲居雁について、
その身体や乳の様子まで
詳細に書いてあるシーンは、
『伊勢物語』二十三段で高安の女が、
本来なら召使いがするべき家事
(器に自分で飯を盛る)
を自ら行う卑俗さをさらに書き広げたもの
と考えられるのです。

夕霧が浮気に目覚めてからの雲居雁は
高安の女がモデルとなっており、
さらに高安の女のいやしさを増幅させた
人物として描かれてます。

それでは、逆に浮気相手である落葉の宮が
貞淑に一途に夫を思い続けた妻(大和の女)
なのかというと、
落葉宮もひたすらに夕霧を
思っていたわけではないので、
大和の女がモデルというわけではありません。

雲居雁と夕霧の恋は、
『伊勢物語』二十三段さながらに成就しましたが、
結婚してから後の物語は
二十三段のようにはいかず、
それぞれの女について、
ままならなさが浮かび上がっています。

『伊勢物語』二十三段の
嫉妬しない一途な妻(大和の女)が、
『源氏物語』では嫉妬をする雲井雁になって、
むしろ高安の女の性質に近づいてしまっているのは、
女性の内面を深く描き出すためなのでしょう。

まとめ

この記事では、
『源氏物語』が『伊勢物語』から
どのような影響を受けているかを紹介しました。

主要な部分を紹介しましたが、
これが全てではありません。
『源氏物語』の中には『伊勢物語』の
影響を受けた箇所が他にもあります。

筆者
例えば、『伊勢物語』十二段は、光源氏が若紫を盗み出すエピソードの素材となっているし、末摘花の人物造形が『伊勢物語』十四段を踏まえているという説もあるのです。

細かいところを見ると、
語句を引用している箇所などもたくさんあります。

源氏物語 初心者
いままで『源氏物語』単独として読んでいたけれど、こんなに『伊勢物語』から受けた影響が大きいんだね!


『伊勢物語』は短編物語集なので、
『源氏物語』よりもずっと読むハードルが低いです。
この記事であげた、『源氏物語』と関連の深い
章段だけでも、ぜひ読んでみてくださいね!

実際に紫式部が読んだ物語を読んでみることで、
『源氏物語』に対する理解を
より深めることができるはずです。


よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次